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彼の雇い主まで美人さんでした

 流れで連れ出されかけたが、外出。かつ彼の知り合いに会うならちゃんとせねばならないのではないか。

 そんな私のワガママ。もとい乙女心のおかげで、部屋を出たのが小一時間程遅れてしまったが、彼は広い心で許してくれた。ありがたい話である。

 たまたま私と彼がいた部屋が、実はメリーの部屋だった事も幸いした。シックで落ち着いた雰囲気だったので、まさかの事実に最初は驚いたものだ。

 あと、余談ではあるが、クローゼットに入っている服を選ぶのが、かなり楽しかったという話も追記しておく。私もそこそこお洋服は持っている方だけど、メリーはそれ以上だったのである。

 フェミニンなものとガーリーなものが大体半々。きっと気分やシチュエーションで使い分けているのだろう。逆にカジュアルなものや、マニッシュなものは少なめだが、無いわけではなかった。本人がお人形さんみたいだから、多分何を着ても似合うのだろう。

 ……逆に似合わなそうなのを探してみても面白いかもしれない。

 ともかく、そんな細やかな楽しみを満喫した私は、せっかくなので、普段はあまり着なそうなのを選んでみる。

 例えば可愛いコルセットスカートと、エレガントな白フリルブラウス。……いざ着てみるとめちゃくちゃあざとくて鏡を割りたくなったが、今の身体では難しそうなのでやめておく。

 その上にファーがついたミルクティーカラーのコートを着れば、準備完了。 

 面倒くさいと言うなかれ。たとえコンビニへ行く数分でも身嗜みには手を抜くべからず。が、私のモットーなのである。

 これに関しては彼が物分かりのいい人で助かった。女は外出準備に時間がかかるものなのだ。


「メリーもそんな感じなんだ。そこまで気合いいれなくても、充分なくらい綺麗なのにね」


 もっとも、そんな気遣いが出来る男でも、空気とか女心は読めない野郎だったらしい。私が到着してすぐ、ナチュラルにノロケるバカの脇腹にエルボーをぶちこみつつ、私達は街中をいく。

 田舎の町並みに慣れきった私には、まるで迷宮のような駅は新鮮だった。

 まさにコンクリートジャングル。そこで溢れんばかりの人が足早に思い思いの方向へ歩き回る様は、何度か遊びに来てはいても、やっぱり慣れなかった。彼がいなかったら迷子も有り得たかもしれない。


「知り合いさんって、どんな人なの?」

「どんな人……どんな人、かぁ」


 ようやくたどり着いた地下鉄のホームにて私がおもむろに質問すると、彼は困ったような顔で視線を宙に泳がせた。


「関係上は、僕がバイトで、その人は雇い主なんだ。古本屋と骨董品屋さんの兼業。……名目上は、ね」

「へ、へぇ……」


 最後に取り付けられた言葉のせいで怪しさが倍増してしまうが、それに関しては蓋をする。紹介している彼自身が、戸惑っているようにも見えたからだ。


「性格は……自由な人でね。快楽主義というべきか。わりとその場のノリで動く事が多いんだ。昼間から酒浸りになるわ。古本屋なのに煙管を楽しむわ。かと思ったらいきなり店のど真ん中で謎の遊びを始めたり」

「…………いや、待って。経営者よねその人?」

「恐ろしいことにね」


 苦笑いする彼の前に電車が止まる。降りていく人を横目に見送って、私達が乗り込むと、地下鉄特有の表現しがたい空気が鼻を突いた。


「お店も殆ど趣味でやってるんだと思う。一年……いや、もうほぼ二年か。あの人の元で働いてるけど、正体は勿論、彼女についてはわからない事だらけだよ」

「……そんな人、信用できるの?」


 私の疑問はもっともだと思う。だってそんな胡散臭い人に事情を説明したりだとか、協力を仰ぐなんて不安すぎるではないか。

 だが、彼はそんな私の空気を敏感に感じ取ったのだろう。一転して笑顔を見せたまま、万全の確信があるかのように頷いた。


「出来るよ。あの人はそういった面を差し引いて有り余るくらいに知識が深くて、視野が広い人。それで、意外に情が厚くて優しい人なんだ」


 僕自身、結構借りがあるし。と、彼は付け足して、照れくさそうに頬を掻いた。

 珍しいな。そう私は心の中で呟いた。

 気難しいとまではいかないが、徹底して我が道を行く彼がそこまで言うなんて、なかなか貴重ではある。これはちょっと会うのが楽しみになってきたかも。

 私がそんな事を考えていると、不意に彼が「あ、そうだ」と、呟いた。


「……これっきり関わることは無いとは思うけど、念のため。お店の事は誰にも言わないで。僕かメリーと一緒じゃない限りは、行こうとしちゃいけないよ」


 ……いや、待って。

 本当にどんな店なわけ?


