ストーンサークルにて
心地良い温かさに、体までもがふわりとした感覚に包まれていた。
どうやら、ぐっすりと眠っていたらしい。
「やあ、君は城に招かれたジプシーの1人かい?」
突然、どこかから声が降ってきて、驚いたクリスはハッと目を開けた。
周囲には誰もいない(ようだったから)と、油断してしまった。
ココはいつもの時代(世界)ではない。
平和な場所なのだ、と。
詳しい状況も良く分からないのに勝手な判断をした。
痛恨のミスだ!
歴史上、どの時代においても・地球儀上では、何処の国にも争いはあるのだから。
天上に空が広がっている。
青過ぎる・・
「キミだけが先にココへ着いたのかい? 珍しいな。
ジプシーは単独行動をしないと思っていたよ。」
声のした方へ顔を向けた。
そう、ゆっくりと・・異世界で出会う最初の誰かだ!
少年? 逆光で顔の輪郭がはっきりしない。
どことなく、彼の話す英語には訛りがあるようだ。
ん?
英語ってことは?
冷静になって、頭が回り始めた。
欧・米ってこと?
「まあ、ココにいれば時期にキミの仲間もやって来るだろうさ。」
「仲間って・・?」
クリスがそろりと体を起こすと、彼は丘の方を指さした。
「向こうに、君らが今夜宿にするリーフ城がある。
まあ・・どれほどの人数が宿を必要とするかは、分からないけれどね。
ほら、君らって、キャンプ生活者だからさ。」
そう言うと、彼は肩をすくめて笑顔をみせた。
ホワイト・ストーンの中に立つ少年の姿を見て、クリスは目を丸くした。
あまりに彼の髪が、赤かったから。
まるで、太陽の光が彼の髪を燃え立たせているみたいに。
それだけではない。
彼の服装ときたら・・
「それは、民族衣装なの? 今日は、何かのお祭り?」
少年は、ぽかんとして見つめるクリスを見て笑った。
「お祭りか、だって?
まあ、そう言われれば・・そういう類のものかな。
でも、これは正装だからさ。
珍しいものではないだろ?
えっと・・まさか。
キミはハイランダーのキルト・タータンを知らないのかい?」
「ええ!? ハイランダー・・キルト・・タータン・・?」
オウム返しにクリスは呟き、彼のスカート姿を見下ろした。
「いやだなあ、まさかキミは、ココがスコットランドだってことを知らないわけじゃないだろう?」
彼はちょっと首を傾げて、~信じられない!~ と言うようにクリスを見る。
耳を疑うって言葉は、この時のためにあるんじゃ・・ない?
今、何て言ったの?
スコットランド・・?
ハイランダーって言った?
フル・スピードで、クリスの頭脳が検索を開始する。
スコットランド~
ケルト・ピクト・巨石・巨人・ドゥルイド・ブリテン・フィンガル・妖精の丘・
ストーン・サークル・ヘンジ・ゲール語・オシアン・ハイランド・ローランド・スコットランド王朝・
ジャコバイトとボニープリンス・チャーリー・カロデンンの戦い・バグパイプ・ポリッジ・
クランの紋章・ユニオン・ジャックに統一・つまりはイングランド。
多数の単語を羅列した後、クリスの脳は一つの結論を導き出した。
ここは、統一前のスコットランド・・かも知れない。
1700年代の。
まだ、イングランドではない。
グレート・ブリテンとは異なる国・・らしい。
いや、いや・・まさかね。
案外、郊外の地域行事で民族衣装を着ているだけなのかも・・?
でも、彼は言わなかったっけ?
「キミはジプシーかい?」って。
少なくとも・・ジプシー達が旅をして廻ってはいないわよね。
現代(21世紀)では。
キャンプ生活をしながら?
集団で?
うう~ん・・今・現代でもヨーロッパ大陸にジプシー・旅芸人一座が存在しているのかな?
サーカス団って言うのなら・・分かるような気もするけど。
爽やかな風がクリスの顔を撫でていく。
瞬きもせずに彼の衣装を見つめていることに気づいた。
多分、口を半開きにして。
少しして、さすがにばつが悪いので慌てて
「そのゥ・・ところで、今は何年だったか・・聞いてもいい?」
我ながら間抜けな質問をした。
大抵は初対面の相手に、名前を尋ねるものなのに。
けれど、口が思うように廻らなかったのだから、仕方がない。
相手の少年はやはり、吹き出した。
「ああ、失礼。
君らジプシーは年号なんて気にしない、自由な民だと思っていたものだから。
ええと、まずは自己紹介させて貰って良いかな。
僕はジェレミー。
リーフ城・グリーンデール・ロッホに楽士として滞在しているんだ。
宜しく。」
差し出された手を握りながら、クリスも返す。
「あ、どうも。クリスと呼んでください。
ええっと、東・・東方から。
ここが・・西だと、遠いのかな?
