32.西の街<トロココ>祭
「お祭りじゃあああ!!」
すっかり日も暮れた夕暮れ、街は活気に溢れていた。
街の中心部の広場には、広場の周囲をぐるりと囲うように屋台が出され、ファンタジー情緒溢れる催し物が行われていた。
屋台に出ている主要なものは元の世界に似ていて、穀物を鉄板で焼いたものが多かった。
焼きそばのようなものや、お好み焼き、ベビーカステラのようなものがあったが、パンにキュウリをぶっ刺しただけというような謎の食べ物もあった。
父は次々に物色し、俺にも半ば強引に味見させた。
それぞれ元の世界の物と、調味料が微妙に違い、当たりもあればハズレもあるといったところだ。
中でも四角いタコ焼のようなものは、中にコリコリとしたものが入っており、中々に美味であった。
少し値が張り、手がつけられなかったが、ニクショクギュウの串焼きなどもあった。
この祭限定のエンペラーコガネの唐揚げは人気らしく、行列ができていた。
流石に屋台にオムライスはないようだ。作るのに手間が掛かるので、屋台に向かないのは当然と言えば当然か。
後でユシアに頼むしかないか……
そのユシアは、しばらくは一緒にいたのだが、西の街に来るのは珍しいせいか、一度、素性がばれると、すぐに人だかりができてしまった。
<皆は祭を楽しんでいってねぇー……>
という切なげな言葉を残し、ユシアはセナと共に群集の中に消えていった。
なので、今は父とウミの三人で行動していた。
食べ物以外では、遊戯屋台もいくつかあった。
魔法射的や魔海老すくい、チキチン・チキンレースといったものがあり、元の世界と大して変わらなかった。
正直、人混みは苦手であるが、プレイヤーの襲撃に合う可能性も否定できず、父やウミから離れるわけにはいかない。
「お祭りなんて、いつぶりだろう……」
ふと、ウミが呟く。
「ウミは祭、行かなかったの?」
「そうだね……一応、向こうじゃ、顔が知れてたから……」
「確かに……そういえば……何でアイドル活動止めたんですか?」
父が何気なく聞く。
「……本当は続けたかったんだ」
「そ、そうだよね。アイドルなんて、そうそうなれるものでもないし」
「だけど……それでも辞めるしかない、退っ引きならない事情があったんだよ……」
「……」
俺と父は息を飲む。
「まぁ、ユナイトに嵌まっただけなんだけど!」
「はい?」
父は唖然とする。
「いやー、撮影で一回やったらド嵌まりしてしまいまして、中毒になり、仕事どころではなくなりましたよね、実際」
「……」
なんともコメントが難しい案件だ。
◇
気付けば時刻は22時を回っていた。
しかし、祭は未だに続いており、街は眠る気配がない。
「ぐいすぎたぁあ」
突然、父が倒れる。
いや、予兆はあった。
「我が胃袋はスライムなり」などと言って、調子に乗って食いまくっていたからだ。
「きゃっ!」
父はウミの方に倒れ、ウミは咄嗟にそれをキャッチする。
「ウミさん、すみませぇん」
「お父さん! しっかりしてください!」
お父さんとは……?
