11 黒髪の女の人
いい買い物ができました。うふふ。
リニャールさんとおしゃべりしたいけど、そんなことしてたら陽がくれてしまう。六の鐘が帰らないとお母様に怒られてしまうわ。
でも、アーケン商店街から乗り合い馬車で帰ると、四十八ペニルかかるので、十八ペニルで済ませる停留所へと歩きます。
アーケン商店街から住宅街へつ入り近道をする。
時刻は四時過ぎなので住宅街に人の姿は少なく、小さな子どもがいるところで遊んでいる。
神に祝福された国でも悪い人はいるし、犯罪は毎日のように起きている。治安のよくない地区もある。最近は違法奴隷売買が世間を賑やかせてるわ。
まあ、この第十二住宅街は中級層なので警士さんが定期的に巡回してくれてるから治安はいい。女性が一人で歩いてても危険はないわ。
元気に遊ぶ子どもたちを避けながら住宅街を抜けると、大通りに出る。
馬車が行き交う大通りで、人は歩道を歩かなくちゃならない。
流れる馬車を横目に歩いていると、バキ! と言う音が聞こえた。
なに!? と思うと同時にわたしはその場から飛び退いてしまった。
すると、元いた場所に大樽が勢いよく転がってきて、壁に激突して割れてしま──え!? 人?! がなんで?? どういうことよ!!
なにがなんだかわからずオロオロするばかり。いったいなにが起こってるのよ?!
「……す…て……たす……」
ん? 人の声? え? なに?
あわあわしていたわたしのなにかが冷め、冷静さが戻ってきた。
そう、よ。慌ててたらダメ。落ち着きなさい、わたし! 治療院でも冷静さが大事と教わったじゃない!
周りに目を向けると、大樽を積んだ馬車の車輪が外れ、その衝撃で積んでいた大樽が落ちた、ということらしい。
転げ落ちた大樽に目を向ければ……血? らしき赤い液体が地面に流れている。
また血の気が引きそうだが、女は度胸。淑女は矜持。ここぞというときに動けないようではミオネート私塾生失格だわ。
十も数えないうちに自分を取り戻せたことに、自分を褒めてあげたいわ。けど、それはあと。寝る前にすればいいことよ。今は大樽から出てきた女の人を助けるのが急務だわ!
腰のポーチから治癒院印の中級回復薬を大樽から現れた黒髪の女の人へかけた。
本当は飲ませるほうがいいのだけれど、意識がなく飲めない場合もあるので、傷にかけても回復するものをいつも持ち歩いているのだ。一日一回の魔法は命のかかわるときのために取っておくのです。
「しっかりしてください! 意識を保ってください!」
黒髪の女の人が意識を失わないよう声をかけ、傷口に中級回復薬をかける。
傷口は深いけど、治癒院印の回復薬は祝福を持った方々が作ったもの。ましてや今使ったのは中級回復薬。腕や脚が取れかかっていてもくっつけちゃうくらい凄いものなんだから。
なぜそんな強力なものを十四歳の少女が持ってるの? との疑問はごもっとも。わたし、これでも治療院の準院生。一日一回だけど高位治癒魔法まで使えるのだから治癒院もわたしを放すわけないわ。
傷が深いのか完全回復とはいかない。いえ──え? 手、手がない?! はぁ? ど、どういうことよ!!
黒髪の女の人の手、いや、両手首から先がない。まるで重犯罪者にかされる手首切断の刑を受けたようだ。
け、けど、この国にそんな刑はないはず。だって聞いたことないもの! というか、この国の最高刑は鉱山送りだ。手首を切るなんてしたらどこでも働けないわよ。
またまた混乱して我を失いそうになるが、これでも治療院で阿鼻叫喚は経験している。まあ、あまりにも酷かったので一日一回の魔法で和らげましたけど。
「誰か警士を呼んでください! 治癒院にも! お願いします!」
わたし一人ではどうにもできないのなら周りに助けを求める。治癒院でも私塾でも教えられている。大声を出すことに恥じてはならないわ。
何人かがすぐに駆けよってきてくれ、鞄などを枕にして体勢を楽にしてくれた。
「水をお願いします! 血を拭いて上げてください!」
「お、おい、こっちの樽にも人が入っているぞ!」
え? と叫んだ方を見れば確かに壊れた大樽から人の手が出ていた。
これは事件だ、と頭の隅で思ったけど、その人も怪我をしていた。
「警士を呼べ!」
わたし以外にも事件と理解した人が叫んだ。
「もしかして他の樽もそうじゃないのか!?」
傾いた馬車にはまだ大樽が載っている。ま、まさか……。
いや、それはあとよ。事件なら警士に任せればいい。わたしは怪我人の手当てよ。
協力してくださる方々と怪我人を手当てをすることに集中した。