03.森2
「なぁ、アオイ……あの女性たち、勇者とか何とか言ってたけど、どういうことなんだろ……」
父が小声で俺に尋ねる。
「俺がわかるはずないだろ?」
「それもそうだな……」
今、俺達は謎の勇者さま含む二名に同行している。
二名が前方を歩き、俺達はそれに付いて行っているという状況だ。
なぜなら、助けた女の子二人に、街まで連れて行ってもらうことになったからだ。
曰く、倒したのはお二方なので、報酬はお二人が受けるべき……とのことであった。
そういう意味では倒したのは父一人だと思うので、俺は報酬を受け取れないような気もするが……ジャングルの中で生活するといったサバイバル的な要素は望んではいないのも事実であり、ついて行くことにした。
そもそも俺と父自身、ここ最近、あまり喋っていなかったので、俺としては少し気まずいのだが、そんなことも言っていられない状況のせいもあってか父は割と普通に話しかけてきた。まるでORUHAさんのように。
「……」
「あ、あの……ところで先ほどハルオさんが使ってた魔法は一体、どういったものなのでしょうか?」
自称勇者のユシアが振り返りながら質問する。
「魔法!?」
「えっ?」
父の勢いのある聞き返しにユシアは驚きの声をあげる。
「魔法ってどういう?」
父も質問で返す。
「えっ!? 魔法をご存知ない? となると、ドラゴンを焼き尽くしたあれは……?」
その反応からすると、やはり魔法はあるということだろうか。
ただ、ユシアと一緒にいるセナの見た目からして、魔法使いではないと言われたら、逆に戸惑うだろうなと思うくらいには、このファンタジー世界観を受容しつつあった。
先ほど、簡単な自己紹介をした際に教えてもらったセナの職号は<上魔士>というらしい。上魔士というのは、聞きなれないが魔法使いの上級版のことだろうか。
セナは長めの黒いマントのようなコートのような物を羽織り、手には杖を持っていた。
三角帽子こそ被っていなかったが、もうこれだけで、魔法使いの雰囲気は十分だ。
羽織の下は、ブラウスにスカート、長めのソックスという可愛らしい装いであった。
髪は少し現実離れした銀色ロングである。目から上を見る限り、優しそうな整った顔立ちの女性に見えるが、マスクをしているため、実際にどんな顔なのかはわからない。
しかし、セナは自己紹介の時に、特に緊張した様子のなかったユシアと異なり、落ち着きがない様子であった。
「こっちのはステルス・アーマーといって……って、これもよく考えたら原理とかよくわからないし、魔法みたいなものか?」
父が素っ頓狂な表情を浮かべ、こちらを見る。
確かに兵器の原理そのものは近代兵器をモデルにしているのだろうが、ステルス・アーマーからその兵器が発出されることや、しばらく時間が経過すると自動で装填される仕組みは、ゲームの都合であり、そこに原理などというものは存在しない。
不思議な力という点において、確かに魔法とそう変わりはないような気もしてくる。
しかし、あえて言うなら……
「科学兵器ですかね」
「科学……ですか。あまり聞きなれない言葉ですね」
ユシアは不思議そうな表情を見せる。
「いずれにしても、ハルオさんがとてもお強いのは確かですが……」
「そ、そうですかね?」
父は恐縮そうな態度をとりながらも満更でもなさそうだ。
「でも……息子の方がもっと強いですよ?」
「!?」
父が急に俺を指差す。
それに合わせて、ユシアとセナがこちらを見る。
「へぇー、そうなんだー」
ユシアが微笑むように言う。
「いやいやいやいやいや、そんなことないです」
動揺して、早口で否定する。
「ふふふ、この話は、また後でゆっくり聞きますね! それより、もうすぐ街が見えてきたよ」
ユシアが言う通り、鬱蒼と茂っていた木々がまばらになり、少し離れたところに石造りの街並みが見えてきた。
ユシアがくるりと振り返りにっこりと言う。
「ようこそ! 王都<クラクスマリナ>へ」
「……」
「と、言ってもここから馬で、一時間くらいありますけどね……」
セナが補足する。
魔法使いなら、一瞬で、街へ戻る魔法とかないのだろうかなどと思う。
◇◇◇
ユシアとセナに案内され、商店が立ち並ぶ開けた道を歩く。
街は活気に溢れていた。
宿屋、武具屋、食品を扱う店、生活用品を扱う店、酒場といった商店が道の両脇に連なっていた。
