願いの叶う壺
人間には大きく二つに分かれる
支配する側か、支配される側か
この世界で『支配者の印』を得たものが、支配者として君臨出来る
布里が6歳の頃だった。
山の奥にある村に、母方の祖母に預けられていた。
山と川と畑以外になにもない、正真正銘のど田舎で、年寄りの祖母との日々の暮らしは子供の布里にとっては、毎日が苦痛なほどに退屈だった。
布里は時折近所の悪ガキたちと川で遊んだり、近所の農家の畑を荒らすなどお転婆な娘であったが、
祖母も布里のことは放任しており、布里の近所への悪戯には気づいていないようだった。
布里の祖母は、夫であった祖父に従順な女性だった。
祖父が右と言えば右、左と言えば左の女性だった。
口癖は、『お父さんがそう言ってるから』
『お父さんが・・・』
『お父さんが・・だから・・』
決して、”私は”・・、などと言う言い方はしない。
まるで自分がない・・
要は、祖父に精神的に依存しきって生きてきた女性であった。
その祖父も布里が生まれるずっと前に亡くなり、独居老人となった祖母は、何に対しても無気力であった。
布里の母親は、というと、
とある権力者の愛人であった。
布里は愛人の子だったのだ。
父には正妻がいて、腹違いの姉がいるという。
父は跡継ぎの男子の誕生を切望していたので、布里が男児だったなら、
父の母への扱いも違っていたのかもしれない、と母親は思っていた。
布里が産まれ日、女の子だということで、母は非常に落胆した。
父には母の他に数人の愛人がおり、子供が女の子では父の愛情をつなぎとめる鎹になるとは思えず、
まして、布里は女の子とはいえ手のかかる子供だった。
父をつなぎとめるためには子供は邪魔とばかりに、布里を自分の母親(祖母)に預けて、必死に父に尽くしていたのだった。
ある日、たまたま一人だった布里は、
祖母の家の倉庫に入り、面白そうなものはないかと探していると、木箱に入った古い壺を見つけた。
なにやらかなり古いモノのようだ。
その壺の中に紙切れが入っている。
布里にはまだ読めない字で何やら書いてあった。
祖母にその紙切れを見せると、
祖母は怪訝そうな顔をして、『これどこさあった?・・・・・じーちゃんの字だわな』
語尾が少し変だった。
壺の中だと言うと、
祖母は、『えぇ~?・・・・』
と言って、倉庫に入って行った。
『はぁ・・・イヤイヤ・・これけぇ・・?』
祖母が言うには、その壺は、元々は、どこかの寺にあったものを、経緯はわからないが、祖父が住職から譲り受けたものだという。
布里『なんでそんなところに入れてたの?』
祖母『これはな・・願いが叶う壺言うてもろたんじゃ』
布里『え~!すごい!!』
幼い振りは、そんな祖母の胡散臭い話を鵜呑みにして、目をキラキラとさせていた。
祖母『この壺の中に願い事を書いた紙を入れておくと、自然に運命が願いを叶える方向に動き出すんだそうだ。
ただ・・・この壺の表面に書いてあるじゃろ?願いが叶うことが必ずしも幸せになることとは限らんということじゃ。因果応報は世の常。他人に害を及ぼす願いは書いてはならない。』
古い壺ゆえ、模様だと思って気に留めてなかったが、壺の腹のところに、なにやら筆で書かれた文字は、そういうことを書いてあったようだ。
祖母『じーさんの遺品じゃ。そのまましまっとき』
というと、さっさと家の中に戻っていった。
布里には、幼いながらにも叶えたい願いがあった。
それは、漫然としたものではあったが、こうなりたい、という自分のイメージがあったのだ。
近所に同い年の子供たちがいるのだが、リーダー的な存在の奈生美がいた。
奈生美は、飛びぬけて可愛らしく、快活で頭のキレる賢い女の子で、皆の憧れだった。
布里は奈生美が羨ましくて仕方がなかった。
周りの子供は皆、奈生美の言うことに賛同し、奈生美の真似をしたがった。
皆が素直に、奈生美のイエスマンでいたのに対し、布里はのけ者にされるのが嫌で、渋々従ってはいたが、内心面白くなかった。
しかし、布里の奈生美への反発心は嫉妬でしかなく、
内心では、布里は奈生美になりたかった。
布里は学校で習った、簡単な文字で精いっぱいの願い事を書き、例の壺の中に入れた。
ほどなくして、父の正妻が亡くなり、
布里の母が正妻の座につくと、布里も父の家に引き取られることとなった。