17 呼び出し
穏やかな日々を過ごしている。
と、いえばそうなのだけれど、変化のない日々とは退屈でしかない。一日が長くてしょうがないわ……。
朝は家族のお弁当作りや掃除があるからまだいいけど、お父様や妹弟を見送ったらお昼までやることはない。
「ティア。ゆっくりしてなさいね」
そういってお母様は、写本の内職仕事をするためにお父様の書斎へと向かった。
「……ゆっくりといわれてもね……」
もう三日もゆっくりしすぎて体がとろけそうだわ。
ため息一つ吐き、することもないので部屋へと戻った。
寝巻き作りは二日で終え、余った布で小物作りもやり尽くした。本でも読もうと思うも何度も読んだものは暇潰しにもならない。ただ、椅子に座り宙を見詰めるだけ。
「……なんの修行かしらね……」
身にもならない修行はただの拷問だわ。
……わたしって、動いてないとダメな人間なのね……。
「ナナオはなにしてるかしら?」
カイエルド王国に聖女として召喚された異なる世界の少女。なんの物語かと思うけど、聖女伝説は結構あるし噂でも聞いたこともある。神様がいるんだから聖女召喚もあったって不思議じゃないわ。
ここに召喚されて何年かはわからないけど、三年前の姿に戻してと願ったのだから少なくとも三年はいるということだ。
知らないところに召喚されて、あんな酷いことをされて、見知らぬ王都でどうするつもりなのかしら? わたしなら戸惑うだけでなにもできないと思うわ。
「生活基盤っていってたけど、あの歳で築けるものなのかな?」
見た目は十二歳くらいでは家も借りられないだろうし仕事につけるかもわからない。しかも、あの黒髪と顔立ちでは目立ってしょうがない。見つかったらまた捕まっちゃうわ。
ぼんやりとナナオを考えてたらドアがノックされ、返事をしたらお母様が入って来た。
「警士隊の方々があなたにあいたいそうよ」
警士隊? なにかしら?
なにかしらと玄関に向かうと、あのとき馬車に乗った警士さん二人だった。
「元気そうでなによりだ」
馬車の中にいた警士さんがわたしの顔を見て、ホッとしたようにいった。
「はい。お陰様で。あのときはありがとうございました」
「いや、礼をいうのはこちらさ。君の祝福のお陰で助かったんだから」
そういってもらえるならなによりだわ。ただ魔法を使って、そのまま気を失ったのだからね。
「それで、その祝福のことで聞きたいことがある。祝福教会から君の祝福は、一日一回の魔法が使えるそうだね。見た魔法はどんな魔法でも使えるとか」
祝福教会には魔法一日一回∞の祝福と記されているけど、内容には見た魔法はどんな魔法でも使えるときされいる、と聞いたことがある。
「は、はい。眠りの魔法を見たことあるので使いました」
嘘を見破る祝福もあるので正直に話す。
「そうか。君の祝福は凄まじいな……」
まあ、凄まじいといえば凄まじいけど、賊を眠らしたくらいでそんな呆れられるほどではないでしょうに……?
「すまないが、警所に来てもらえないだろうか? 君の安全は警士と騎士団で守るので」
え? なにか大変なことになってない?
「ミオネート伯爵にも話を通して、メイドを何人か出してもらえることになってある。クレーティア嬢に不自由はさせないよ」
といわれたら断る術はない。ミオネート伯爵様の名を汚すことにもなるのだから。
「わかりました。お母様。出てきますね」
振り返り、心配そうにわたしを見るお母様に笑ってみせた。
「……え、ええ。しっかり勤めを果たしなさい」
はいと返事をする代わりに抱き締めた。
充分な抱き締めをしたのち、一旦部屋に戻って支度をする。なにかすぐに帰ってこれない空気を感じるからね。
泊まりになるかもしれないので、下着と新しい寝巻き、お泊まり道具を鞄に詰める。こんなとき私塾での合宿が役に立つわ。
外出用の服に着替え、アルバイトで稼いだお金を財布に入れる。使うことはないでしょうけど、なにかあった場合には役に立つもの、と私塾で教えられました。
用意して玄関に戻ると、なにか警士さんが増えている。なぜに?
「君の護衛だよ」
あまり嬉しくない状況のようです。
「そう怖がらなくても大丈夫だ。念のためだから」
……念のためってのが余計に怖いのですが……。
馬車もなにか頑丈にできてるし、警士さんも十人以上いる。完全に大丈夫じゃないと思うんですけど。
今さら「止めます」ともいえず、大人しく馬車に乗り込んだ。
今日は日付が変わるまで魔法一日一回∞の祝福は使わないでおこう。うん。
わたしの覚悟を待っていたかのように馬車は走り出した。