ハイランド城の朝
大広間は、たくさんの人で溢れていた。
朝食の良い香りが人々を誘ったのだろう。
なるほど、カレンが心配するのも無理はない。
滞在客の胃袋を満足させるのは、さぞかし大変だ。
冷蔵庫がまだ無い時代だし。
調理人や給仕人達にとっては、とにかくさっさと調理して
片っ端から平らげて貰うのに限るんじゃないか・・?と、
クリスは思った。
ホールで食事をしているのは正装した男達ばかりではなく、
シャツを軽く着ただけの若者や、隣で笑い転げる女性など。
朝から、大にぎわい・・まあ、お祭り騒ぎ状態が続いているってところかな。
「こっちだ、カレン!!クリス!!」
ひときわ大きな声がホール内に響いた。
声の主はジェレミーだ。
彼の赤い髪でそれと分かる。
カレンは、嬉しそうに微笑むと、「こっち。」と
クリスの手を引っ張って人混みの中を進んだ。
すると、ホールに居た者達皆がシンとなって
ジロジロとクリスを無遠慮に見つめてくる。
場違いな服装をしていると思われたのか、
それともジプシーの一員がなぜココにいるのかと?
まあ、無理もない。
ここの女性達は皆、ドレス姿だし。
被り物、もしくはそれに代わるリボンを髪に結わえているもの。
女性が髪を人目に晒すのは、みっともない時代なのだろう。
「やあ、おはよう。よく眠れたかい?」
ジェレミーが2人に彼の両側の席を勧めた。
「おはよう、ジェレミー。」
クリスはちょっと居心地悪い思いをしながら腰かける。
「おはよう。彼女なら大丈夫。
ぐっすりよ。私が起こしてあげたんだもの。」
カレンはそう言うと、大皿に積み上げてある丸パンと
マフインを一つずつ手に取り
クリスの皿に置いてから座った。
「カップには、ハーブ・ティーが入っているわ。
スキっと目が覚めるわよ。
アレックスは飲んだかしら?2日酔いには、特に効くんだけれど。」
カレンの元気なお喋りにジェレミーは苦笑しながら
「そうそう、皆に君のことが伝わっているようだよ。
カテランを倒したヒーローだってね。」
ああ・・そうか、それでさっきの・・あの反応だったんだ。
「そんな、オーバーな。あれは、たまたまでしょ。
カテランのボスが間抜けだっただけ。
油断大敵って言葉を知っていれば良かったのに。」
クリスはそう言うと周りの視線を無視して、丸パンをちぎった。
「ハハ・・そりゃあ敵わないだろうなあ。
まさか、女性があんな風に襲いかかってくるなんて。
彼だけじゃない、あの場にいた皆が、思いもしなかったからね。」
「ヒーローじゃなくて、ヒロインでしょうよ。それより、ポリッジはどう?」
カレンが、白い粥状の物が入った椀をクリスに勧める。
「ああ・・オーツ麦だっけ?燕麦?体に良いって聞いたことが有るわ。」
その言葉にジェレミーが笑った。
「へえ、ポリッジを評価する外国人もいるんだねえ。」
「ええ、ホント。あまり好かれないのよね。普通は。」
カレンは自分の皿にマフインを置いて、カップを手に取った。
「すごい人数ね。ココにいる人達は皆が同じ一族なの?」
「ええ、そうよ。今夜と明日の夜はもっと賑やかになるでしょうね。」
「今夜はどんな宴会があるの?」
「えんかい・・?クス・・いやあね。ギャザリングよ。」
「今夜は宣誓があって、明日は結婚式なんだ。」
2人が代わる代わるクリスに説明する。
「宣誓~?ゲームに参加するための、選手宣誓のこと?」
カレンとジェレミーは、顔を見合わせてから首を横に振った。
「まあ・・見れば分かるよ。」
食後、ジェレミー・カレンと共に厩舎へ出掛けた。
「アレックスって、ホント馬が好きよね。」
カレンが鼻をつまむフリをしながら首を振る。
「大きな厩舎。随分馬がいるのね。競馬場を持っているとか?」
ジェレミーが振り返った。
「競馬場?・・いや、確かに良い馬は多いけれど。
今はギャザリングに集う一族達の馬を預かっているせいもあるんだ。」
厩舎を覗いてみたけれど、アレックスの姿は何処にもない。
「ううん、おかしいなあ。マッティはいるのに。
あいつったら、何処へ行ったんだろ?」
ジェレミーが首を傾げていると
「皆さん、こちらでしたか?」
リディアが息を切らして走ってきた。
「まあ、この娘ったら。どうしたの?」
咳き込む彼女の背中をカレンが優しくさする。
「は・・はい。ウィリアム様がお呼びです。
皆様をご領主・ゴードン様のお部屋でお待ちしています、と。」
あちこちと探し回ったのだろう。彼女の頬が真っ赤に上気している。
ジェレミーがカレンに頷く。
「僕がクリスを連れて行こう。君は彼女を休ませるといい。」
城に戻る途中、たくさんのハイランダー達が外へ出掛けるのとすれ違った。
「そう言えば、今日は何のゲームが行われるの?」
先を行くジェレミーに声を掛ける。
彼は背が高いものだから、見上げてやっと彼の肩に声が届くみたいだ。
「ゲーム・・ああ、武術大会のことかい?」
「そう、それって、ジェレミーは参加しないの?」
「うん?いや、僕は弓の部だよ。」
彼は、振り向いて矢を射るマネをした。
「へえ、そう。射手・アーチャーってわけね。」
「そう、狩りの時は僕が矢を放って、アレックスが剣を振るうのさ。」
「コンビってこと?仲がいいんだ。」
「まあね。一族の者達とは上手くやるようにしているよ。
まあ、僕に限らず。皆がそうだけど。」
「ギャザリングに集う人達って、皆が親戚なんでしょ?」
「そうだよ。先祖代々なにがしかの繋がりがある。」
「じゃあ、これから会いに行くゴードンさんがお館様・一族の主。
代表者ってこと?」
「ああ。クリスの国にはそういう関係はないの?」
「う~ん・・どうだろう?昔はそうだったのかな?
