10 アーケン商店街
わたしたちが住んでいる王都はとても広い。とにかく広い。
どのくらい広いのよ? と問われると困るけど、お父様の話では三十万人が暮らせる広さがあるらしいわ。
まあ、そういわれてもわからないでしょうけど、王都の外に出るには馬車に揺られて二時間以上はかかるわね。一度、歩いていったことあるけど、その日は宿に泊まる羽目にになったものよ。
それだけ広いのだから商店街の数もたくさんあり、わたしもいくつかの商店街を利用している。馴染みのお店もたくさんあるわ。
今日は布を買いたいので、布町と言われるアーケン商店街へと向かうことにする。
私塾からちょっと離れているけど、乗り合い馬車を利用すれば数十分で到着できる。運賃二十八ペニルかかるのは痛いけど!
乗り合い馬車から降りると、服飾関係の人と思われる人たちで混んでいた。
「いつきても活気があるところよね」
王都の衣服を支えると謳われるだけあって布を載せた馬車や背負った人があちらこちらに。ぶつからないように目的のお店へと向かった。
「時間があれば他のお店も開拓したいな~」
あとお金に余裕があればいろいろ買いたいです。
しばらく歩いて目的のお店──リニャールの店へとやってきた。
リニャールとは店主さんの名前で、一人で営んでいる小さなお店だ。
「こんにちは~」
小さなお店だけど、わたしのような貴族の令嬢も利用するので、先客が何人かいた。
「あ、ティア様、いらっしゃ~い」
「今日は混んでるんですね」
店主のリニャールさんは女性で平民だけど、昔はどこかの御令嬢に専属で仕えていたメイドさんで、御令嬢が結婚を期に辞めてお店を始めたとのこと。そのときのお給金でお店が開けるんだからいいところで働いていたのね~。
「ふふ。今日はね。ちょっと好きに見てて」
「ええ。好きに見てるわ」
そういっていいのを探し始めた。
商品は平民向けなので高級なものは少ないけど、男爵令嬢が使っても遜色がないものばかり揃っているわ。まあ、そういうのは高くて買えないけどね……。
今回は通い用の服と普段着。予算は五千ペニル。わたしの全財産だ。クッ……。
平民の約二日分の金額だ。これだけの金額を稼ぐのにどれだけ苦労したか。貴族ってなんなのかしらと疑問に思っちゃうわ。
あれやこれやと布を漁り、よさそうなのを選び出す。今のわたしは狩人。いい布を狩るために全力集中する一流の狩人よ。
「ふふ。男爵令嬢とは思えない顔をしてるわよ」
影に潜む布を探していると、接客を終えたリニャールさんが横から声をかけてきた。
「オ、オホホ。やだわ、リニャールさんったら。普通に見てましたわよ」
取り繕ってみるも御令嬢のメイドだったリニャールさんには通じない。やれやると肩を竦められてしまった。
「まったく、ティア様はウソが下手なんだから」
単純な女で申し訳ございませんね。
「まあ、ティア様はそのままでいてください。ティア様の魅力はそれなんですから」
「腹芸の一つもできない貴族令嬢も困るのだけどね」
わたしだって世の中綺麗事だけでは済ませられないってことくらい知ってる。ウブなままでは貴族社会では生きられないわ。
「ティア様なら大丈夫よ。ウソは苦手だけど芯は強いから」
まあ、強情とはいわれるわね。あまり嬉しくはないけどさ。
「今日は何をお探し?」
「私塾に通う用と普段着をつくろうと思って」
「あー確かに成長した感じね」
フムフムとわたしを見回す。同性とはいえちょっと恥ずかしいわ……。
「やっぱりミオネート伯爵様の私塾に通ってる子は体型がいいわよね」
わたしは「いい」といわれるほど体型はよくない。中の中といったところでしょう。まあ、年相応だとは思ってるけど。
「……わたしなんてよくないですよ……」
「それは謙遜よ。普通の令嬢はふくよかだったり細かったりしてバランスがよくないのよ。不摂生だったり運動不足だったりね。大人になって補正下着をつけて体の線をよくしてるから体にも悪い。貴族社会の悪い習慣ね」
まあ、わからないではないかな。私塾に通ってない御令嬢は体型を隠すためにゆったりの服を着ているし、動きに優雅さもないからね。
「適度な食事と適度な運動をしている私塾生は見てすぐにわかるわ」
それもわからないではない、かな? 私塾生に恥じない生活を心がけているからね。
「ミオネート伯爵様の私塾に通えるってだけで人間性が保証されたようなもの。男どもの標的の的よ」
そういわれるとちょっと身を引きたくなるけど、就職先にも困らないから耐えるしかないわね……。
「ふふ。まあ、私塾生に悪さしたらミオネート伯爵様が許さないでしょうから安心しなさい」
ミオネート伯爵様は今、領地にいるから直接は無理でしょうが、王都にいる方々でも処罰可能だから笑えないわね。
……ミオネート伯爵様の派閥は大きいからね、国王陛下でもおいそれと手は出せないって話だわ……。
「私塾に通うとなるとこれかこれね。普段着ならこれかしら? 安くするからたくさん買ってって。私塾生が愛用する店は看板に箔がつくからね。その分は還元させていただくわ」
「はい、ありがとうございます!」
そこは遠慮なく還元してもらいます。現実を見て生きてる女なのでね。オホホ。