現実では、大型のショッピングセンターなどにより、集約化、効率化され、淘汰されたという小売店が立ち並んでいることに、ちょっとした非日常体験を味わっている気分であった。
実際には、ちょっとしたどころか、かなりの非日常であるのだが。
しかし、王都<クラクスマリナ>は、城塞都市なのか、街の周囲は堀で囲まれていた。
ということは何かから街を守る必要があるということであろうか……
「ユシア様! セナ様! お帰りなさい!」
「今日も街の平和を守ってくれてありがとうね!」
「ユシア様ぁ! 結婚してくれー!」
ユシアとセナに付いて、街を歩いていると、行く先々で声を掛けられ、二人はいちいちそれに反応している。
二人が、町民から好意を抱かれ、そして感謝されていることは明らかであった。
「なぁ、この二人って、有名人なんじゃ……」
父がボソボソと言う。
「<勇者>っていうくらいだし、そうなんじゃない?」
それくらいしか言うことができない。
「あの後ろにいる怪しい恰好の二人は……?」
「ユシア様、セナ様に付いて歩くとは、不敬な……」
「ユシア様! 僕というものがありながら、なぜそんな輩と!?」
理不尽なことに、穏やかでない囁きも耳に入ってくる。
「大丈夫ですから、気にしないでくださいね」
ユシアが苦笑いしながら、こちらを気遣ってくれる。
最後の奴はあまり大丈夫じゃない奴じゃないかと思いつつ、今できることは、できるだけ目立たないように、幾分、背中を丸めることくらいだろう。
と、そうこうしているうちに、ユシアが立ち止まり、こちらを向く。
「お二人とも、ご足労、有難うございました! こちらが目的地の<ギルド>になります!」
そこには一際、大きな建物があり、周囲は武装した人々で賑わっていた。
◇
「Aランク:アイロンクラッド・ドラゴン、討伐しました」
セナがカウンターで、女性に、水晶のようなものを渡す。
「受領致します。すごいですね! 流石、勇者様ペア! あのアイロンクラッド・ドラゴンを撃退ではなく、討伐ですか……! 確認の後、報酬をお渡し致しますので、少々、お待ちください」
「は、はい……」
セナは少しバツが悪そうな顔をしている。
「君達が倒したって言うと、ちょっと面倒なことになっちゃうから、今はごめんね……ハルオさんにも伝えておいて……」
「……!」
ユシアが小声で言ってくる。
かなり耳に顔を近づけられたので、少しドキドキしてしまう。
「ふわぁ……! アイロンクラッド・ドラゴンが可哀そうな仕上がりに……流石という感じですが、ここまでやるのもセナさんにしては珍しいですね」
「そ、そうですね……」
カウンターの女性の感想に、セナが歯切れ悪く、返答している。
「とはいえ、とにかく討伐確認できました。これから報酬を準備し、お渡し致しますので、少々、お待ちくださいね」
◇
「ってことで、今回の報酬……全てお渡ししますね!」
ユシアがサンタクロースのプレゼント袋のような物を父に手渡す。
「あ、どうも……本当にいいんですか?」
「もちろんです! アイロンクラッド・ドラゴンを倒してくれたのはお二方ですし!」
「なんかすみません……お二人のターゲット、横取りしちゃったみたいで……」
「あっ……いえ……いいんです……」
ユシアは少し気まずそうに目を横に逸らす。
セナがそれを訝しげな表情で見ている。
その間に父はごそごそと大きな袋の中身を確認し、取り出す。
「何ですかね? この石……?」
父は野球ボール程度の大きさの碧色の綺麗な石を手の平に乗せて尋ねる。
「……本当に知らないんですね」
セナが確認する。
「すみません……本当に知らないんです」
父が申し訳なさそうに言う。
「じゃあ、教えるね!」
「ちょっと待ってください、ユシア!」
「……?」
ユシアが教えようとするのをセナが止める。
「本当に教えてしまっていいのでしょうか……え、えーと、このどこから来たのかもよくわからない二人に……」
「せ、セナ!? 助けてくれた二人に失礼だよ!」
ユシアがセナを咎めるが、正直、セナの言うことは至極真っ当だと思う。
「な、なので、できればもう少し詳しく、その……こちらに来られた経緯などを教えていただけないでしょうか?」
セナは丁寧な言葉遣いで真摯に問う。
「……セナさんの言う通りです。アオイもいいよな?」
「あ、うん……」