でも、武士でもなければ・・そういうのって。
本家とか、分家って言葉は有るけれど、地方にも因るみたいだから。
戦国時代の組織とは別物だしね。
大名の結びつきは血族ってワケじゃないし・・。」
なんだか、考えるほどちょっと日本とは違うような気がしてきた。
第一、こんな大掛かりな催し物はないし。
声が呟きになったところでジェレミーが驚いて振り返った。
「君、家族がいないの?」
「ええっ?あの・・なんていうか。
私の場合はちょっと特殊なんで。ええと・・」
この手の話題は苦手だ。
「まあ・・国が違えば色々と様子が異なるんだろうね。」
有り難いことに、
ジェレミーはそれ以上突っ込んで聞いてくることはしなかった。
城の3階にあるアルコープは広く、小窓から入る風に吹かれて
色とりどりのカーテンやタペストリーが揺れている。
廊下の奥は人影がなくひっそりと静かだ。
大広間の騒がしさとはまるきり正反対。
ジェレミーは城内に詳しいらしく、目指す領主の部屋が分かっているとみえ
迷うことなく進んで行く。
と、突然、怒鳴り声が廊下に響いた。
一番奥の部屋の扉が開いている。
その奥から聞こえてきたようだ。
「どういう事ですか、Mrゴードン?
我々の一族ではない他所者をゲームに参加させようなんて!
有り得ない!!」
誰かが興奮した様子でまくし立てている。
英語にしては聞き取りづらい。
多分、ゲール語が混じっているのだろう。
ジェレミーは先客が居るにもかかわらず
歩調をゆるめずに部屋の中へと入っていく。
クリスは一応遠慮して戸口で立ち止まる。
どうやら口調から、楽しい会話ではないようだから。
「私は納得がいかない!!
公正な皆の意見を聞きたいものだ。
法廷での審議を請うことにする。
よろしいですかな?」
「やあ、叔父さんお久しぶりです。いつこちらに?」
ジェレミーが咳払いをして興奮している客人に声を掛けた。
「おお・・ジェレミーじゃないか。
お前こそ、いつこっちへ戻っていたんだ?」
「まあ、ギャザリングに参加しない一族の者はいませんよ。
幾ら、海を隔てていてもね。」
「うんうん、確かに確かに。その通りだ!」
「それで、今回のギャザリングに参加するに辺り、
僕は昨日驚きの光景を目にしましてね。」
そう言うと戸口を振り返り、クリスを手招きした。
「紹介しましょう。新しい我らの友人ですよ。
昨日、ココに着いたばかりだそうです。」
ジェレミーは部屋の奥に座っている者に顔を向け、頷く。
クリスが部屋に入ると、一斉に皆の視線が集まった。
大振りな椅子に腰を掛けているのがゴードン・一族の主・城主らしい。
白髪だけれど目には精悍な輝きが有る。
彼の横にはその息子ウィリアムが立ち・・
驚いたことにアレックスもそこにいた!