「水でも貰ってくるよ」
「あ、アオイくん!」
背中越しにウミの声を聞きながら、俺は水を求めて、二人から離れる。
◇
しかし、祭の会場って意外と普通の水を見つけるのに苦労するな。
こんな時、水属性魔法が使えたら便利なのだろうか……などと考えていると……
「そこの方!」
「っ!?」
突然、誰かに声を掛けられる。
振り返ると、ユグドラゴンのお面を被った謎の人物がいた。
「びっくりした? これ、食べる?」
ユグドラゴンのお面は謎の揚げ物を差し出す。
「……」
「あれ? 食べないの? コガネの唐揚げ」
「えーと……」
「あ、しまった! お面を着けてたんだった」
その人物は、ユグドラゴンのお面をちらっと上げて、かわいらしいご尊顔を見せてくれる。
まぁ、流石に声や雰囲気、それに防護対象を自動追尾していた飛翔体ユニットが近くに浮遊していたので、わかってはいたが、ユシアであった。
「ちょっとそれは……」
「え? そうなの? 美味しいのに……」
そう言うと、ユグドラユシアはコガネを美味しそうに頬張る。
「……」
人は自由に食材を選び、食べる権利があるだろう。
ならば、同じくらい他人が食べる食材に自由な感想を抱く権利があるだろう。
うぇえ゛。気持ちわりぃ。何食ってんだ、この人……無理。絶対、無理……
「む、向こうでは虫を食べる風習がなくてな……」
「へぇ……――」
ユグドラユシアは理解した……というよりは、不思議そうに俺の顔を見ている。
「ん……? どうした?」
「いや、祭の最初の頃に、普通に食べてたじゃんと思って……」
「え!?」
「コガネのサイコロ焼き……四角い奴……」
「っっっ!?」
◇◇◇
「もう大丈夫?」
「あ゛……おかげざまで……なんとか……」
ユシアは体育座りする俺の背中を擦ってくれる。
わざわざ人が少ない路地に移動までさせてくれ、申し訳ない気持ちになる。
路地に入るとユシアはお面を頭の右上に掛けるようにしていた。
「まさかそんなに虫を食べるのが、嫌だったとは思わなかったよ……ごめんね……」
「いや、ユシアのせいじゃないから……」
「私もセナみたいに癒の魔法が使えたらいいんだけど……」
「……」
ユシアは癒属性は持っていないんだな……
「あれ? そういえば、セナさんは?」
「実は、人だかりから逃げるうちに、いつの間にか逸れちゃって……まぁ、セナはしっかりしてるから、特段、問題はないと思うよ!」
「……そうなんですね」
確かにセナは、あのパーティーの中で一番まともな人物だろう。
「……ねぇ……アオイ」
「ん……?」
ユシアが急に、か細い声で俺を呼ぶ。
「もう少し回復したらでいいんだけどさ……少しだけ一緒にお祭、回らない?」
「え……?」
「い、いやだったら全然いいんだけど……!」
「……」
父は苦しんでいたが、ウミもいたから大丈夫だろう。
というか、俺に虫を食わせたあいつは少し苦しめばいいのだ。
「じ、自分なんかでよければ……」
「はぁ……よかった」
ユシアは、ほっとしたような表情をする。
◇◇◇
それからユシアと食べ物は控えめに遊戯系を中心にいくつかの屋台を回った。
魔海老に翻弄され、子供のように燥ぐ姿は、一国を背負う勇者には、とても見えなかった。
俺もすごく緊張したし、なんだか少し悪いことをしているような気分にもなったが、楽しいような気がした。
ユシアがまたお面を着けてしまったのを幾分、惜しくも感じた。
でも、なんでユシアは俺を誘ってくれたんだろう……
――ひょっとして、ユシアは俺のこと……
いやいやいやいや、待て待て待て!
多感な男子よ、気を付けろ。特に、顔面の整った女には……
顔整女は、男を手の平に乗せて転がした上で、媚びてきたところで手の平を返すことに何よりも幸せを感じるんだ……
とは、我が姉の言葉である。
「…………」
――だけど……ユシアは姉貴が言うような人じゃない、とも思えた。
◇◇◇セナ視点
ユシア、どこだろう……
やっと人の波が一段落したと思えば、いつの間にかユシアはいなくなっていた。
列記とした勇者であるから、暴漢に襲われるとか、そういった心配はないとは思うけれど、どこか危なっかしいと思えてしまう。
「って、あれ……?」
ユシアではなく、見覚えのある人が道端で倒れているような…………
「は、ハルオさん!?」
慌てて駆け寄る。
「は、ハルオさん!? 大丈夫ですか? どうしてこんなところに……?」
「あ、セナさん」
「!? ……ウミさん?」
気が付かなかったのだが、ウミさんは近くにいたようだ。
「ちょうどよかった。その人、お願いします!」
ウミさんは少々、面倒くさそうな物を見る目で父に視線を送りながら言う。
「えっ!?」
「大丈夫! ただの食べ過ぎですよ。流石に置き去りにするわけにもいかないから一応、近くにいたんですけど、アオイくんもどっか行っちゃったんで、私もそろそろ宿に戻ろうかなって」
「そ、そうですか……」
「えーと、別にいい感じですよね?」
「……」
◇◇◇父視点
あれ……? なんだこれ? いい! いいぞ!