異論はない。むしろ怪しまない方が怪しい……まであるくらいだ。
「……ここじゃあ、目立ち過ぎるので、場所を変えましょうか」
俺達はセナの提案を受ける。
◇
ユシアとセナはギルド内の施設の個室を借りてくれて、そこで話をすることになった。
父は、ここに来るまでの経緯やユナイトのことを可能な限り、二人に伝えた。
「……………………」
二人はしばらく絶句していた。
「し、信じられないです」
先に言葉を取り戻したのはユシアであった。
「本当にその通りですよね。信じられないのは、割と私達も同じでして……」
父が正直な気持ちを吐露する。
「……その強さがあれば、よっぽどのことがない限り大丈夫だとは思いますが……いずれにしても、しばらくはこっちで生活していかなきゃいけないんですよね?」
「そうなりますかね……」
ユシアの質問に父が答える。
「…………それじゃあ、まずは、さっきの報酬の使い道、教えますね! お二人が話してくれたのだから、こちらからも話してもいいよね?」
「……」
「セナ?」
「えっ……!? あ、はい……!」
セナは未だに話が呑み込めていないのか少し茫然としていた。
「大丈夫? セナ?」
「あ、はい……」
ユシアはセナを見て、少し心配そうにしているが、話を始める。
「まず、これは魔石と言います。使い道は主に二つです。一つ目は<売却してお金に変える>、もう一つは<自身を強くする>です」
自身を強くする? こんな石でそんなことができるのだろうか。
「売却してお金に変えるはまさにそのままですね。この魔石は貴重なものなので、かなり高値で売ることができます。この世界の通貨は、<ネオカ>というものが使用されています」
「ネオカ……!?」
「あまり聞きなれないですよね?」
「いや……むしろ……。たまたまかもしれないですが、ユナイト内で使われていた通貨名称と一緒だなって……」
父は俺と顔を見合わせた後、苦笑い気味に言う。
「え……?」
「……こんな感じなんですけど」
俺はメニュー画面のネオカ欄をドラッグ&ドロップする。
ユナイトで、できたようにネオカを簡単に具現化することができた。
「っ……!?」
今度はユシアとセナの方が口を開けたまま顔を見合わせる。
「こ、これはネオカです……!」
「ま、まじすか……」
「本物……なのかな?」
俺も父も正直、戸惑ってしまう。
「差支えなければ、確認させてもらえますか?」
「ど、どうぞ……」
俺はユシアの提案を受け入れる。
「有難うございます……では、失礼します」
ユシアはネオカを両手で受け取る。そして目を瞑ると、何やら手の平がぼんやりと発光し始める。
十秒程度、それを続けた後、ユシアは目をゆっくりと開く。
「…………間違いなく本物ですね」
ユシアが苦笑い気味の微妙な顔でそう言う。
「ネオカは魔法通貨です。簡単に偽造できるようなものではありません。逆にこれを偽物としてしまうとネオカの信頼そのものに関わってきてしまいます……」
「そ、そうなんですね……そ、それで1億ネオカってどれくらいの価値がありますかね?」
俺達二人で5億ネオカずつ、計10億ネオカ程度を所持していた。
俺達に限らず、50Fまで到達すれば、自然とそれくらいのネオカは溜まっているものだ。
父はかなり控えめな数値にして、確認したようであった。
「かなりの大金です。一人身であれば、生涯働かずに不自由なく暮らすことができるくらいの額だと思います」
となると、だいたい円と同じくらいの感覚であろうか。
「ははは……そうなんですね。であれば、魔石を売却して、お金に変える方は、差し当たって必要なさそうですね」
父は誤魔化すように笑い、そんなことを言う。
「そ、そうですね……それでは、自身を強くする、の方の説明をしましょう」
ユシアは少し腑に落ちない様子であったが、話を進めてくれた。
「自身を強くすることに使いたい場合、魔石を胸の辺りにかざします。試しに一回、私がやってみましょうか」
そう言うとユシアは手の平を上向きに前に出した。
するとエフェクトと共に魔石が具現化してきた。
その魔石を両手で持ち、自身の胸の辺りに置き、目を瞑る。
「……」
C……確か姉貴が現実のカップ数はお前らが想像するカップ数プラス2くらいある と言っていたことがあるので、恐らく……Eくらいであろうか……
いやいや、何を考えているんだ俺は……!