そうして多分、話し合い中の相手と思われる正装したハイランダーが一人。
ジェレミーの前に立つ彼は大きく、がっしりした体格でちょっと圧倒される。
ハイランダーは皆、背が高いし鍛えられた体のせいか
本来なら近づき難いという印象を受けるのだろうけれど。
きっとスポランのせいだろう~何となく親しみを持ててしまうのは。
でも、彼の場合は少し違っていた。
どうやら、隻眼であるらしく。
そのせいか、残された目の光が異常に強く感じられる。
まるでその目は相手の正体を見透かすことが出来るみたい。
「クリスです。こちらに泊めてくださって、有り難う。
夏至祭も楽しめましたし。」
「おお、そうか。君がなあ。」
そう言うとゴードンが席から立ち上がった。
「マクファーソンのゴードンだよ。
そろそろ引退して息子のウィリアムに後を継いで貰おうかと思っておるが。
どうやら、昨日は息子の花嫁一行と息子自身をも助けてくれたそうだの。
ああ。馬たちもだ。礼を言うよ。ありがとう。
気の済むまでこの城に滞在して欲しい。我ら一族は君を歓迎する。」
差し出された手はがっしりとした厚い手だった。
彼は領主として一族を束ねる責任がある。
その誇りと自信と重圧がこういう大きな手にするのだろうか。
彼はまじまじとクリスを見下ろして
「それにしても・・クリスは坊主・・じゃない・・
女性だというのは本当なんだのぅ。
何て言うか、まあ・・もっとこう。」
モゴモゴと言葉がみつからない様子で顔をしかめた。
「つまり、ハイランダーを相手に闘うことの出来る
〈ガタイのでかい男〉だと、思ってたってことさ。」
ウィリアムが苦笑しながらゴードンに助け舟を出した。
「気にしないでくれ。
皆と同じように、父もちょっと、驚いているだけだから。」
開け放たれた大きな窓から差し込む光が、部屋に春の柔らかさを広げている。
静かで穏やかな朝のひと時。
そこに、突然、沸き上がった歓声がなだれ込んできた。
「ゲームの予選が始まったらしい。」
ウィリアムが外をチラリと見た。
「いやいや・・。
夏至祭も無事に終え、ゲームも開始することが出来た。
クリスのお陰だろうの。」
領主・ゴードンが再び感謝の言葉を口にする様子を見て、
ジェレミーの叔父・ヘンリーが
憤慨したように声を上げた。
「とんでもない!! 貴方ともあろう人が。
ゴードン、貴方は一族・クランの長ですぞ。
軽々しく、このようなジプシー娘に頭を下げるべきではない!」
「失礼ですよ、ヘンリー叔父さん。客人に対して。」
ジェレミーが諫める。
「フン。いつから我がマクファーソン一族は、
得体の知れない流れ者をもてなすようになったんだ?」
興奮気味の男は、甥っ子の言葉を無視した。
「こら、こら、ヘンリー。彼女は、客人だよ。」
顔色も変えず軽く窘める様は、さすがに領主なだけある。
堂々として落ち着いていた。
「全く、甥っ子までもがジプシーのインチキに惑わされたのか?情けない。
フランス生活が長いとはいえ、仮にもハイランダーの血を引いているのに、だ。」
苦々しくそう言うと、ヘンリーはクリスを無遠慮に眺め回した。
「でもさ、叔父さん。
俺らは目の前で彼女がカテランどもを相手にしたところを見ているんだぜ。
本当なんだって!!
ウィリアムが、ボスを殴って失神させる事が出来たのは、
クリスが奴に蹴りを入れて不意をついたからだぜ!!
それに・・」
アレックスの身振りを交えた説明を遮って
「もう、いい!! どいつもこいつも、なんだって?
大方、インチキな魔法にでも掛けられたんじゃあないのか?
案外こいつはジプシーではなく、魔女かもしれんな。
いや、第一、ラディー<坊主>にしか見えない体じゃねえか。
それが、カテランを相手にしただと?
いつから白昼夢を見るようになったんだ?・・ったく、馬鹿馬鹿しい。」
ヘンリーは〈つきあっていられない〉と言うように首を横に振った。
全く耳を貸さない隻眼のハイランダーを
ウィリアム・ジェレミー・アレックスの3人が見つめて、ため息をついた。
「失礼してよろしいかしら?」
涼やかな声と共に、若い女性が部屋に入ってきた。
後から、茶器を載せたトレーを手にカレンとリディアが続く。
「お茶の用意が遅くなり申し訳ありません。」
女性がゴードンに向かって頭を下げる。
「やあ、ソフィア。有り難う。」
ウィリアムが嬉しそうな笑顔をみせた。
ああ・・そうか、彼女が・・・。
「どうぞ、皆さん。着席くださいね。」
ニッコリとしたソフィアの笑顔には、さすがのヘンリーも逆らえないらしい。
全員が応接テーブルを前に着席する。
「昨日は、こちらの一族の皆さんにご迷惑をおかけするところでした。
いえ、それ以上に私たちが恐ろしい時間を過ごしたことを
述べるべきでしょう。
本当にカテランの賊に短時間なりとも人質になっただなんて。
忌まわしい限りです。ですが・・」
そこでいったん言葉を切り、クリスに顔を向けた。
「この方が救ってくださった。
それは、私たちの名誉とマクファーソン一族の誇りをも、
共に、ということに他なりません。
幾ら、お礼を言葉にしても足りないくらいですわ。
本当に有り難う、クリス。」
ソフィアの言葉に苦虫をかみつぶした表情を浮かべるヘンリーだったけれど、
黙って給仕されたお茶を飲み干した。
案外、彼が沈黙したのは
『イライラを鎮める作用のある・ハーブティー』のせいかもしれない。
それはそれは、
爽やかなミントの香りが部屋いっぱいに広がっていたのだから。




