26.ギルド
父視点
「アオイくん……肩とか揉もうか?」
「いや、いいです」
「何か食べたい物は?」
「さっき、オムライス食べたのでいいです」
「アオイくん……何か……して欲しいことある? 何でも言うこと聞くからっ……!」
「特にないです」
「………………えーと、ハルオさん……あれ、どういう状況?」
私は、眉間にしわを寄せ、目を細めながら聞いてくるユシアさんに答える。
「私にもよくわかりません……」
名実ともに、ウミはアオイの従者と化していた。
名実の<実>については目の前の光景がそれだ。
<名>について、思い返してみる。
◇
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「いや、俺が言いだしっぺだから俺がやる」
「いや、子供にそんなことやらせるのは親として許されん」
「は? 親とか関係ないだろ、横取りするなよ!」
「あ? なんだ? アオイ、ひょっとして海さんに従属化されたいのか? そういう趣味か?」
「はいはい、じゃあ、そういうことでいいですよ」
「あ! 開き直りか……やるな……じ、実は隠していたのだが、父にはそういう趣味が……」
「嘘つくなっ! 父ちゃんはただの母さん好きだろ!」
「っ!? う、そうだが……そうなんだが……!」
「それじゃあ、俺がやるからな! いいですよね!?」
「……え、あ、はい……」
ウミは歯切れ悪く返事する。
「それじゃ、えーと、降参ってどうやるんだろ……」
「…………多分、口で言えばいいだけです。前にヘルプメニューから確認しました」
「あ、そうなのか……えーと……」
モタモタしているアオイにウミがアドバイスする。
「……<ウミ、従属化>と言ってください」
「なるほど……えーと、ウミ、従属化」
「はい……私が承認すれば完了です」
ウミは空間ディスプレイをタップする。
ポップアップが表示される。
<一名のプレイヤーが従属化されました>
「…………ちょっと待て! こここ、これはどういうこと?」
「……?」
アオイは珍しくアワアワとしている。
「今ですね、プライベート・ポップアップが表示されまして……なぜか俺が君を従属化しちゃったみたいなんだけど……! えっ、なにこれ? 取り消しできないの?」
「そういうわけで宜しくお願いします! ご主人さまっ」
「……っ!」
どうやらウミにとって過失による望まない結果というわけではないようだ。
「な、なんで……?」
アオイはかなり動揺している。
「自分が奴隷になる道を選んでまで、私のわがままを聞き入れて、守ってくれようとしてくれた貴方になら、仕えてもいいと思えました」
「……まじ?」
「本当です。今日から天王洲 海は貴方のモノです……どうぞご自由にお使いください……」
ウミは頬を赤らめて、モジモジしながら照れくさそうに言う。
「…………――――」
アオイは凍りつく。
◇
「ということが、あったんですわ」
私はユシアさんとセナさんに前回の出来事をざっくりと説明した。
「へぇー……アオイノヤツヤルナー……」
「……」
ユシアさんの声色が明らかに棒である。
アオイノヤツヤルナーとは私も完全に同意である。
歌姫双子アイドルの天王洲 海だぞ!? その天王洲 海を自分の好きなようにできるとは……
そして、この反応を見るに、ユシアさんもアオイのことが好き……とまではいかずとも他の女といちゃつかれるのは、不快……くらいには気になっているということだろう。
アオイとユシアさんはいつの間にか互いに呼び捨てになっているしな。
ふむ……子とはいつの間にか成長するものと言うが……
この地で孫を見る日も近いか……
「それでどうするの? あの子……」
一人冷静そうなセナさんが確認してくる。
「放っておくわけにもいかないので、クエストには連れていきたいのですが……」
「うーん、事情が事情だし、仕方ないか……なんか、ここ最近で急にパーティーが増えたなー」
ユシアさんは少し困った様子を見せつつも、了承してくれた。
◇◇◇
「改めまして、ウミさんを同行させていただく許可をいただきましたので、自己紹介をば」
父が場を取り仕切ってくれる。
ギルドで部屋を借りて、顔合わせというわけだ。
「はじめまして、ユシアと言います。えーと、職業って……わかるのかな?」
「……?」
ウミはキョトンとしている。
「んー、わからなそうだね。それじゃあ、まぁ、少しずつ……」
「私はセナです。よろしくお願いします」
セナは淡白な感じで挨拶をする。
「私はウミです。アオイくんの従者です。失礼ですが、貴方達はアオイくんとどういったご関係ですか?」
ユシアとセナがどう言ったらいいのだろう? と戸惑うかのように、顔を見合わせているので、俺が代わりに答える。
「この人達は見てわかると思うけど、現地の人。この人達にゲーム初日に出会い、俺達は、この世界のことをたくさん教わった。例えば、ギルド、レベル、魔法……」
「ま、魔法!?」
ウミは豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「そういうユナイトにはないこの世界の要素を早くから取り入れられたおかげで、俺達は大きなアドバンテージを得て、今まで取り立てた問題もなく過ごせてきているんだ」
「……一つ確認させてもらいたのですが、ユシアさん、セナさんは、アオイくんと対等な立場ってことでいいのかな?」
「そ、そう……で、いいんだよね?」
俺は恐る恐るユシアの方を向く。
「もちのろんだよ!」
ユシアはニコリと答えてくれる。
「わかりました。アオイくんと対等な方ということは、その従者である私より目上の方ということですね」
「え? そんなの気にしなくて――」
「いえ、そういうわけにはいきません」
ユシアの言葉に被せぎみにウミがきっぱりと言う。
少し意外ではあったが、芸能界は、上下関係が厳しかったのだろうか?
「先ほどは不躾な質問をしてしまい、失礼しました。これから少しでも皆さんの御役に立てるよう頑張りますので何卒よろしくお願いします……」
「うん、こちらこそよろしくね! ウミちゃん!」
「常識を心得ている方で安心しました…」
ウミの思いの外、丁寧なあいさつにユシアとセナは好感を持って対応しているように見えた。
かくして顔合わせは滞りなく終了する。
◇
それとは別にウミから齎された情報もある。
俺たちはこちらに来た時、すぐにユシアやセナが来てしまい、気づかなかったのだが、とある条件を満たすとエレベーターに乗り、現世に帰ることができるらしい。
それは別のプレイヤーを一人、狩ることであった。