邪念を振り払うべく頭を軽く振る。
「……」
ユシアがその体勢のまま、少し経つと魔石が光を放ち始めた。
光は強くなった後、弱くなり、最後には魔石ごと消えてしまった。
「ま、こんな感じです。簡単でしょ? 使った魔石は消えてしまいます。魔石は使えば使うほど魔力が高まります。とはいえ、次第に魔力の上昇は鈍化するので、成長すればより多くの魔石が必要になるわけです」
「魔力が高まると、どうなるんですかね?」
父が尋ねる。
「魔力は全ての源です。おもに身体能力の向上と魔法の取得、強化ですね。どちらにより多くの魔力が使われるかはその人の特性に依りますが」
「魔法!?」
父が驚くように聞き返す。
「あ、はい……魔法です」
「私達にも使えるんですかね?」
「戦士特化の才でなければ、大なり小なり使えるとは思いますが、こればかりはやってみないことには……」
「なるほど……」
「あ、あの……まずは魔力指数を測定してもいいですか?」
「魔力指数?」
セナが測定を申し出た聞きなれない数値について父が聞き返す。
「はい、その人が持っている魔力の総量を1から100の数値で表したものです。簡単に言えば、その大小によりその人の強さを測ることができます」
「要するにレベルみたいなものかね?」
「あれ、知ってるんですか? 魔力指数は別名、<レベル>とも言うんですよ」
マジですか。
「なるほどです。まぁ、よくわかりませんが、測ってもらっていいですよ」
父が軽い感じで承諾する。
「あ、ありがとうございます。それでは……」
そう言うと、セナは父の目の前に立つ。
「えーと……」
「失礼致します」
「!?」
セナは自身の両の手で、父の両の手を取る。
「えええ、えーと……」
父も少し動揺しているようだ。
「わ、私には妻が……」
「っ!? ま、魔力指数を測定しているだけです……少し我慢してください」
「あ、はい……」
父は照れくさそうに明後日の方を向いている。
「なんかセナ、妙に積極的だな」
ユシアがそんなことを呟く。
「少し時間掛かるし、こっちも一緒にしちゃおっか?」
「へっ!?」
ユシアが少し身を屈めるようにして、俺の方を覗き込むようにして尋ねる。
「はい! 手を繋いで!」
そう言うと、ユシアはこちらの返事を待つこともなく、俺の両手を取る。
女の子の手って、こんなに柔らかいのかと内心、かなりどぎまぎしてしまう。
「痛い物じゃないから、緊張しなくて大丈夫だよ」
「は、はい……」
痛いのが怖くて緊張しているわけではないんです。
「…………っ!? ユシア……この方……!?」
セナが明らかに動揺しているように声を上げる。
「うん……驚きだよ……」
ユシアもそれに同調する。
「……」
俺はそれを聞き、緊張する。いや、その前からずっと緊張してはいるのだが……
「ど、どうだったんですか……?」
父が尋ねる。父も心持ち、緊張しているように見える。
「ハルオさんの魔力指数は……1です」
「えっ……? 今、なんと?」
「1です」
父は、ガーンという効果音でも聞こえてきそうな絶望的な表情を見せる。
「息子は!? ユシアさん、息子はどうなんですか!?」
父はなぜか必死な形相でユシアに確認する。
「アオイさんはなんと…………」
ユシアはなぜか少し引っ張る。
「アオイさんも1です!」
「ほっ!」
「……」
父はなぜか安心したような表情を見せる。
負けず嫌いか!?
「一応、簡易的ですが、数値化したものもお伝えします」
そう言って、二人はメモのようなものを渡してくれた。
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【ハルオ】
Lv1
攻撃:10
防御:5
魔力:8
魔耐:6
敏捷:5
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【アオイ】
Lv1
攻撃:8
防御:6
魔力:9
魔耐:6
敏捷:7
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「え……よくわかんないけど、弱そう……」
父はつぶやく。
「……」
女性二人は、どうしたものかとでも言うように、お互いを見合うが、ユシアが口を開く。
「Aランクの挑戦推奨レベルは70です」
「っ!?」
「これがどういう意味か解りますか?」
ユシアは少し真剣な顔付きになる。
「貴方達が身に付けているというステルス・アーマーという物は、最低でもレベル70相当の武力を有しているということですよ」