お出かけの前に
「今日は晴れるよ」
窓の外を眺めていた私にくろうさは言った。
天気が良いと体の中の綿がほんの僅かに軽くなるらしい。
トン、トン、トン
と誰かが階段を上がってくる音がする。
急いでテレビを点け、くろうさに目配せをした。
コンコン
ドアをノックすると同時に部屋に母が入って来る。
「伊那、明日おじいちゃんが来るからちょっと買い物してきて欲しいんだけど。必要な物は紙に書いておいたから」
「はーい」
紙を受けとり目を通す。
「…ちゃんと考えてると思ってるから心配はしてないけど、なるべく早めに次の仕事を見つけるのよ?何か相談でもあればお父さんもお母さんも話を聞くから」
「うん、わかってる…」
母に視線を移すと既に私ではなく、くろうさをじっと見ていた。
さて、出掛ける準備をしなくては。その前に一口水を。
「あら、これ…うさぎ?伊那が作ったの?可愛いわねぇ!」
「ママさんこそ!」
ブフッ!ンゴフッ!ゴホッ、ゴホッ!
水を吹き出してしまった上にむせた。
「もう!何してるのよ」
「ゴホッ、ンンッ、テレビが上手く返事をしたから可笑しくなって」
テレビを点けていて良かった。ちょうど芸人さんが沢山出演していてガヤガヤとしているし、なんとか誤魔化してみる。
「お母さんにはこの子が喋ったように聞こえたわ」
「ま、まぁ、喋ったら喋ったで面白いけど、何か機械でも入っていないと無理でしょ」
「そうだけど」
平静を装うもののこれ以上長引かせると誤魔化せなくなる気がして、もう着替えるからと母を部屋から追い出した。
「…くろうさ。あれだけ言ったよね?他の人の前では喋るなと」
「ママさんなら大丈夫かと思って」
てへっ、キラーン☆と効果音が付きそうな調子で答える。怒る気が失せた。
「はぁっ。着替えたら買い物に行くよ。お願いだから鞄の中では大人しくしてて」
「わぁぁい!わぁぁい!」
母がいる今、家に置いておくのも心配なので連れて行こう。
万が一の事を考えて、くろうさの体に手作りのハーネス(のようなもの)と長いストラップを着けると、今からバンジージャンプをしますと言うような見た目になった。
すぐさま鞄によじ登ってはストラップは機能せず、床にころんと転がったくろうさを掴んでメッシュ生地になっている外ポケットにつっこんだ。
「ほら、行くよ」