08.ギルド
「今日、ユシアさん達、先に行っちゃったりしてないですよね?」
普段だったらギルドに来る時間になってもなかなかユシアとセナが現れないため、父がギルドのカウンターの女性に尋ねる。
「あっ、勇者さまの従者のお二人ですね……」
どうやらすでに俺達は勇者さまの従者として認識されているようだ。
従者というわけではないのだが、まぁ、そう見られている方が面倒なことが少なそうなので都合がいい。
「見ていませんね……」
答えたのはそれだけだったが、カウンターの女性は少し憂いを帯びたような様子に見えた。その理由は本人の続く言葉で、すぐにわかった。
「恐らくですが、昨日、国境付近の森にランク:Uのモンスターが出現したらしく、朝から国王に呼び出されているのだと思います」
「王!? Uランク!?」
父が聞き返す。
王とかいたのか……
王って多分、国の最高権威だよな? それに呼び出されるってやはりユシアはすごい人なのではないかと今更ながらに思う。
「えぇ……未確認個体、かつ、すでに大きな被害が出ている時に、このランクが採用されます。不安を煽ることになるので、あまり他の方には言わないでくださいね……」
「なるほど………………って、もしかして俺ら、ユシアさん達に、置いて行かれた?」
「……」
恐らくそうでしょう。
Uランク……つまり危険度がわからない。
故に俺達には迷惑を掛けられない。
ユシアなら、そういう考え方をしそうだ。
「……多分、そうだね」
「だよな……」
父が頭を掻くような仕草をする。
「それはちょっとありえないよな」
「そうだね……」
全面的に父の意見に同意する。
「ユシアさん、うっかりしてるなー。こっちには従者としての必須魔法があるというのに……」
「…………あっ、ちょ、まっ……」
制止するよりも早く、父は行動に移す。
「俺とアオイをユシアさんのところへ……[転移]!!」
「それをやるとぉおおおお!!」
◇
縦長の広い部屋、無駄に高い天井、荘厳で巨大な柱、豪華なシャンデリア、赤い壁。
そして、巨大な椅子に座す大層な衣装を拵えた爺さん。
玉座の間……これで、そうでないと言われたら、素直に謝る他ない、というくらいには典型的な玉座の間に俺達はワープした。
「何者だ! お前達!」
「どうやってここに!!」
そして、警護の者達に取り囲われるように、槍の矛先を向けられている。
それもそのはずだ。
俺が王と謁見中だったのであろう勇者さまに対面馬乗りしているのだから。
「あなた達、何をやっているんですか!?」
セナの声が響く。
「ああぁあああアオイぃ!?」
ユシアが俺の名を呼ぶ。
今回は赤くなってはいない。
恐らく羞恥心よりも、驚きと、この状況の把握、そして打破の方に脳のリソースを割いているのだろう。
「あっ、えーと、すみません……」
俺とは異なり普通に床に着地していた父が頭を掻き、苦笑いしながら、誰とはなしに謝罪する。
俺も急いで、ユシアから降りる。
「皆さん、武器を降ろしてください! この方達は、私達の友人です!」
ユシアは仰向け状態から、上体だけを何とかお越し、へたり込むような恰好で主張する。
「し、しかし……!」
「ユシア様がそう仰ってるのであれば……」
「侵入者であることに変わりはないのでは……?」
警護兵の槍の矛先は彼らの感情を表すかのように揺れている。
「お、王……! どうか……!」
ユシアは玉座に腰かける人物に向け、懇願する。
「……」
王は眉一つ動かさずに、無表情で、動向を見つめていた。
流石は一国の王と言ったところか……どうやらどんなことにも動じない冷静な判断力のもちぬ……
「ぶっ殺せぇえええええ!! 俺のユシアちゃんに何さらしとんじゃーーー!!」
「えっ……」
王は突如、怒り狂うように叫びだす。
「や、やば!!」
俺と父は身構える。
しかし、警護兵達は、逆に槍の矛先を天井に向ける。
「王……私情を挟むのは止めてください……大人気ない……」
「そもそも、ユシア様は、王の所有物ではありませんし……単なるファンですよね?」
「あぁあん!? お前ら、王の命令を聞かないのか!? いいのか? クビにしちゃうぞ! クビ……!」
王は恫喝するように言う。
「えっ!? 辞めてもいいんですか? 戻ってきてと言われてももう遅いしますよ?」
「あっ……い、いや、それはちょっと困る……」
王は口籠る。
「冗談だよ? 冗談だからね? 本当に辞めないでよ? このご時世、求人かけても、なかなか来ないんだから……!」
「……」
なんだこの人……本当に王なのか……?
