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湖の主は人間嫌い

併走して走るボートを漕ぎながら、アレックスが声を張り上げる。

「けどよ~、なんだか。

そのぅ、貫禄っていうかさ。

なんつうか、仮にも(あるじ)だって言うんだから。

もっと・・こう・・

ううん・・どうよ、その名前は。」

どうやら、クリスが名付けた名前では不満らしい。


そうかもしれない。

長いこと、この地方一帯・ここの湖を

伝説に縛り付けていた人物・正体~が

キツネだったあげく、名前にインパクトがなさ過ぎるから。

クリスは自分の足下に座るキツネを見つめた。

「そう?本人は文句を言っていないわよ?」

「そうかあ? 

本人がそう言っているのか? 

俺には聞こえないけどなあ。」

「・・第一、人じゃあないし・・」

ピーターは訝し気な表情を隠そうともしない。

あの一瞬以来、ネスはクリスにだけ声を送ってきているので、

彼らには聞こえていない。

「でも、どうしてかしら。

ネスを石棺に封印した相手は。

湖に人が近づかないようにって、あんな恐ろしい噂を流したのかしらねェ?」 

「それは、彼を発見して欲しくなかったからだろう?」

目の前でボートのオールを軽々とさばくジェレミーが言った。

「そこなのよ。人間が彼を発見したところで、どうするの?」

クリスは頭を傾げる。

「ああ~?それは、だ。

キツネといえば、毛皮だろうしなあ。」

アレックスが大声で叫ぶ。

「そう言うことなのかしらねェ?

それだけで、あれほどのことをするかしら?」

キツネ一匹に対して、石棺に封印を施すなんて。

それもかなり強力な魔力を持ったモノが行ったようだし。

「案外、キツネの姿をしているけれど人間なのかもなあ。」

ピーターがポツリと呟いたのを

すかさずアレックスが

「ああ~?聞こえないぞ?」と大声で聞き返す。

「だから、なにか事件とかさ。

人に知られては不味いことが有って、姿を変えて貰ったとか・・だよ!」

そういいながら、ピーターは自信無さげに頭を横に振る。

「そうなのか?」

アレックスがまともに受ける。

{そうなの?}一応、〈本人〉に聞いてみる。

{どうだか、分からん。覚えていない。ただ・・〈気をつけろ。

人間は、恐ろしいから〉と言われた気がする。}

{ふうん・・じゃあ、同じ人間なのに。

どうして私を呼んだの?}

{おまえは違う。人間臭くない。

 何か他のモノの意思を感じたからだ}


岸辺にはカレンが、さっき分かれたときのまま-その同じ場所で待っていた。

「ああ・・良かった。」

ほう~っと長い息を吐き、皆の無事な顔を見廻して安堵の表情を浮かべた。

そうしてから、足下のキツネに気づいて「まあ・・かわいい。」

と誰も予想し得なかった言葉を口にしたものだから。

「カレンって、変わった趣味なのね?」

クリスはこそっとジェレミーにだけ聞こえる小声で言った。

「ええ・・と、まあ。

そうだね、子供の頃から、ユニークなモノが好きみたい・・だったよ。」

「そうなの?」

「うん。蒲の穂・カエル・ハイランド水牛・・ええ~っと。・・」

「ああ・・ありがと。もういいわ。要するに、心が広いってことね。」

21世紀の女子高生がキツネを気に入るなんてことがあるかしら?

そう考えてクリスは、クスッと笑った。


城へ帰ると誰も彼もが華やいで浮き足立っていた。

どうやら、夕方に行われる時期領主ウィリアムとソフィの結婚式の準備が始まったらしい。


「勝負がうやむやになったままなのに・・?」

ピーターが少し不満げに呟いたけれど、誰も聞いちゃあいない。

「わたし、お姉様のところへ行かなきゃ!」

カレンが慌てて、駆け出して行く。

「全く、相変わらず騒がしい奴だなあ。」

アレックスが呆れてその後ろ姿を見送る。

「僕らはウィリアムのところへ行くとしよう。」

ジェレミーがネスを見て、「君も一緒に行ってくれるかい?」と声を掛けた。

「ええ、そうね。長いこと待っていたようだから、お腹が空いているんじゃない?

