15 強くてニューゲーム
ナナオさんの話には驚いた──というより戸惑いしかなかった。
召喚? 聖女? 物語ではよく聞いてもこれまでの人生で出てくることはなかった。それは物語の話? 現実の話? ?が頭から溢れ出すだけよ。
「……こんなこといっても信じないよね……」
「あ、いえ、そうではなくて、あまりにも荒唐無稽だから、わたしの頭じゃ受け入れないだけです! 信じますよ!」
ナナオさんが嘘をいってないのはわかる。まあ、なにか根拠があるのかと問われたら「ない」と答えるしかないのだけれど、ナナオさんの目が真剣で、真実を伝えようとしているように見えるのだ。
「いいの。荒唐無稽な話であって欲しいと今も思ってるからね……」
自嘲気味な笑いを見せた。
「ナナオさんの話、信じます。だから、部屋へ戻りましょう。いつまでも地面の上にいたら風邪をひいてしまうわ」
「ふふ。ファンタジーな世界でも風邪はあるのね」
どういう意味かはわからないけど、ナナオを支えて部屋へと戻った。
帰りも看護師さんに会うこともなく、お湯をもらいにいっても会えなかった。
……どういうことかしら……?
看護師がいる気配はするし、明かりを持って廊下を歩く姿も見たのだが、なぜか会うことができないのだ。
「ごめんなさい。看護師に会えなくてお湯をもらえなかったの。水でごめんなさい」
お湯を出せる魔法は習得可能で、看護師さんなら誰でも使える。くださいといえば簡単にもらえる。わたしも小さな魔法でもいいから何回も使える祝福がよかったわ。
……あ、神様。贅沢をいってすみません。神様からいただいた祝福はありがたく使わせていただいてます。祝福に感謝を……。
「ううん。構わない。水でも顔を拭けるなら嬉しいよ」
その言葉に出会ったときのことを思い出す。
あのときは驚いて気にもしなかったけど、臭いや汚れが酷かった。貧民区の子でももっと綺麗にしてるわ。
絞ったタオルでナナオさんの汚れた足を優しく拭いてあげる。
「……ありがとう、クレーティア……」
「ティアと呼んで。友達はそう呼んでくれるから」
もうナナオさんとは友達と思ってるから。
「じゃあ、わたしもナナオと呼んでくれる?」
「うん。よろしくね、ナナオ」
足を拭きながらのなんともしまらないやりとりだけど、友達ができたことは嬉しいわ。
足が綺麗になったら腕を拭く。
「……わたしの両腕は切られたの……」
わたしなはその痛みも苦しみも想像できない。なくなってからの絶望もわからない。烏滸がましくてなにも返せないわ。
「勝手に喚んで邪魔だからと蔑ろにされ、邪魔にされ、ゴミのように捨てられたわ」
ただ、頷くしかできなかった。
「憎んで憎んで憎しみ抜いた。けど、聖女としての力をなくしたわたしには憎むしかできなかった」
また頷く。
「クソ野郎どもに奴隷として売られた。もうダメと諦めたとき、あなたに出会えた」
右の腕で右目を覆った。
「……あなたが願ってくれたからわたしは助かったのね……」
うん? それはどういうこと?
「あなたの本当の祝福を教えて」
黒い瞳がわたしを捕らえる。なにかがわたしの体に入ってくる感じがする。
「……一日一回の魔法よ……」
「正確には魔法一日一回∞の祝福ね」
「……む、むげん……?」
「あ、そうか。∞はあちらの世界の記号か。やっぱり乙女ゲームの世界なのね」
ん? ん? ん? どういうこと? 乙女ゲームってなに? ボードゲームの一種?
「あ、ごめんなさい。わからないわよね」
「う、うん。まったくわからないわ……」
もうなにがなんだかわかりません。説明してください。
「落ち着いたらちゃんと説明すると約束する。だってティアは友達だもの」
痩せこけているのに、輝かんばかりの笑顔するナナオ。この短い間になにが起こったのよ?
「う、うん。わかった」
「ティアは∞のことが知りたかったんでしょう?」
「え、ええ。祝福教会の誰もわからないし、変な願いが魔法になったりすし、ずっとモヤモヤしてたわ」
祝福がわからないって、凄く不安になるものなんだからね。
「それは無限という記号よ」
「無限、って、際限がないとか限りがないとかの無限ってこと?」
無限って言葉は知ってるし、記号は知っている。けど、無限に記号があるなんて初めて知ったわ。
「そう。ティアは一日一回、どんな無茶苦茶な願いでも叶えられるということよ。それこそお金持ちになったり王様になったりできるのよ」
のよ、といわれてもピンとこない。
そりゃお金持ちにはなりたいとは思うけど、いきなりお金持ちになっても周りになんていっていいのかわからないし、仕舞っておく場所もない。なにか厄介な状況しか思い浮かばないわ。
「わたしは、ティアに出会うためにこの世界にきたのね」
「ナナオ?」
「フフ。そう考えれば安い代償だわ」
なにか悪い顔で笑うナナオ。ちょっと怖いんですけど……。
「あ、ごめんごめん。魔法一日一回∞祝福は使える?」
「え、ええ。日付は過ぎたから使えるわ」
「じゃあ、願って。ううん。魔法をかけて。記憶を残したまま三年前の体に戻れ、と」
ちんぷんかんぷんだけど、ナナオの強い光を放つ瞳に逆らうことができなかった。
「じゃ、じゃあ、記憶を残したまま三年前の体に戻せばいいのね?」
「うん。お願い!」
ちょっと心を落ち着かせ、ナナオの腕をつかむ。
魔法一日一回∞の祝福よ。記憶をそのままにナナオの体を三年前に戻して。
ナナオの体が光り、消えるとちょっと幼くなったナナオになった。なくなった腕がある頃のナナオに……。
「……う、腕がある……」
元に戻った両手を見詰め、自分の体を抱き締めた。
わたしも感極まってナナオを抱き締めたようとしたら空を切った。へ?
「──強くてニューゲームの始まりよぉぉぉぉっ!!」
ベッドの上に立ち、力の限り叫ぶナナオさん。
へ? え? うぇえぇぇぇぇぇぇぇっっ!!