地球の反対側なんだけど・・。
ああっと、たぶん東ね、かなり離れているところから来たので。」
曖昧というより、チグハグなクリスの挨拶に、
彼、ジェレミーは苦笑しながら頷いた。
「いいよ。片苦しいのは嫌いなんだろ。
ジプシーは定住先が無いから、何処から~なんて言う必要はないさ。」
彼の笑顔と共に、赤い髪が揺れる。
クリスが彼の髪に目を止めていることに気づいたジェレミーが目を細めた。
「いいことを教えてあげよう。
僕はね、バイオリン弾きの天才なんだよ。」
「ええ・・そうみたいね。」
クリスは彼が手にする楽器を見た。
「キミは赤毛の司祭様を知っている?」
「ええ・・と、教会とかの?
悪いけど、この辺に知り合いはいないの。」
申し訳なさそうに答えるクリスを見て、
彼は「クク・・」と、楽しそうに笑う。
「嫌だなあ~。
僕の先生が有名なヴィヴァルデイ大音楽家様なんだよ。
彼がヴェネツィアを拠点に各国を旅したときにね、僕は偶然、フランスで会っているんだ。
直にヴァイオリンの手ほどきを受けたのさ。」
~ヴィヴァルデイ・・ですって?
~四季は勿論有名だし。
彼の父親がヴァイオリン弾きってことも知っている。
オーケストラの一員で理髪師だったそうだけど。
はい? ヴィヴァルデイ!?
「ホントに?」
「ああ、彼は僕と同じ赤毛でね。
それは大層、気に入ってくれたのさ。」
「へえ・・それは。・・そうなの?」
「勿論、僕の演奏もだよ。」
「まあ、それは大音楽家に認められるなんて・・素晴らしいことよね。」
「だろ?・・僕がその時、七歳の子供だったとしてもさ。」
彼は片目を瞑ってクリスにウィンクをして見せた。
笑顔になったクリスを見て、彼は「隣に座っても良いかな? 娘さん。」
とおどけた調子で言った。
「ええ、どうぞ、ココは私の指定席ではないから。構わないわよ。」
クリスは隣に座ったジェレミーを改めて見た。
どうも、少年だと思ったのは上から見下ろしていたせいらしい。
どちらかというと、少年と青年の間くらいか。
彼はクリスの格好を見て「ふうん、最近のジプシーは、水兵服が流行なのかい?」と聞いた。
クリスが着ているのは一般的な学校(日本)の制服だけど。
ガーディアン協会が開発・改良した戦闘服でもある。
下着も含めて、最新機能が満載だ。
「ああ・・と。そうね、私も秘密を教えましょうか? 実は・・」
~ジプシーではないの、残念ながら。~
と言おうとしたところへ、ぞろぞろと大勢の人たちが
巨石に囲まれたホワイト・ストーンの中へと入ってきた。
突然、彼らが湧いて出てきたのかと思ったくらいだ。
どうやら、林の中を通ってきたらしい。
先ほど、ジェレミーが指さした丘へと通じる方にまばらな林が続いている。
多分、城の人達に違いない。
「驚いた、皆・・正装なの?」
彼ら男性達は、皆がジュレミーと同じようなスカート姿だ。
それどころか、かわいらしいポシェットまで下げている。
女性はというと・・何処にも見あたらない。
「なぜ、一人もご婦人はいないのか、って聞きたいだろう?」
「え・・どうして分かったの?」
「キミがキョロキョロと目を動かしているからさ。」
そう言って、いたずらっぽくニヤリと笑った。
「城の女性達は、客人を受け入れる準備があってね。
ココへは来られないんだ。
特別に忙しいと思うよ。今日はね、本当に特別だから。
まあ、これから迎える女性には、次女が5人ほど付いてくるはず。
キミくらいの年齢の娘〈こ〉もいるよ。
そうだ、今夜の宴ではジプシーの君たちも一緒に踊りに加わるといい。」
「宴・・? やっぱりお祭りなのね?」
「あれ? ハハ・・キミは聞いていないのかい?
団長さんは皆に言っていないのかなあ?