食事の前に、挨拶くらいしても良いわよね。」

{フン・・まあ、俺はグルメだからな。上手いモノを頼むぜ。}

ネスはその太い尻尾でクリスの足をバシッと叩いた。


ウイリアムの部屋へ行くと、先客がいた。

その姿を見て、ジェレミー・アレックス・ピーターの3人に緊張が走ったようだ。

客は赤い軍服を着ていた。

「やあ、紹介しよう。バルヌアランの駐屯地副司令トーマス閣下だ。」

ウィリアムに紹介された軍人が席を立って、手を差し出した。

「ああ、宜しく。湖の謎に挑む勇敢な若者達。よくぞ無事に帰ってきたね。」

3人はギョッとして差し出されたトーマス副司令の手を見つめた。

ハイランダーにとって、赤軍服のイングランド兵は敵なのだ、が。

第一、挨拶を交わすのは捕虜になる時くらいだろうから。

そう簡単・迂闊に、握手に応じられるものではない。

そんな表情を浮かべる3人に理解を示しつつ、クリスは目の前の手を握った。


3人は怪訝な顔をウィリアムへ向けたままだ。

「どういうことかって?」

時期領主が微笑んで「そりゃあ決まっているだろう?

 結婚のお祝いに来てくれたんだ。」と、トーマスの傍らに立った。

「だ・・さって、 でもで・・さ。」

驚きのあまり、アレックスが文法を忘れたらしい。

「ハハ・・まあ、もともとチェスでの付き合いは有ったんだけれどね。

こういうご時世だから。」

2人が顔を見合わせて頷く。

どうやら、2人は以前からの知り合いらしい。

と、言うより友人関係のようす。

{属するグループがいがみ合うってことは、不便この上ないだろうよ。

ホント、人間って、バカだよな。}

ネスが、尻尾を床に打ち付けながら言った。


すると、2人が目を丸くして足元のキツネを見た。

「この獣は、いったい・・。どこで捕まえてきたんだい?」

「いやに、人間慣れしているなあ。」


「それが・・このネスという名前の彼が、湖の主なんですよ。

謎の正体ってやつです。」

ピーターが、『自分も信じられないけれど』という顔をして、声を張り上げた。


その土地に語り継がれる物語の主人公ともなれば、それなりの風格・品格という設定があるものだ。

絶対のオーラがそこはかとなく漂ってしかるべきだ、とか。

少なくとも、ハイランドの広大な地に伝わる伝説であれば。

それに大陸一大きな湖なのだから。

主とは一体どんな姿・形をしているのだろうか?、と。

周辺住民のみならず

伝説を知る者なら、誰もが想像を膨らませて当然だろう。


それが・・

「おいおい、何かの冗談にしては・・。

そうか!!

結婚の祝いに。君らが生け捕った獲物を贈り物にしようと・・?」

ウィリアムが笑いながらキツネに近寄る。

「いえ、決して奥方の襟巻きではありません。」

ジェレミーの口調は真面目この上ない。

「彼は本物ですから。」

「本物って・・?湖の言い伝えの・・?」

英国軍人トーマスが首を傾げる。

「ううん・・以前に聞いた話だと、もの凄く年の取った魔女が島に取り憑いている・・

と言うことだったが。」

「ああ・・それは、全くのでたらめです。全然違う・・。」

アレックスが首を横に振る。

「とにかく、彼は無害ですから、安心してください。

彼を封印したモノが、敢えておかしな噂を流したのです。」

クリスの言葉にウィリアムが「なぜ、そんなことを?」と目を上げた。

「彼を人間から守るため、のようです。ただ、残念なことに彼の記憶が曖昧で。

一体いつの時代・何が有って、そうなったのかは分からないんです。」

「そうか・・どの時代にも誰かが何かを守りたい・・

そう思うことが有る、ということか。」

彼はそう言うと、ネスの頭をゆっくりと撫でた。

{うう~ん・・なかなかに良い気持ちだぞ。}

「ちょっと、待った。どうして、そんなことが分かるんだい?