◇
「つまり、そやつらはユシア・セナの友人で、うっかり転移魔法で来てしまったということだな?」
「その通りです」
王が確認し、ユシアが返答する。
「転移魔法だと……? 使える奴がいるのか……?」
「ユシア様のご友人……? 見たこともない連中だが、一体、どういった経緯で……」
警護兵達に、心の声を隠す風習はないようだ。
「ユシアの上に馬乗りした奴は個人的な感情で許したくはないが、今はこのことに時間をかけている猶予もない……ここは王の権限を持って、彼らを不問とする!」
「はい……ありがとうございます」
ユシアは頭を下げたまま、王に謝意を述べる。
俺は父のおかげで、国の最高権威に個人的な恨みを買うという悲劇に見舞われているようだ。
「それでは、お二人は帰って……」
「いや、私達も行きます!」
「え……?」
ユシアがこの場を去ることを促そうとすると、割り込むように父が宣言する。
「Uランクモンスター出たんですよね?」
父がギルドの受付嬢から聞いた内容を確認する。
「それを知っているなら、なぜ?」
「それを知ったから来たんですよ」
「……っ!」
ユシアは少し驚いたような顔をしている。
きっと俺がそんなことを言ったからだ。
自分でも少し驚いている。
「ユシアよ……その者達を連れて行くかどうかは、後で決めるとして、ひとまず話を続けさせてもらえぬか……?」
「ユシア……ここは一旦、聞きましょう」
「……は、はい」
王とセナの言葉に、ユシアはひとまず合意する。
◇
「対象は、恐らく人型だ」
「人型!?」
王の言葉にセナが反応する。
「つまり……人魔ということですか?」
「恐らくは……」
セナの確認に王が返答する。
人魔とは何だろうか。
「目撃者はいるのですか?」
「目撃者はいない」
「えっ……?」
「つまり、相対した者は、全員が犠牲になっているということだ。今のところ、足跡などからそう判断されている」
「全員が犠牲……」
「国境近くの人が少ない森ということで、犠牲者はそれほど多くはないが、人間の居住地に現れるのも遠くないかもしれない。その前になんとか撃退して欲しい。このような難題をいつも押し付けて申し訳ないが、引き受けてくれるじゃろうか……」
王は言葉の通り、本当に申し訳なさそうに言う。
「もちろんです……それが私達の仕事ですから!」
ユシアは力強く言う。
「そうか……すまないが……頼んだぞ」
◇
「それじゃ、行きますよ」
王城を出ると、ユシアが言う。
「あれ……? いいんですか?」
父も俺と同じく、何の揉め事もなく許可されたのが、予想外だったのか、その真偽を確認する。
「どうやら私は貴方達のことを見くびっていたようです。貴方達はもう立派な冒険者のようです」
「その通りですよ!」
父は俺に目配せをしながら言う。
承諾を貰えたということは、俺達の言葉が響いてくれたということだろうか?
「ですが! 転移魔法の件は、少し反省して欲しいです! 前回のは完全に不可抗力でも、今回のはそうではないですよね?」
「……? も、申し訳ないです……」
父は少し腑に落ちないようであったが、ユシアの様子を見て、素直に謝罪した。
「俺もすみません……」
自身も謝罪する。
あの場では、感情的になり父のせいと思ったが、よく考えたら、俺が、あの日のことを父に正確に伝えていなかったのもよくなかった。
「……もういいよ……それじゃあ、改めて国境の森へ向かうよ!」
「承知です!」
父がはきはきと返事する。
今日からなるべく毎日、投稿していきます。よろしくお願いします。