相容れない間柄
ハイランド地帯はスコットランド王国として長年に渡り独自の文化と政治を行ってきた。
それが、歴史上良くあるパターンとして、隣接する王国に併合されていく道筋を辿ることになる。
それがその国に住む・その土地の人々が、望まないことなどお構いなしに。
『パーン!!』
男達が気勢を上げて、総立ちとなったホール内に銃の音が響いた。
弾丸が天井付近のステンドグラスを撃ち抜いたらしく、破片がパラパラと落ちてくる。
女性の叫び声の後、城内が一気に静まりかえった。
「申し訳ないが、抵抗する者は撃って良し、との許可が下りていますのでな。」
白煙を上げている拳銃を手にしたグレイが、眉一つ動かさず言った。
「何てことを・・。」
バーナードが青筋を立てているのが、周囲の者達には見て取れた。
「よけて!!」
クリスの声にアレックスが驚いて顔を上げた。
ヒュンと、目の前のテーブルに降ってきた彼女を見て、アレックス以外の男達も目を丸くする。
「おいおい、土足でテーブルに上がっちゃ行けません!!って
子供の頃に教わらなかったのか?」ベンが呆れ顔で言った。
「ゴメン!! 近道だったから。」
テーブルから飛び降りたクリスは、真っ直ぐに領主達のテーブルへと向かう。
確かめなくちゃ!
あれは本当に、兄・・?
いや、【紅】が反応したのだから。
間違いない。
間違いない・・。
そう思うと、ドクン!
また、心臓が鳴った。
会ったら、彼は私に・・・なんと言うだろう?
「構えろ!!」
分隊長グレイが銃を持つ兵士に命令した。
彼らが使用するブラウン・ベスの飛距離は、およそ100m~150m。
弾丸が完全な円形でないと真っ直ぐには飛ばず、黒色火薬なので打つ度に猛烈な煙を生じる代物。
「ちょっと、待ってくれ!! 話が違うじゃないか? 銃は、無しだろ!」
マックグロウが青くなって怒鳴る。
グレイは「フン、何のことだ?俺は何も聞いていない。」とそっぽを向いた。
どうやら、彼らの間に仲違いが生じたらしい。
はなから、イングランド兵はハイランダーと手を結ぶつもりなど無かったのだ。
この状態にアーサー達に剣を向けていたマックグロウ家の者達が途方に暮れた。
指示も待たずに剣を収めると、さっさとその場を逃げ出していく。
その様子を見て、フードを被った者達が席を立つ。
剣を抜いて、手近な・銃を持たない兵士達に襲いかかる様子を見て
グレイはギョッとして叫ぶ。
「全員、捕らえよ!! 撃て!!」
人が闘う道具を、武器と名付けたのはいつからだろう?
最初は生活に必要なモノだったのに。
いつのまにか、野生動物を食料にするための生活必需品から
人間同士が闘うための、アイテムの一つとして普及していった。
ただの石斧に始まり、それが剣となり、銃へと。
狩る道具は確実に相手をしとめる殺人マシンへと進化を遂げていく。
そうして、それらは今まで以上に戦いの成果を示すことになった。
兵達が、まさに引き金を引こうとした時、空中を飛んでくるモノが彼らの眼前をふさいだ。
驚いた一人の兵士が後ろにのけぞりざま慌てて銃を撃ってしまった。
黒鉛が辺りを覆う。
その煙が煙幕となったため、他の兵士達は体勢を立て直せたものの
狙いを定めることが出来ず手に持無沙汰となった。
「一体、今のはなんだったんだ?」
首をかしげる彼らは、自分達が何に邪魔されたのかが、分からない。
ドクンと心臓が音を立てる。
クリスは確信した。
ブーメラン~を操る者。
ああ・・・やはり、彼だ。
あの武器を使いこなすことが出来るのは。
彼くらいだろうから。
特に、この時代においては。
「一体、何をしているんだ?」
不甲斐ない兵達を叱りつけ、怒りで顔を赤くしたグレイが、拳銃で
アーサーに狙いをつけようと彼の方へ銃口を向けた。
けれども今回は拳銃が火を噴くことはなかった。
「うう・・っ・・」と
グレイが突然拳銃を持つ方の肩を抑えて、うずくまってしまったから。
「何?・・どういうこと?」クリスは急いで後ろを振り返った。
ジェレミーの赤い髪がランプの明かりで輝いている。
彼はヴァイオリンを抱えた右手の肘辺りを不自然に左手で抑えていた。
一瞬クリスと目が合った彼が意味ありげに肩をすぼめて見せた。
「全くどこの世界にも裏切り者は居るもんだ!!」
フードを被った男が隣に立つマックグロウに対してそう言うと、剣を抜いた。
クリスはハっとした。
『いけない!怒りに任せて、勝手に制裁を加えては。それこそ・・』
マックグロウの身体に剣が振り下ろされる前に、彼らの間に割って入った。
急いで両腰から2本の小剣を抜く。
~ガキッン!~
と、剣同士が触れる音がした時
驚いたのはマックグロウではなく、剣を持った従者のほうだった。
「ほおう、俺の剣を止めただと?