 それより、君は、見かけない顔だが。一体、誰なんだ?」

トーマスが先ほど握手した相手・クリスを今更ながらまじまじと見つめた。

これにはジェレミーが慌てた。

不審人物と誤解を受けないよう、彼女が旅人であり偶然居合わせたことと・

ネスを見つけた石室での出来事をも併せて説明した。


「そうか、旅人なのか・・。

うん・・どうも、ひっかかるな。それでは、君は彼らとは無関係なのか?」

トーマスが軍人の顔つきになった。

「彼らって?」

皆が一斉に聞き返した。

「ああ、今回はその件もあって、ここへ来たんだ。」

彼が話し始める前に、ウィリアムが皆に着席を促した。

「大事な話のようだ。落ち着いて聞こうじゃないか。」


トーマス副指令は、決して結婚の祝いのためだけに来たのではなかった。

「カテランの引き渡しが任務の一つだからね。大陸の治安維持ってことだよ。」

彼の言葉にピーターが嫌な顔をした。

「ハイランドはハイランダーで守れるのに・・。」

そう、つっかかりそうな彼をウィリアムが目で制する。

「まあ・・それでだ。実は、つい最近もカテランの一団が捕まったんだが。」

「最近って、この付近ってことかい?」

ウィリアムが時期領主らしく周辺事情を把握しようとした。

「ああ、いや。もっと南・エディンバラ近郊なのだが。

それに関する、報告書を読んでだな。

実は、ちょっと腑に落ちない部分があるんだ。

かなりの人数が捕縛された。と、それはいいんだが。

そもそも彼らを捕縛(・・)したのが、どうも怪しげな一団と記載されていてね。」

「怪しげなって・・? ジプシーとか、新軍隊・・かなにか?」

「いや、詳細は不明なんだよ。

ただ、その一団がコーン・ウォール州ティンタージェルや

サマセット州アヴァロンの修道院でも見かけられているそうで。

立ち寄っただけなのかどうかの記載が、無くてね。

詳細が分らないんだ。」

「へえ・・じゃあ、ハイランドとは無関係な一団じゃあないか。」 

今、トーマスが挙げた地名がスコットランドではなく、イングランド領内なのだから。

そちらの事件・事故など、〈一切こちらには関わり合いが無い〉とピーターは言いたいのだろう。

「いや、簡単にそう言いきれないと思うよ。」

ウィリアムが思案顔だ。

「どうして?」

「彼らが北上しているからだよ。」

「怪しい一団がハイランドを侵略すると?」

「ううん・・それは、何とも言えないが。

多分、彼らにはどこか目指すところが有って、北上しているんじゃあないのかな。」

「目指す・・目的地があるってことか?」

「ああ・・ハイランド中の人間が集まるところが、そうじゃないかと。

俺は予想しているんだが。」

「ギャザリングの? カロディン・ムーアへ・・って?」

皆が言葉を失った。

なぜ、その一団が来るんだ?

何の目的が有って?

{ねえ、貴方が目覚めたのと何か関係があるの?

怪しげな一団って・・貴方を封印した誰かがその中に居るのかしら?}

クリスは床に寝そべるネスに向かって、頭の中で話しかけてみた。

けれどもキツネは大きな欠伸をしただけで

返事をする気はないらしく

目を閉じたままだった。


夕方から始まる結婚式を前に、赤い服を着た一団が

罪人のカテラン一味をどこかへ護送して行くらしく、領地を出て行った。

「やれやれ・・とんだ疫病神だぜ。全く。」

トーマス司令からもたらされた情報は、どうやらアレックスの気に入らなかったとみえ

不機嫌な表情を浮かべていた。

いや・・彼だけではなく、皆が難しい顔をしている。

「あらぁ・いやぁねえ。

どうしたの?

