であい
あんな夢を見たからか、久々に編み物をしたくなった。
幸いな事に基礎から学べる編み物の本や材料は全て揃っている。
元々材料は祖母のものだったけれど祖母は亡くなり、本の持ち主の母は老眼が始まって見えにくいからとそれぞれ私が譲り受けたのだった。
手芸が苦手な人から見ると私は器用に見えるらしいけれど、本当の所はそんなに器用ではない。
ただ作るのが好きなだけ。
少し埃を被った道具や材料達を押し入れから取り出し、十分な長さがありそうな太めの黒い毛糸を手に取る。
編みぐるみの本は自分で購入した本で、その中で一目惚れしたのがうさぎだった。
そして基礎と編みぐるみの二冊の本とにらめっこしながら編んでいく。
体の半分まで編むと余裕が出てきたのか、歌が口をついて出てきた。
「くろい いろは よるのいろ
あなたを あしたに つれていく
くろい いとは やさしい
あなたの せなかを おしてくれる」
あれっ?即興で作った?
なのにもうずっと前から知っていたかのような感覚。
噛み砕くように繰り返し呟くように歌う。
これ、端から見たらヤバイ人だろうな…
綿を詰めて軽く絞って…と。
よし!頭ができた。
体は頭より少し縦に長い。作り方は頭とさほど変わらず簡単にできた。
目はぬいぐるみ用の丸く黒いボタンで、鼻と口は薄いピンクの刺繍糸で作る。
面倒だったので耳と手足は平べったいまま。
…オリジナリティ!
後はこれらを縫い合わせて…
「できた!くろうさ!!」
なんとなく名付けてみた。
10cm程の小さくて黒いうさぎ。
所々に白い綿が見えたりもするけれど、誰かに見せるとかあげるとかではないのでこれでいい。
机の上に立たせてみる。
が、ころんと倒れてしまう。
むむっ。
「立てっ、くろうさ!」
押さえる指に若干押し戻す力を感じたはずだったが、三十五歳も近い人間が編みぐるみ相手に…と恥ずかしくなりそちらに気を取られていた。
その瞬間
「立ったぞぉぉーー!」
えっ。
「わぁぁい、わぁぁい」
ひっ!!!!!
「わああああ!!!」
気付くと叫びながらそれを投げ飛ばしていた。
それは壁に当たって転がった後、むくりと起き上がった。
「ぼく くろ「やああああ!」
「ぼく く「あああああ!」
「しっ!」
「ひっ!」
目の前で起こった出来事を受け入れられないままそれは喋った。
「ぼく くろうさ。立ったよ!」
何これ何これ何これ!どういうこと!?
綿に何か混ざってた?いや、そんな筈はーーー
「ぼく!くろうさ!立ったよ!!」
「わ、わかった、う、宇宙人?」
「えっ!どこ!?」
くろうさはキョロキョロと辺りを見回している。
「お前だよ!」
突っ込まずにはいられなかった。
「? ぼくはくろうさ」
「違う違う、くろうさが宇宙人かって事!」
「ぼくは編みぐるみのくろうさ」
「…何で喋れるのよ」
「わかんない」
「いつ元に戻るの?」
「さあ。ぼくにもわかんないよ」
「どこか旅に出たりするの?」
「そんなことはしないよ。ぼくはここにいるよ」
「えっ」
私のその一言でくろうさは静かに俯いてしまった。
耳も垂れている。
宇宙人は嫌いなのだけれど、くろうさは自分が作ったもので。喋って奇妙ではあるけれど、見た目は可愛い編みぐるみのうさぎだ。
「ご、ごめん!それでいいよ」
顔を上げたくろうさの表情がぱぁっと明るくなった、そんな気がした。
そしてくろうさとの日々が始まった。