なんだ、お前・・・ジプシーが?」
「裏切り者かどうかは、あなたが決めることじゃない。
彼の処分については、ハイランダー達に任せるべきではなくて?」
「フン、何を言う。こいつのせいで、皆殺しになるところだったんだぞ?」
「それは違う。 彼がそれを望んだわけではないのだから。彼が望んだのは・・」
「何だっていいさ。俺は女だからといって加減なんてしないぜ。
プリンス・アーサーの命を危険にさらしたことには違いがないんだ。」
男はクリスから一歩下がり、再び剣を振り上げた。
その彼に向かって声が飛んだ。
「止せ、ランス! 彼女は君の手に負える相手ではない。」
ああ~その声は~2年ぶりの・・
間違いなく、彼だ!
「おいおい、どういうことだ? このジプシーと知り合いだって言うのか、マーリン?」
クリスから目を逸らさずにランス~と呼ばれた男が訊いた。
「そうだな。よく知っている、と答えるべきだろう。なにせ、彼女は俺の妹なのだから。」
フードを被った者達ばかりでなく、ホールに居る皆がその言葉を聞いて
口をポカンと開けクリスを見つめた。
ランスは一瞬眉を顰めたけれど、直ぐに口角を上げてうれしそうにニヤリとした。
「ほほう~それは、それは。願ってもないことだな。マーリンの妹と手合わせできるだなんて。
さぞかし、エクスカリバーも喜ぶだろうよ。」
エクスカリバー~宝具とも聖剣とも伝えられるそれは、湖の精霊がアーサー王へ贈ったというもの。
なぜ、それを彼・従者ランスが使っている?
本来ならば、プリンス・アーサーのシンボルではないのだろうか。
エクスカリバー~その鞘は魔法を宿していると言う。
だからこそ彼は最強で、円卓の騎士を従え聖杯を見つけられたのだ~
そうして、それを失ったとき、全てが彼の前から消え去った、と。
湖底で、若しくはアーサー王の墓で復活を待っているとも伝えられている剣だ。
「伝説だと思っていた。それがエクスカリバー?本物なの?」
先ほどよりも力を込めて、打ち下ろされた剣を受け止めながら
クリスが訊ねる。
ランスは声を張り上げた。
「この剣が、本物かだって? 俺には、<使いこなせない!>と言っているのか?」
どうやら彼は意味を履き違えているらしい。
「本来なら、アーサー王が持つべき剣では?」
「フン、そんなことか。プリンスが信頼の証として俺にくださったのだ。
きっと俺が、マーリン以上の従者になれる、そう考えてのことだろうな。」
青灰色の瞳を見開いて、上背のあるランスは頭一つ分背の低いクリスを見下ろしながら
自信ありげに笑った。
「ふうん、それはそれは。マーリンねえ・・誰だか知らないけれど。
私は、彼の妹なんかじゃあないわ!」
フッと笑みを浮かべたクリスは、ただ力任せに打ち込んでくるランスの剣術に飽きて
身体を回転させながら、思い切り彼の腰に蹴りを入れた。
大きな彼の体は直ぐ横にあるがっしりとしたテーブルにぶつかり、上に並べられたごちそうの皿を床下に吹っ飛ばした。
態勢を立て直して、なおもクリスに向かって剣を振り上げようとするランスに対して
アーサーが制止の声を出した。
「よせ、ランス!! 騒ぎは、もうたくさんだ。
そんなに彼女と闘いたいのなら、明日の剣闘試合に参加させて貰うといい。」
そう言うと彼はアンヌに軽く会釈をして、彼女の側を離れた。
バーナードの居るテーブルに近づくと、彼に手を差し出し
「色々と便宜を図って貰い感謝している。それがこのようなことになり。
結果として、迷惑を掛けてしまった。申し訳ない。
明日の夜にはここを出発するので安心してほしい。」