これから結婚式だって言うのに。」

事情を知らないカレンが、式に出席する服装で現れた。

「ほらほら皆、正装を・・って。

ああ・・そのままなのよね。

ハイランダーって。」

タータンの模様は一族全員が同じだから。

どうも変わり映えがしない。

それは目立たないってことでも有り。

ファッションにうるさい〈現代女性〉には、物足りないのかもしれない。


「ねえ、私のドレスを貸してあげる?」

クリーム色の生地に赤い小花をあしらったドレスを着こなすカレンが

小首を傾げてクリスのセーラー服を見つめた。

「ああ・・っと、ありがと。

これでも、一応は正装なのよね。」

そう答えると、彼女は『へえ・・』っと、小さな悲鳴を上げた。

「俺たちのことは良いから姉さんに付き添っていろよ。

今夜の主役が心細がるんじゃあないか?」

アレックスがうるさそうにカレンを追い払う。

「ええ、そうね。両親も到着したし。側に付いていることにするわ。

じゃ、またね。何かの悪巧みをするなら、除け者にしないでよ。」

小走りで駆けていく彼女を見送りながら、ピーターが溜息をつく。

「女は気楽だよなあ。ハイランドに暗雲が近づいて来ているかもしれないっていうのに。」

「まあ・・どちらにしろ、彼女達には心配をかけられないだろうな。

明日にはカロディンへ向かうのだから。」

ジェレミーが気遣いをみせた。


城の中庭に有る教会で結婚式が執り行われ、大勢の出席者が彼らを祝うために参列した。

ステンドグラスから入る陽光が厳かな式を柔らかく包み込み、静かにも順調に式を終えた。

引き続き夜の祝賀会へ移る。

集まった人数のせいもあるだろうけれど、式とは対照的な賑やかさだ。

それは多分、今回のギャザリング中、最大の騒がしさと言っていいだろう。

この日のために、大陸から帰って来たジェレミーやピーターなどと同じく、

普段は遠くに住む縁戚の者達も駆け付けている。

一晩中・歌と踊りと。そうして酒と。宴会は続く。


クリスがぼんやりと目の前で繰り広げられるスコテイッシュ・ダンスを見ていると、

ジェレミーがやってきて隣に座った。

「お話は終わり?」

彼は呼ばれて領主・ゴードンのテーブルへ行っていたのだ。

「ああ、明日は君も行くことになった。是非、そうしてくれないか?」

「カロディンへ?・・そうね、ネスのことも有るし、その方が良いのかもしれない。」

ネスは聞かれる前から行くつもりでいるようだが。

{おい、向こうへ行ったら、もっと上手いモノが食えるのか?}

なんて、尻尾をばたばたしているし。

{そんなこと分かるわけ無いじゃない。ここの人間じゃあないのよ、私は。}

{ふん、そうだったな。つまらん。}

「けれど、どうしてあの時。あの石蓋は消えたのだろう?君にだけ反応したみたいで・・」

ジェレミーがそう言って、ネスとクリスを交互に見つめた。

まだ、石室内での出来事を不思議に思っているらしい。

分からない、と言うように。クリスはゆっくりと首を横に振る。

{ネス? ホントは、私もそう思うけど・・}

{フン、簡単なことだ。おまえの持つ刀には力がある。

そういうことさ!}


花婿の隣でアレックスがウィスキーのグラスを両手に抱えている。

『今夜は、飲み過ぎない。』と言っていたけれど。

「君がコーエンを助けたことで、随分とヘンリーの態度が変わったよなあ。」

「そうね。彼なら間違いなくカロディンへの一行に余所者が加わるなんてこと。

受け入れられないでしょうから。」

「ああ・・そうだね。彼ばかりじゃなくても。

結構古い考え方のハイランダーは、大勢居るよ。」

「別にいいんじゃない。彼らがこの土地で生きてきた人生・名誉と誇りは、私とは別世界のモノだもの。

それは充分理解できるつもりよ。」

「君の国では、名誉・誇りってことは頭で考えるモノなのかい?」

ジェレミーが、驚いて言った。

「そうね、有る意味・・死語かもしれないけど。

ううん、なんらかの演説で用いられる大義名分てとこかしら。」

21世紀の世界において、どれだけの人が~心に名誉・生き方に誇り~

を持っているだろう?

そんなことを考えた時

〈フン、これだから人間ってやつは・・〉

クリスの頭の中を盗み見したらしいネスが吐き捨てるように呟いた。



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