18.街の広場
父視点
「ハルオさん……結局、ちゃんとお礼できなくて申し訳ない……」
セナさんは現れるなり、いきなり謝罪する。
「全然、問題ないっす! チキンライスも美味しかったですよ」
「それなら……よかったです」
セナさんはホッとしたような顔を見せる。
そもそもお礼なんて、こちらがすべきなのに……セナさんとユシアさんは意外と義理堅いと思う。
私はセナさんに転移魔法の研究を手伝ってもらうよう頼んでおり、多目的広場に来てもらっていた。
ユシアさん曰く、魔法なら魔法の専門家のセナの方が適任だよね! とのことだ。
広場は、夜なので他の人はほとんどいないようだ。
セナさんと転移魔法の研究をしていることはアオイには内緒だ。
「チキンライスの件……息子は内心、少し残念がっているかも……あいつ、ああ見えて無類のオムライス好きなので」
「だから、オムライスにしたんですよね?」
セナさんはそれほど表情を変えることなく聞いてくる。
といってもセナさんは常にマスクをしているので、表情は半分しか見えない。ただ、最初の頃はマスク越しにも少し挙動不審に感じたが、最近では普通になっていた。
「ど、どうでしょうね……」
「わかりますよ……それじゃあ、始めますか」
「あ、その前にちょっと聞いてもいいですか?」
「何でしょう……?」
「ユシアさんって、実際、どれくらいの強さなんですか?」
これまで何となく、すごいのだろうなと思っていた勇者という職業、それが一体、この世界においてどれ程のものなのか知っておきたかった。
「そうですね……一言で言うと、人族で最大の戦力ということになりますね」
「っ!? さ、最大戦力ですか!?」
「えぇ……もう少し詳しく説明しましょうか?」
「お、お願いします」
「職業とは、単なる職業であると同時に称号のような役割もあるのです。この世界の冒険者は、どんな職業も基本的に三つに区分けされます」
セナさんは淀みなく説明する。
「一つは<剣士職>、一つは<魔法職>、そして最後は<魔法剣士職>ですね」
割りと覚えやすくて助かる。
「剣士職は魔法をあまり使わず、魔力を肉体強化に多く割いています。ちなみに剣以外の武器、例えば斧や槍、弓といったものを使ったとしても三区別上は剣士職に分類されます。まぁ、剣以外を使っている人はあまりいないですが……」
そう言えば、ギルドでも剣を持っている人が多いなと思い返す。
「魔法職はその逆で魔法を主戦上にしています。私はこの魔法職です」
実はセナさんが戦闘用の魔法を使っているところを見たことがない。
「魔法剣士職は両方をバランスよく取り入れている方々を指します」
ユシアさんはこれだろうか?
「それぞれの最上位層には、王より称号が与えられ、それを名乗る権利を得ます。権利とは言う物の、王から賜った名誉を使用しないのは不敬にあたるので、基本的に義務ですね」
あの王が……? ちょっと大げさな気もするが……
「あの王が……と思われるかもしれないですが、あの王、これが結構、すごい方なのです。まぁ、その話は今は割愛します」
そっちの話も気になるが、今は我慢しよう。
「称号の話に戻りますが、剣士職の上位10名は<剣豪>、魔法職の上位10名は<上魔士>、魔法剣士職の上位10名は<勇士>を名乗ることができます」
「あ、セナさんは上魔士ですね!」
「僭越ながら……」
セナさんも相当な使い手ということか……
「そして、剣士職で最も上位の使い手だけが<剣聖>、同じく魔法職最上位は<賢者>、そして魔法剣士職における最上位は<勇者>を名乗ることができます」
「!!」
「この三名が国における最強の使い手というわけです。中でも魔法剣士職は人々から一段、格上扱いをされております」
つまりユシアさん、本物の最強さんということか!?
そのユシアさんにいきなり出会った私たちの豪運たるや……
「お二人とも、すごいんですね……! 私たち、凄く光栄です」
「そう言ってもらえると有難いですが、すごいのはユシアであって私は……」
「そのユシアさんに、たった一人の相棒に選ばれたんですよね!?」
「!?」
「それって、やっぱりすごいことだと思いますよ!」
「……あ、有り難うございます。それだけが私の誇りです」
セナは流し目気味に言う。
それだけじゃないと思うけれど……
「いろいろ教えていただき、有り難うございます!」
「いえいえ……それではそろそろ……魔法の方、練習してみますか」
「お願いします」
「えーと、まずはハルオさんの[転移]の魔法がどこまでの性能を持っているのかを知る必要がありますね」
「はい!」
「それじゃあ、一度、使ってみましょうか」
「いいんですか?」
「使わないことにはその性能や特徴を知るのは難しいです」
「なるほど! では、早速……」
「待ってください!」
「はい……」
「全く……せっかちさんですね」
「すみません……」
「変わらないですね……」
「えっ!?」
「いえ、何でもないです」
「……」
「慣れない魔法を使うときの注意点として、まずは簡単なことから、そして少しずつ難しいことに挑戦してみます」
「ほほう」
「転移魔法なら、まずは極近く……人のいないところへ。次は少し離れたところ、障害物の先……という風に徐々に難易度を上げ、最終的には、知らない場所にはいけるのか……など、今、自分が使える性能を切り分けていきます」
「なるほどなるほど……」
「ちなみに今、出来ないことであっても、レベルが上がれば出来るようになることもあります」
年甲斐もなく少しわくわくしてしまう。
「あとはそうですね……魔法は、細かい設定値については、頭の中でイメージすることでも十分、実現可能です。例えばそう、どこへ誰を転移したいかという内容です。逆に言葉にしてしまうと言葉の通りになってしまうので意外と操作が難しいです」
「確かに……」
アオイをユシアさんのところへ……と言ったら、ユシアさんの真上にワープしてしまったらしい。ユシアさんの近くへ……ならよかったのだろうか?
「最後に……」
「ん……?」
セナさんが妙に真剣な顔付きになる。
「……転移魔法が使えるということが物凄いことだということは知っておいた方がいいでしょう」
「え……?」
「現役の冒険者で、転移魔法が使えるのは私の知る限り、賢者……さま……だけです」
賢者……魔法職最強だったか……
「使える魔法について特性のようなもので単純な優劣がつけられるものではないので、一概にハルオさんが賢者……さま……と同等だとは言えませんが、事実としてそういうことがある……というのは知っておいてください」
セナさんは、賢者に対して、さまを付けるのが少しぎこちないような印象を受けた。
「教えてくれて有難うございます。自惚れないように謙虚にいきたいと思います」
「それを聞いて安心しました。魔法に謙虚に向き合うことはとても大事なことなのです」
セナさんはあまりニコリと笑う方ではないが、少しだけ微笑んでいるように見えた。
◇
その後、私は[転移]の魔法を何度か練習した。