この滑らかな感触。
輪郭の形に変形するも程良い強さで押し返してくる絶妙な反発力。
私の体温よりもわずかに温かい、ほっこりとする温度感。
いい! この宿は最高だ!
アオイ……! 聞け……!
「この枕は最高だ!!」
「ふぁ……!? 枕!?」
目を開けると、目の前が……真っ暗だ。
どうやら、うつ伏せで眠っていたようだ。
くるりと仰向けに体勢を直す。
「!?」
眼前にセナさんの顔が現れる。
私のことを見下ろしているせいか長めの髪が顔の正面側に垂れていて、いつもと違った赴きがある。
「ハルオさん……くすぐった……」
「す、すみません……!」
仰向けに体勢を直したとき、意図せず顔が太股に擦れてしまったようだ。
どうやら私はセナさんに膝枕をしてもらっているようだ。
「と、ところで、これ、どういう状況?」
確か……食い過ぎて……
アオイとウミさんといたような気がするのだが……
「ハルオさんが倒れていたので……ウミさんが宿へ戻ると言うことで、私が介抱していました。もう……しっかりしてくださいよ……?」
「あ、ごめんなさい……」
セナさんは眉を八の字にして言う。
なんとなく、いつもよりも表情があるような気がするがマスクをしているので、実際のところはよくわからない。
「って、すみません! 私には妻が……!」
ふと我に返り、慌てて、起き上がろうとする。
「っ……!」
が、しかし、体を起こすことができない。
セナさんに押さえつけられていたのだ。
「あ、あの……セナさん?」
「あの……」
「ん?」
セナは心なしかモジモジしている。
「このタイミングで言うのもあれなのですが……今回の件、ありがとうございました」
「お?」
お礼を言われる覚えはなかったけど……
「まぁ、たまたま転移がうまくいっただけなので、お礼なんて……」
「いえ……そっちじゃなくてですね……」
「え?」
「賢者さまとの一件の方です!」
「……?」
「まだわかりませんか!?」
「す、すみません……」
「そ、その……<ユシアが私を選んだのは、私の方がいいから>だと言ってくれたことです……!」
「あ! それか……!」
どっちにしてもお礼を言われるようなことじゃないのだけど、他人の謝意は素直に受けとらないと野暮というものだ。
「私、何だか少しだけ胸につかえていた重みのようなものが取れたというか……」
彼女にとっては一つのコンプレックスのようなものだったのだろうか……
「本当にハルオさんは変わりませんね……」
セナさんはそんなことを言う。
「…………」
俺はセナさんのことをじっと見る。
「……! な、なんでしょう?」
「あの……セナさん、差し支えなければ素顔を見せてもらえませんか」
「えっ……!? そ、それは……」
「お願いします」
「っ……」
彼女はしばらく言葉を失う。
しかし……
「ハルオさん…………奇跡って信じますか?」
「信じます」
「っ!?」
彼女はまた少し黙ってしまい、そうして、決心したようにマスクに手を当てる。
「アオイ……大きくなりましたね。茜音は元気ですか?」
「っ!?」
マスクを外した彼女の目には涙が溢れていた……
アオイはともかく姉の茜音のことは話していないはずだ。
「那月なのか……?」
「…………はい」




