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8杯目

店長さんと、お母さんと、時々、七絵ちゃん。


その3人がいる店内を想像して、そして、今の様子を思い出して、店長さんに質問をする。


「失礼ですが、今、人手が足らないのは、かなり深刻な状態ではないのですか?」


ワンオペ、それも開店から閉店まで全てだとすると、本当に大変なはずだ。


「そう、なんだよね。……ただ、もうすぐ母が戻ってくるはずだったし、1ヶ月だけなら何とかなるかな、なんて思ってたんだけどねぇ。」


「戻ってくる、というと、お母さまはどちらかへ?」


「隣の県の実家なんだ。ずっと喫茶店開いてて、なかなか里帰りも出来なかったからさ、俺1人でも何とかなるから、たまには……って、送り出したんだけどね。」


なるほど。


「ただ、その実家で、母の母……俺の祖母にあたる人がね、足を骨折して入院しちゃってね、残された祖父と猫の世話と、入院のお世話で、まだしばらく帰れそうにないって、昨日連絡が来たとこなんだ。」


「それは……大変でしたね……。」


「ああ、骨以外は元気なものだから、母もお見舞いに行ってるのか、お喋りに行ってるのか分からないわよ、なんて言ってたし、まあ、そこはそんなに大変でもないんだよ。大変なのは、さ、……ほんと、こっちだよ……。」


うー、と頭を抱え始めた店長さん。

かなりお疲れですよね、話を聞くだけでも、私まで疲れた気分になるもの。


「あー、ごめん。なんだか愚痴ってばかりだったね。ほんと、ごめん!」


「あ、いえ。気にしてませんから……それより、具体的に仕事についてお話を聞かせてもらってもいいですか?」


謝られてばかりだと話が進まないので、無理矢理、軌道修正させた。七絵ちゃんの相手で、このパターンはすっかり私の得意技になってしまった。


「あ、うん、そうだね。えっとね……。」


就業時間は、開店の11時から19時と、その準備や片付けで前後1時間ずつ。毎週火曜日がお休み。その中で働けそうな曜日と時間を尋ねられたけれど、まあ、私としては無職ですし?別に他にやることもないですし?


何より、店長さんが心配だ。


まだ2回しか利用していないお店で、そんなに情が移ったかと自分でも正直驚いているけれど、せっかくの新生活の楽しみが閉店してしまうのだけは、困る。主に私の胃袋が。


「あー、もし、開店から来てくれるなら、早めのお昼ご飯を賄いで出せるし、遅く来て閉店までいてくれるなら、こうして俺の夕食と一緒で良ければ、作りますよ。そうでなくても、就業時間に合わせて、ちゃんと休憩も取ってもらいますし。お給料は、多分、そんなに多くは出せないけれど、最低賃金は守ってます。えっと、後は……服装は動きやすければ何でも大丈夫で、お店のエプロンを支給します。うーんと、他に何かあったかなぁ……。」


賄い、という言葉の魅惑的な響きに、思考がフル回転する。それより。


「あの、店長さんは食事や休憩は、いつ取られているんですか?」


「えーっと、昼は開店準備して、お店開ける前に食べて、夜はこんな感じで閉めてからだね。休憩は、うーん、お客様がいない時間にちょこちょこと、かな?まあ、休憩取れないくらい忙しいのは、大体昼のランチ時間だけで、後はコーヒー飲みながらのんびりの常連さんが多いなぁ。そういえば、その時間帯に花子さんも来てたから、何となく常連さんじゃないお客様って珍しくて印象的だったのかも。」


店長さん、大変すぎるよ。


「……まぁ、もし他にちゃんとした会社に勤めることになっても、また気軽に食べに来てくださいね。」


「……って。」


「え?」


「他にちゃんした会社、って何なんですか。この喫茶店だって、ちゃんとした喫茶店じゃないですか。」


「……花子さん?」


「私、この喫茶店好きです。だから、毎日でも食べに来たいな、なんて思ってました。常連さんだっていらっしゃるじゃないですか。店長さん、この喫茶店は、ちゃんとした喫茶店ですよ?」


「え、あ、うん、ありがとう。」


「だから、私、ここで働いて、毎日、賄い食べさせてもらいます。」


「え、じゃあ?」


「改めまして、山本花子、26歳、この街に引っ越ししてきたばかりですが、よろしくお願いいたします!」


勢いよく下げた頭の横で、すっかり冷めてしまったコーヒーの香りがした。



美味しい賄いがあるって、飲食店勤務の特権のような気がします。特に夜は、残り物の材料で作る裏メニュー!なんて考えるだけで、最高です。

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