27.クラクスマリナ北側の山林
「なんだかドキドキしますねっ」
ウミが両の手を胸の付近で握り拳するというちょっとぶりっ子っぽいポーズで言う。
今日はウミにとって初めてのクエストであった。
クラクスマリナ北側の山林を散策しながら、ターゲットを探す。
「まぁ、俺達もいるし大丈夫だよ」
ウミの緊張をほぐすべく、適当な言葉をかける。
今までのメンバーは誰とはなしに話すことが多かったので、黙っていても会話が進行していることが大半だったが、ウミは割りと俺単体に向けて話し掛けてくることが多く、それを無視するわけにもいかず、必然的に口を開く頻度が増加した気がする。
「本日のターゲットはCランク:ニクショクギュウでございます」
父が機嫌良さそうに言う。
「今日はなるべくウミちゃんに戦わせてあげましょうね、ハルオさん!」
ユシアが念押しするように言う。
「わ、わーかってますよ。ウミさんの訓練も兼ねているということで……まぁ、ニクショクギュウはユシアさんもセナさんも何度も討伐してるって言うし、大丈夫かな」
これまで父はターゲットに遭遇するや否やミサイルをぶちこんできたが、今日は自重するようだ。
「私、頑張ります!」
ウミがニクショクギュウ討伐を意気込む。
まぁ、父の言うとおり恐らく大丈夫だと思う。
そのためのお膳立てもある程度してきた。
まず、俺と父の保有していた魔石をとりあえず全部ウミに突っ込んだ。
レベルは一気に30まで到達した。
装備についても俺達同様、ほとんど手付かずで残っていた五億ネオカを投入し、オリハルコン製の物を購入した。
俺達にサブマシンガンが効かなかった理由を教えたら、かなり迷いながらも購入を決意したようである。
今は、ブレザーの下に着込んでいる。
直接聞いたわけではないが、何らかの理由で、ウミはブレザーから現地の服装に変更はしたくないようであった。
ユシア曰く、魔力の防御力に比べれば防具なんてあってないようなものと言っていたので、別にいいかとも思うが、少々、目立つとは思う。
オリハルコン製の防護服は、ステルス・アーマーより遥かに耐久性が高いのは間違いない。
というか、ステルス・アーマーはユナイトのゲーム性の都合なのかわからなないが、アーマーという名称に反し、防御性能についてはそれほど高くない。
◇
「情報によるとこの辺なのですが……」
セナがニクショクギュウの目撃情報があった場所に近づいていることを報せてくれる。
「んじゃ、探ってみるね!」
ユシアは集中するように目を瞑る。
「ユシアさん、何してるのでしょう……?」
ウミが不思議そうに尋ねる。
「ユシアは半径二キロくらいまで、索敵ができるらしい」
「す、すごい便利ですね」
実際、すごく便利です。
俺達は、こんな風に勇者さまを便利に使ってしまっていいのだろうか……
「あ、いるねー。あっちだ!」
勇者さまは無邪気に指を指す。
◇
「……いましたね……少し緊張してきました……」
ウミが小声で言う。
俺達は、ニクショクギュウの背後の木の陰に隠れながら観察する。
ニクショクギュウというだけあって、水牛のような見た目で、立派なひねりのある角を携えている。サイズ的には、水牛よりも一回りは大きい……ので、かなり威圧感がある。
ちょうど食事中のようで、ライオンのような肉食っぽい獣を貪っている。
「それでは、行ってまいります……」
ウミが決意を固め、一歩、前に出る。
「頑張って! いざとなったら、ちゃんと援護するからね!」
ユシアが小さなガッツポーズでウミを励ます。
「……そうならないように、頑張ります」
援護といえば、アクティブ防護システム(APS)はウミの加入により、事実上、常時、エコノミー・モードとなった。
これによりプロテクト・モードに比べ、一人一人に対する防護性能が下がってしまった。
少々、不安ではあるが仕方ない。
しかし、まさかこれほど防護対象が増えるとは思っていなかった。
などと考えていると、ウミがニクショクギュウに走って近づいていた。
そしてサブマシンガンをモデルにしたステルス・アーマーからニクショクギュウに向け、弾丸を乱射する。
「グギュゥウウウ!!」
弾幕はニクショクギュウに命中する。
ニクショクギュウは絶叫し、痛そうにしている。
「効いてる……かな?」
「ギャウウウウウウ!」
ニクショクギュウがウミに向かって突進する。
「きゃっ!!」
ウミはなんとかこれを回避する。
「えー! 効いてないの!?」
ウミは口を開けて驚くように言う。
「痛がっているから、全く効いてないってことはないと思うけどな」
ユシアが言う。
しかし、俺達は少し離れたところで待機しているのでウミには聞こえていないかもしれない。
「ウミさーん! ちゃんと効いてるようですよー!」
父がウミに聞こえるように大きい声で言う。
「は、はい!」