 ※


 地下鉄に揺られること数分。

 目的地である浅草へたどり着いた私達は、大きな通りから外れた、下町の路地を歩いていた。

 観光地特有の喧騒を遠くへ置き去りにし、何処と無くノスタルジックな空気を醸し出すそこは、歩いていると少しだけ胸がキュッとするような。独特の世界を内包していた。


「今から行くとこ……お店、なのよね?」


 いくらなんでも立地が悪すぎやしないだろうか。知る人ぞ知る店というやつだとしても、限度と言うものが……。

 なんて考えていた矢先。不意に彼の手が伸びてきて、私の手を捕まえた。指を絡めるようにしてする。俗に言う恋人繋ぎという未知の体験は、当然。私の脳をショートさせるには充分すぎた。


「わっほぉい!」

「あっ、しまっ――いだだだだだ!」


 びっくりした反動で、捕まれた手をそのまま捻り上げるようにして極めてしまう。

 逮捕術と言われる技術を流用した技は、しっかりとやればか弱い女の子でも男を制圧出来る、女子力の高い技で……。

 数秒後、私達は弾かれるように身を離した。片や羞恥(いろんな意味で)から。もう片方は純粋に痛みから逃れるためだ。


「……ごめんなさい」

「いや、いいよ。僕も悪かった。ついメリーにやるみたいにしちゃって」

「……ふぅん」


 人目がないとこでは手を繋いで歩くのね。まぁ仲が宜しいこと。なんて私が心の中でむくれていると、私の前に手が差し伸べられた。いまいち理由がわからなくて彼を見つめ返すと、少しだけ照れたような。それでいて複雑そうな顔を浮かべていた。


「離れないように。後は……まぁ、他にも色々と理由はあるんだけども」


 僕が、落ち着かないんだ。

 私の目をまっすぐ見て。真剣な表情で彼はそう言った。

 その時、私はふと思ったのだ。それは、彼氏が彼女に甘えるとか、そういう空気ではなくて。本当に、私がどこにも連れていかれぬように繋ぎ止めているようで……。私は、ほとんどつられるままに、改めて見れば驚くほどに白い手を彼に重ねた。

 暖かさが広がっていく。同時に、信じがたいが、感情とは別にこの身体が歓喜する気配を私は確かに感じた。

 まるで何も怖くないと安堵するかのような、静かな熱さ。……やはりというべきか、ピリッとした嫉妬が私を蝕んだ。


「……ズルいわ」


 小さな呟きが、彼に聞こえているのかいないのかわからぬまま。私達は無言で曲がりくねった路地を行く。

 やがて、路地の終わりの突き当たりに……古きよき駄菓子屋を思わせる、トタン屋根の家が現れた。

 すぐに目に入ったのはお洒落なカフェを思わせるアンティークの立て看板。そこには『暗夜(あんや)空洞(くうどう)』と描かれており、その周辺にはところ狭しとばかりに、木造のオブジェや石燈籠。招き猫や狸の置物。風車に旗織物が無造作に積み上げられていた。おかげで、ただでさえ小さな出入り口が更に狭くなってしまっている。


「……え、ここ?」

「うん。入るよ」


 唖然とした反応を見越していたように、彼は私の手を引き、お店へと足を踏み入れる。

 すると、古書の匂いとお寺でよく嗅げる清浄そうな香りが私達を出迎えた。


「……わぁ」


 思わず感嘆の声を上げてしまう。

 それほどまでに、『暗夜空洞』の内装は独特だった。

 簡単に言うならば、本の迷宮といった所だろうか。あるいは、どこかいいとこの御屋敷が個人所有している蔵書館のようにも見えた。薄暗い室内はカンテラの灯りでぼんやりと照らされていて、そこに天井まで届きそうな大きめの本棚が乱立している。それはまるで映画のセットみたいに、厳かで非日常な雰囲気を醸し出していた。

 成る程、これならば知る人ぞ知る店でも充分通りそうだ。

 ほら、本棚にはいかにも珍しげな本が……。いや、待った。明らかに場にそぐわない、漫画コーナーと言うべきところも普通にあるようだ。おかげで、ちょっとワクワクしていた自分が恥ずかしくなった。


「綾、どうしたの? 行くよ」

「……え、ええ」


 少しだけ出鼻を挫かれた気分になりながらも、私は促されるままに店の奥へ行く。

 すると、遠くの方に古めかしい会計カウンターが見えて……。


「あら、辰ちゃん、いらっしゃあい」


 カウンターの向こうからギシリ。ギシリと、木が軋むような音がした。大きくて立派なロッキングチェアが揺れているのだ。

 そこにゆったりと腰掛けて、本を読んでいる女性がいた。

 一本だけカチューシャのように編み込みが入った、腰まで届こうかという綺麗な黒髪は、目元を覆い隠し、表情をしっかりと伺うことは難しい。ゆったりした服装と、紺色のストールという出で立ちは血管が透けて見えそうなくらいの白い肌もあいまって儚げな若奥様か、深窓の令嬢然とした雰囲気。

 控えめに言っても、とんでもない美人がそこにいた。

 美人がそこにいた。

 私の口がへの字に曲がった。


「おはようございます、深雪さん。今日は……痛い!? ちょ、綾? 綾さん? 何故僕の手はこんなにも締め付けられているのでしょうか!?」

「……うるさいこの……貴方、このっ。このっ……!」


 げしげしと、彼の脛を蹴る。

 理不尽なのは百も承知。けど、何だか初めてメリーを紹介された時を思い出してしまったのだ。

 雇い主って女かい。しかもこんな個人経営っぽい店に二人きりとか何て羨ま……っ、けしからん!

 そんな風に私が酷いヤキモチを焼いていると、不意にトン。と目の前で物音がして。

 ハッとしたようにそちらを向くと、女店主さんが目の前に立っていた。私の顎を、長くて柔らかい指で優しく上向きにするおまけ付きで。


「えっと……あの……!」


 カーテンみたいな前髪の奥に、エメラルドか翡翠を思わせる深緑色の瞳が輝いていた。

 メリーのものとは違う、この世のものとは思えないハッとするような美しさに、私が思わず見惚れていると、その人は警戒するようにスッと目を細めて。


「……貴女、〝神様の悪戯〟にあったのね」


 清らかな声でそう囁いた。

 

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