今、ココに到着するのは、花嫁さんなんだけど。」
「えっ? 花嫁ってことは・・つまり・・これから結婚式があって・・。
その祝賀会?」
「うん。その準備は始まっている。
今日は、到着する花嫁を出迎えるだけさ。
でも、肝心のウィリアムが遅いなあ。
花婿がいないと困るじゃぁないか。」
集まりつつある男達を見渡しながら、ジェレミーが呟く。
「ねえ、皆が同じ模様のタータンなの?」
「そうさ、ゲール語ではブレアハカン。一族・クランは皆同じ模様だよ。
そうそう、ソックスまでもがね。」
「へえ・・。それで、あのポシェットは、小物入れ? かわいいバッグね。」
「ええ? ポシェ・・?・・ああ、スポランかい。
まあ、大事な物を入れているよ。
それぞれの者にとって、何が大事かは異なるけれどね。
ゲール語では〈財布〉と言う意味だよ。」
ジェレミーはそう言うと自分のスポランをクリスに見せてくれた。
「へえ・・毛皮だなんて、おしゃれね!!」
「おしゃ・・?ああ、素敵だってことかな。
君らジプシーは変わった言葉を使うんだね。」
「おい、あれは迎えに行ったアレックスじゃないか?」
突然、誰かが小高い森の方を指さした。
「なあ・・一人だぜ。いったい・・。」
口々に何かを言い始めた彼らの言葉をクリスは理解できなかった。
「・・何、英語・・じゃない?」
「ゲール語で話すと、君には分からないだろうな。」
そう言ったジェレミーが、ちょっと厳しい顔つきになる。
「どうやら、緊急事態らしい。
アレックス達5人が、途中まで花嫁の馬車を迎えに行ったのだけれど・・
なのに、一人で帰ってきた。
それも、かなり慌てている様子でね。」
彼は巨石の上に立ち上がり、アレックスに向けて大きく手を振った。
真っ直ぐに馬が巨石に向って走ってくる。
皆が大騒ぎしながら、ジェレミーの元に集まってきた。
アレックスが巨石の上で手を振る彼の姿を認めると、蒼い顔をこちらに向けて叫んだ。
「カテランだ!!」
その言葉を聞くや否や
男たちが顔を真っ赤にして大騒ぎを始めた。
晴れ渡った空を得体の知れない何かが覆ったみたいに
不安な空気がストーン・サークルの中に満ちていく。
一辺に皆が話し出した後、しばらくワイワイやっていたけれど
結局、意見をまとめる者がまだ到着していないために
やがて全員が口をつぐんでしまい、シンと静まり返った。
そこに居る皆の表情が凍り付いている。
それはまるで、爽やかな春の空気が、真冬に逆戻りしたかのよう。
そうして、じっと森の向こうを見つめて
何かが現れるのを息を潜めて待っていた。
身動き一つ出来ずに。
アレックスが巨石の所まで来て、馬から飛び下りる。
「それで、花嫁達は? やつらの手に落ちたのか?」
彼に話しかけるジェレミーの声がかすれていた。
アレックスは、その言葉に疲れた表情で頷くと頭をかきむしった。
栗色の髪は艶が無く、埃でボサボサになっている。
「奴等は、時期にここへ来る。身代金を受け取りに!! クソッ!!」
アレックスは、緑の瞳に激しい怒りを浮かべて毒づき、拳で石を叩いた。
「そうか・・ウイリアムが奴らと交渉することになるだろうけど・・。」
そう言いながら、ジェレミーはサークルの中をざっと見渡す。
そこには、正装した大男達が立ちすくんでいて。
彼らは一様にひどく苦痛に満ちた表情を浮かべていた。
「そのう・・カテランって、何?」
小声で聞いたクリスを横目で見て、アレックスがギョッとしたように目を剥いた。
「おい、こいつは・・ダレだ?」
そう言うと、胡散臭そうにクリスをジロジロと見ながら
「奇妙な格好をしているよなあ。それに、カテランを知らないって・・。
一体、どこから来たんだよ?」
ジェレミーはアレックスの問いを無視して、クリスに顔を向ける。
「うう~ん、大陸のジプシーもハイランドへ来るなら、知っているはずだけど・・。
ムーア〈荒れ野〉に巣食う強盗団のことだよ。
彼らは屈強な兵士なんだ。
他の有力なクランに傭兵として抱えられている場合もある。
まあ、武装した盗賊集団ってとこだね。」
「ふうん、じゃ・・それって、バックに誰かが・・
そのう・・他のクランが関わっているってことも?」
「ああ、多分ね。
いつだって占有領地の所有権争いは、どこのクランにとっても頭痛の種なんだ。」
「けど、巻き込まれる人達は。
それじゃあ・・たまらないわよねぇ。」
「ああそうさ、あいつらときたら、人の命を〈金に替えられるモノ〉
くらいにしか思っちゃいないからな。」
アレックスは2人の話に割り込んで、吐き捨てるように言った。
「おい、やつらだ!」
「来たぞ!! カテランだ!!」
誰かが、森を抜け出てくる一団を指さした。
一層の緊張が男達の間に走る。
緑濃い草地に姿を現したのは、2台の幌馬車とそれを取り囲むようにして走る7頭の馬。
勿論、馬上には武装した大男が手綱を握っている。
「クソ!! あいつらめ、4人を置き去りにしてくれたようだな。」
アレックスと共に出迎えに向かった男達が、どこにも見あたらないらしい。
怒りの目を彼らに向け、ギッと彼は歯ぎしりした。
強盗団が迫る!?
~そんなピリピリとした空気の中、クリスはこの光景に見入っていた。
~なんか、まるで西部劇みたい・・
だって、嘘でしょ!?
〈幌馬車〉ですって!?
ここで、〈さすらいのガンマン〉が出てきたら・・。
う~ん、夢の中で映画を見ていると思うわよね。
絶対!!
好奇心~それもあるし。
この状況で不謹慎なことだろうけど、あまりにも非現実的なものだから。
驚く以上に、目を背けることが出来ない。
「けれど、花嫁を人質に取るだなんて!
人道に反しているわよねぇ。」
首を傾げて呟いたクリスをまじまじと見て、アレックスは呆れ顔をした。
「おい、一体ココにいる、このイカレ野郎は何者だ?
こいつの言う、人道って・・何なんだよ?」