ウミは少し安堵したように攻撃を再開する。
「ニクショクギュウの防御性能は200くらいかなー……ってことは、ウミちゃんの武器の攻撃性能もそれくらいかなー」
ユシアが呟くように言う。
「え……なんですか? その数値?」
「防御と攻撃の性能を表す、ざっくりとした数値だよね」
ユシアがそのままのことを教えてくれる。
「例を挙げた方がわかりやすいかな。ニクショクギュウはさっきも言ったけど、防御性能200ってところかな。ヤヴァシシは300、オリハルコン製の防具はそれよりも強くて400くらいだと思う。防御性能が攻撃性能を遥かに上回っていればダメージは全然通らないよ」
ということは、ニクショクギュウにダメージが入っているサブマシンガンは200、ヤヴァシシにダメージが入っていたアサルトライフルは300以上ってことかな。
「ちなみにアイロンクラッド・ドラゴンの防御性能は500はあると思うよ。ハルオさんの爆発攻撃は少なくとも500以上の攻撃性能があるってことだね。アイロンクラッド・ドラゴンの防御性能はAランクでもトップクラスに高いから、仮に私がトカゲ嫌いじゃなかったとしても倒すのにはそれなりに時間が掛かるんだよ」
「おー! そうなのですね」
「ユシアが常時展開している魔壁も500くらいの防御性能があります」
セナが知りたかったことを教えてくれる。
「お、流石です、ユシアさん!」
「そ、そんなことないよ……」
ユシアは少し照れくさそうにしている。
「ユシア、魔壁では、前にユシアが戦ってくれた人達の攻撃は受けられないの?」
千川達が使用していたのはアサルトライフルより威力の高い重機関銃モデルだ。本物の重機関銃は本来なら人が持ち運ぶことができないものだ。しかし、機動力や反動などのデメリットはあるが、ユナイトでは持ち運び使用することが可能だ。
「んー、あれは微妙かな。やってみないとわからない部分もありまして……もし向こうの方が強かったら痛いじゃすまないから、結構、測定が難しいんだよね。今まで説明したのも経験則による相対的な数値ってだけだし」
「なるほど……ありがとう。勉強になったよ」
しかし、こんな前提知識もなく、ウミのサブマシンガンをオリハルコンで受け止めた俺達って実は結構、綱渡りだったのでは? と今更ながら思う。
「へへっ、お役に立てたようで光栄です」
ユシアは少し誇らしげだ。
「ちょっとは私の方も気にして下さい……ハァ……ハァ……」
「あ……」
ウミは肩で息をしながら、長距離走を走りきった後のように、両膝に手をつく格好でうなだれる。
だが、その傍らには横たわるのは、ニクショクギュウだ。
無事に単独での討伐に成功したようだ。
「ウミさん! お疲れ様です!」
父がウミに声を掛ける。
「最初はあんまり効かなくて、悔しいぃい! って思ったら、少し効き始めたような気もします」
「それは恐らく魔力の影響でしょう」
セナがいつものように抑揚のない口調で教えてくれる。
「魔力による<武具強化>です」
「えっ!? そんなのがあるんですか?」
ウミよりも父が驚く。
「そうです。剣士職、魔法剣士職は基本的にこの技術を使用しています。ウミさんはすでにレベル30です。多少、得手不得手があるとは思いますが、これくらいのことが、出来て当然のレベルではあります」
俺達もそれより高いレベルなので、出来て当然というわけか?
出来て当然という表現は、ちょっとしたプレッシャーだ。
剣士職、魔法職、魔法剣士職については父から聞いているが、俺と父、それにウミはどこにカテゴライズされるのだろうか。
少なくとも父と俺は魔法職か魔法剣士職のどちらかであろうか。
俺自身は、武具強化が出来ているのかはちょっとわからないが、少なくとも身体能力は明らかに向上している。
ウミが乱射してきたサブマシンガンをAPSもなしに、生身で避け切るなんて、レベルを上げる前ならできなかっただろう。
「ねぇねぇ! アオイくん、私、頑張ったよ?」
「のわっ!」
考え事をしていると、急にウミが懐に入り込み、下から覗き込むような体勢になっていた。ブレザーなので、胸の谷間が見える等の心配はないが、やはり緊張する。
なお、ウミの胸は割とでかい。
「そ、そうですか……」
「そうですか? うーんと、できれば褒めて欲しいんだけどなー」
褒める!? 褒めるってどうやるんだ? わからぬ……
「よ、よくできたね」
こんなもんか?
「っ!! はぅ~……」
ウミはゆでだこのように赤くなる。
「あ、あ、あ、ありがとぅ……」
「……あ、うん……」
ちょっと過剰に反応し過ぎではないだろうか……
「サアアオイソロソロカエロウカ」
「っ……!?」
APSが発動、一歩手前のところで停止する。
振り返ると、口角の片側だけが妙に上がった状態の、にこやかなユシアがいた。




