13 一日一回の魔法
「わ、わたしは、ジル・アートン男爵の娘、クレーティアと申します。どうかお見知り置きを」
スカートの裾をつかんで軽くお辞儀する。
高位貴族と出会う機会はないけど、令嬢として礼儀は教わっている。とはいえ、こんな場所でやるには仰々しい。場にあわせて省略の挨拶をした。
「クレーティア嬢。さっそくで悪いが、状況を教えていただけるかな?」
じょ、状況?
「……と、申されても、歩いてたら突然馬車の車輪が外れて大樽が転げ落ちてきただけなので……」
そうとしかいいようがない。
「……そうか……」
「お役に立てず申し訳ございません」
ハルシオン様のがっかりな様子に思わず謝ってしまった。
「いや、そんなことはないよ。君の初動対応で死人が出てない。証言も得られるからね」
「少しでもお役に立てれたら幸いです」
「……こういっては失礼だが、年齢の割りにしっかりしてるね」
「ミオネート伯爵様の私塾に通わせていただいてます」
帝都ではミオネート伯爵様は有名で、私塾は貴族の間では周知の事実。公爵や侯爵でも知ってるはずだわ。
「ああ、あの私塾生か。納得だ」
「先生方にはたくさん教えていただいております」
私塾の名に恥になってないことに笑みが零れてしまった。
「謙虚だな。さすがミオネート伯爵だ」
「おい、ハルシー。話が聞けないなら逃げた馬車の所有者のところにいくぞ」
「あ、ああ。わかった。では、クレーティア嬢、なにか思い出したら騎士団にきてけれ」
バーシル様に促されて二人は去ってしまった。ふぅ~。
高位貴族との会話……という会話もしてないけど、向かい合うだけで気を使ってしまうわ。つくづく男爵って地位が低いわよね……。
「クレーティア様。こちらを手伝ってもらってよろしいですか?」
「はい! もちろんです」
最後まで手伝うのか私塾の教え。やらせていただきます!
治療院から馬車がきたようで、黒髪の女の人を皆で乗せる。
「我々も一緒にいきます」
警士さんが二人、馬車に乗り込んだ。なぜに?
「違法奴隷の犯人が取り返しにこないと限らないからな」
と、警士さんに尋ねたらそう返されました。そ、そんなことがあるんだ……。
「君も今日は安全を考えて治療院へいきなさい。騎士団からもそうするようにいわれているからね」
「で、ですが……」
うちにも連絡してないし、急に外泊などできないわ。ま、まあ、不可抗力で何度か外泊したことあるけどさ……。
「大丈夫。警護署から君の家には連絡員を出すから。騎士団からも君のことはよろしくいわれてるしね」
そうといわれたら断れない。素直に馬車に乗り込んだ。
介護員さんも一緒に乗り込み、一緒に黒髪の女の人を世話をする。
顔を拭いて綺麗になった黒髪の女の人は、初めて見る人種の人だった。
「どこの国の人だろう?」
「東の大陸に黒髪の人がいると聞いたことがあります。きっと連れ去られてきたんでしょうね」
大陸ってことは海を渡ってきたのか。どのくらい遠いかわからないけど、たった一人では寂しくて辛いでしょうね。わたしなら絶対泣く自信があるわ。
「……わたしと同じくらいの年齢なのに……」
「東の大陸の人は若く見えるそうだから年上かもしれませんよ」
東の大陸のことなんて私塾でも教えてくれない。介護員さん、平民のようだし、きっと勉強したんでしょうね。
「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ベギーと申します」
ベギーさんは十八、九。手際から成人(十六歳)から働いているんでしょうね。
「わたしは、クレーティア・アートンと申します。よろしくお願いしますね」
馬車の中なので頭を下げるだけにする。
「さすがミオネート伯爵の私塾に通ってる御令嬢様は違いますね。平民にも礼儀正しいなんて」
「挨拶に身分は関係ありませんから」
貴族令嬢だからと平民に高飛車に出るなど下の下。自ら下品と知らしめてるようなもの。私塾生でなくてもそんな無礼はしたくないわ。
「ふふ」
と、ベギーさんは静かに笑った。
この人とは仲良くなれるな~と、ほんわかした気分に満ちてると、馬車がいきなり揺れて馬のいななきが響いた。え、なんなの?!
とっさに黒髪の女の人におい被さり、跳ねないように押さえつけた。
「何事だ!?」
馬車が停まり警士さんの一人が外に出ていった。
「……な、なにかしら……?」
「君たちは馬車の奥へ。」
「は、はい。ベギーさん、奥へ」
貴族は民を守る責務がある。なんて建前で、貴族の娘までには含まれないけど、私塾生には矜持である。弱き者を守る剣であり盾とあれ、だ。
剣袋から木剣を出して構える。もちろん、警士さんの後ろで、だけどね。
「何者だ! 警士に手を出すなら容赦なく斬るぞ!」
かなり不味いことが外で行っている。
「マリガ、賊だ! 守れ!」
ぞ、賊?! なんで!? ここは街中よ!!
先ほどの意気込みも急に縮んでしまい、木剣を握る手が震え出した。
……こ、怖い……。
金属が鳴る音が激しくなってる。や、やだ、もう止めてよぉ……。
歯を食いしばって堪えていると、後ろのドアが開いて覆面の男が現れた。
「──賊が!」
警士さんが斬りかかるが、なにか魔法で倒されてしまった。
「…………」
覆面の男がこちらを見た。
「ヒッ」
ベギーさんの悲鳴で私の中でなにかがギュッと固まる。
「──賊は全員眠れ!」
一日一回の魔法よ、発動して!