新城 玲
伊那と買い物に出かけたその日の夜、新城家では。
「そう言えば今日、伊那とセンダモールに行ってきた」
仕事を辞めた伊那の事を気にしていた母に玲は話す。
「あらっ、伊那ちゃんと?元気にしてた?」
「元気だったよ」
「お兄!いつから伊那ちゃんとそんな関係!?」
妹のこよりが会話に割り込んで来た。
普段は近くのアパートで一人暮らしをしているが、今日はたまたま実家に帰って来ていた。
「どんな関係だよ。センダモールに向かう途中、伊那が歩いてたから声かけただけだ」
「伊那ちゃんとショッピングかぁー!お兄いいなぁー」
「いや、一緒に行っただけで買い物は別行動」
「ヘタレ!」
「はぁ!?」
「静かにしなさい!」
母親の一声に二人ともバツの悪そうな顔をした。
「ああそれと、伊那にうちの仕事を勧めておいたから」
「それは良かったわ。母さんも伊那ちゃんのお母さんから聞いた時に勧めたかったんだけど、なんだか言い辛かったのよ」
「伊那ちゃん来るの!?何て誘ったの?」
「お前は一々煩いな。俺の隣空いてるからって誘ったんだよ」
「あらっ!」
「え!!」
「ん?」
「お、お兄。付き合ってもいないのにいきなりプロポーズ!?」
「はあっ!?何でそうなるんだよ!」
「だって、ねぇ。お母さん」
「そうねぇ。さすがに仕事の誘いには聞こえないわね」
「えっ」
「あーでも!伊那ちゃんにお姉さんになって欲しい!」
マジか!と動揺した玲にはこよりの声は右から左へと流れて行った。
夜も深まりそれぞれが自らの部屋で寛ぎ始めた頃。
玲は先程の会話を気にして携帯を手に取り電話をかけると、少し長めのコールの後に相手が出た。
「はい、もしもし」
「もしもし。伊那、寝てた?」
「ううん。どうしたの?」
「あ、いや、あの…今日話した事で…」
考える前に行動を起こしてしまった為、繋ぐ言葉を見つけられずにいた。
「今日?」
「えっと…仕事の話でさ…」
「ああ、空いてるから考えてみてって話だったよね。もう誰か雇って空きがないとか?それなら気にしないで。私は大丈夫だから」
「あ、いや、そうじゃな「伊那ちゃーーん!!」」
気付くと部屋のドアが開いていて、こよりが隣にいた。
「こよりちゃん?」
「お前いつの間に「ねぇねぇ、伊那ちゃんうち来なよ!家族みーんな大歓迎だよ!!」」
「ふふっ、ありがとう。でも、もう少し休んで自分の事を考えてみたいからごめんね」
「お兄フラれたぁー。それはそうと、伊那ちゃんよく勘違いしなかったよね、俺の隣とかって言ったんでしょ?」
既に携帯はこよりが握っている。何を言おうとしてるのか気付いた時には言ってしまった後だった。
頭を抱えた玲をよそに、伊那からの返事は至って普通のものだった。
「あれね。玲は昔から仕事場を俺の隣って言ってたから」
「なーんだ。伊那ちゃんに勘違いして欲しかったなぁ。で、お兄と…あっ」
玲が携帯を取り返す。
「ごめん。バカがバカな事を言って」
「ううん。相変わらず仲いいね。ところで仕事の話だったっけ、どうしたの?」
「あー、えっと…バカのせいで忘れた!また思い出したら連絡するわ、悪いな」
「わかった、じゃあまたその時に。こよりちゃんによろしく伝えておいてね」
「おう」
通話が終わり、ふうっと息を吐く。
携帯を取り返してから急に静かになったこよりが話しかけてきた。
「ねぇお兄。近いうちに伊那ちゃんに連絡取って、私に番号教えていいか聞いて。」
「おう」
「早めにしてね!」
「お、おう」
バカ扱いをした時に喚くかと思っていたのに喚かず、今だって機嫌が悪くなるどころか機嫌良く部屋を出て行ったこよりを玲はただただ変に思っていた。