謝罪と礼の言葉を述べた。
アンヌの父・領主バーナードはアーサーの手を握りながら
「いやいや、一族の者がとんでもないことをしでかしてくれた。
こちらにも責任がある。どうか、もう少し面倒を見させてもらえないか?・・。」
アーサーは空いている手を上げ、彼の発言を制する。
「もう。充分に心遣いを頂いたので。」
ニッコリと笑みを浮かべてそう言うと、首を横に振った。
アーサーを先頭にフードを被った者達全員がホールを出て行く。
ランスは口を固く結んで、大人しく従い。
賢者マーリン(クリスにとってはクラウドという名前の方がしっくりくるが)は
翻したマントからチラリとブーメランをのぞかせた。
ハイランダー達に周りを囲まれた兵達が、外へと放り出され、
分隊長グレイは顔を青くしたまま、部下に抱えられて出て行った。
城主が、<パンパン!!>と大きく手を叩くと
静まりかえっていたホールに楽団の演奏が再び流れ出した。
「私たちは失礼するが、皆はゆっくりと宴を続けて欲しい。」
そう言うと、バーナードと各クランの代表達は席を離れ、ホールを出て行った。
バーナードの書斎には 再び各クランの代表者達が揃うこととなった。
皆が一様に困惑の表情を浮かべている。
もう、逃げも隠れもしない・出来ないマックグロウ一族の長もそこにいた。
彼と彼の一族の処遇・また彼が発言したように、彼の計画に荷担したクランが他にも居たのかどうか~
早急に解決しなければならない難しい問題がそこに、彼らの前に見えない壁となって立ちはだかっていた。
ホールに再び流れ始めた音楽。
軽快なワルツは嫌なことを忘れたいと、皆が思うことの表れだろうか。
けれどもどこか、空々しく。
参加者達の顔には、落胆した表情が広がっていた。
「ごめんなさい。部屋へ戻るわ。」
何かと気遣いながら、寄り添うカレンに
アンヌが弱々しい声で言った。
疲れの浮かんだ顔は苦しげだ。
「ええ、そうね。少し休むと良いわ。私たちが部屋まで送るわね。」
ピーターと半ば素面の(酔いが覚めてしまった)アレックスと
クリスの四人が一緒にホールから階段へと続く廊下へ出た。
{追いかけろ!}
突然、
頭の中に声が響く。
{ネス?}
{ああ、おまえは何のためにココヘ来たんだ?}
{分かるの?}
{おいおい、湖の主をみくびるなよ。}
{クラウドは・・どこにも障害を負っていなかった。
つまり・・彼は、彼の意思でここに残っている。
・・そう言うことよね。}
{確認するのが、怖いのか?}
{いいえ・・それは<何か、理由があるのかな?〉と、思っただけ!}
{まともにぶつかる自信が無いと?}
{ううん、そういうんじゃなくて。
大丈夫。
私は彼の妹なんかじゃあ無いから!}
さっきと同じように、きっぱりと言い切った。
「外の様子を見てくるね。」
クリスは皆にそう言うと、廊下から城外へと出る扉を押した。
月光がストーン・サークルを照らし出す。
それは、まるで巨大な舞台のよう。
かすかに、初夏の風が夜の匂いを運んできた。
サークルに足を踏み入れた時、ゆらりと巨石の影の中で何かが動いた。
「来るだろうと分かっていたよ。」
「そうね。色々な意味で・・当然よね。」
クリスはフードを脱いだ相手の姿を認めた。
「それで?何か探したいモノが、まだ・ココにあるのかしら?」
「ああ、いや。もう見つかった。」
あっさりとした、クラウドの言葉にクリスは首を傾げた。
「それは、どういう意味? 自分の、居るべき時代へ帰るってこと?」
「そうじゃない。ここ・で生きる、ってことだよ。」




