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心がズタボロでした

「……正直、予想はしていたよ」


 嫌な沈黙が流れる部屋にて。リビングのソファーで二人並んで座っていた中で、彼がボソリと呟いた。


「メリーも僕も、何かあった時の為に、お互いの携帯電話番号を暗記してるんだ。文明の利器だって万能じゃない。孤立した時に公衆電話を見つけたのに、かける相手がいなかった。じゃあ話にならないからね」

「いや待て。待って? 何と戦ってるのよアナタ達」


 用意周到ってレベルじゃない身構えっぷりに、思わず突っ込みを入れてしまう。すると彼は「戦ってるとかじゃなく、備えだよ」と、なんとなく取り繕うかのような苦笑いを浮かべた。


「だからね。今回みたいな変な現象が起きたとしても、彼女ならば、すぐに僕に連絡を取ろうとする筈なんだ」

「……さっきまでは私の身体に入っていると仮定してた。なら、起きた時点で辰に電話すると考えられる。……のに、それがなかった」

「そう。故に僕はメリーはもしかしたら、君の身体にいない可能性がある……そう推測した」


 ふと頭に浮かんだのは電話かける直前だけどね。と、言いながら、彼は膝の上で指を組む。


「……連絡がない理由は、何個か思い当たるけど……今は止めよう。……問題は君の方だ。誰が君をこうしたのか」


 いつになく真剣な顔でこちらを見る彼に、こんな状況だというのにドキンと心臓が高鳴った。それと同時に、自分の中で酷い罪悪感や、邪な考えが浮かび。私は思わず項垂れた。


「そんな顔しないで。きっと何とかなるよ。〝現在は過去以外の何ものも含んでいない。そして、結果の中に見出されるものは、すでに原因の中にあったもの〟なんだ」

「……あう」


 都合よくも、彼は私が落ち込んでいると思ったらしい。メリーにもよく似た、遠回し過ぎて逆に理解しがたい言い回しで私を励まそうとしてくれた。

 本当の事を口にする勇気は……私にはなかった。


「でも、どうしたらいいの? 誰がどうやってだなんて、検討もつかないのに……」

「いや、手がかりはあるよ。範囲は広いけど、それなりに絞り込むことも出来る。あくまでも予想で」

「……へ?」


 彼の言い分に、今度は私が固まった。

 冗談でしょう? と、私が顔で示せば、彼は「だいぶザックリだけどね」と言って肩を竦めた。


「僕が綾の偽物……偽綾でいいか。にした質問を思い出してみよう。彼女は多分だけど、高校卒業以降に出会った君の知人。もしくは君を一方的に知っている人物だと思う。それでいて、悪意を持って君に成りすましている」


 そう言って、彼は順番に説明するように指を立てていく。

 私はといえば、いまだに半信半疑だった。


「その前に確認したいんだけど、江ノ島旅行は本当?」

「ええ、そうね。そうよ。他大学のサークルと合同で……」


 そこまで考えて、私は唐突に手を叩いた。


「そう、結衣ちゃん! 結衣ちゃんが一緒の筈よ! 家にいたならどうして……!」

「結衣ちゃん……ああ、田中さんか。彼女も欺く……か。あんまり考えにくいけど、それならますます君の知人か、君をよく知っている人間の可能性が高いね」


 出てきた名前を懐かしむように彼は噛み締める。彼は私を通して、結衣ちゃんとも友人なのだ。


「相手が君じゃない。これはわかりきっているから保留しよう。ララを弟にしちゃったこととか。君が僕にくれたバレンタインは手作りチョコじゃなかった下りとかに反応しないから、一目瞭然だ」

「ぐ……うん」


 どーせ私は料理出来ませんよーだ。と、嘆きたくなったがグッと抑えた。今は違う。そうじゃないのだ。


「まずは、偽綾は僕をそんなに知らないこと。これだけで、高校時代までの知り合いである可能性が低くなる」

「え、なんで……あ、そっか」


 結衣ちゃんの言葉を思い出す。私と彼はいつも一緒だった。中の人が私の知り合いならば、辰のことも知っている。当然、私が彼に話しかける時の口調も。

 思えば電話口の私は、何処と無く事務的に思えた。……いや、自分じゃない身体に入っていて、その知り合いから電話がかかってきたら、ある意味当然の反応かもしれないけど。


「勿論、だいぶ穿った見方だとは思うよ。けど、その後。偽綾は僕がわざと間違えたサークル情報を訂正してみせた。これは多分、偽綾が知りうる情報の中で確実なものだから、自分の信憑性を増すために、つい訂正したくなったんだろうね」

「……誘導尋問?」

「似たようなものだよ。これで当たり障りない答えを返してきたなら、全くの他人と言えたかもしれないけど」


 彼女は……中にいる誰かは訂正した。それが意味するのは……。


「相手は証明してしまったんだ。自分は竜崎綾が写真サークルに入っているのを知っている人間です。ってね。ついでに、旅行があることも把握しているときた」

「……旅行の事は、両親以外には話してないわ。知っているのは、サークルメンバーと、他大学のサークルだけ」

「ああ、それだって知り合いの知り合いに伝わる事もあるだろう。けど、それはいい。問題は君の中に入った人だ」


 ゾクゾクするような寒気が走る。あの僅かなやり取りだけで、私の中にいる誰かが、大学に入ってからの知人である可能性が高まっている事実に。何より、こうも簡単に情報をかき集めた彼に、戦慄を禁じ得なかった。


「そうよ、悪意を持ってなりすますって……何でわかるの?」

「わかるさ。偽の君は明らかに舞い上がっていた。想像してみなよ。いきなり誰かの中に入った人物が、その知人からの電話で好きな人が出来た。なんて宣言、すると思う? 彼女は、確信があったんだ。何らかの形をもって自分が君の中に入るという根拠が」

「そんな……」


 デタラメすぎる。そう言いかけた私は口をつぐむ。今まさに自分が置かれている状況もまた、既に常識を外れている。

 だから、原因が証明できない以上、誰かが何らかの方法で私の身体を横取りしたとしても不思議ではない。


「何が……目的なの?」

「言葉を素直に受け取るなら、君の身体を借りて意中の相手と恋仲になること……かな。もっと突き詰めれば……君の身体を乗っ取る。とか……」


 彼の推測を聞いた私は、何も言えなかった。

 その顔が嫌悪に満ちていたから。きっと貴方は気づいてないし、知るよしもないのだ。

 そういった負の感情が偽の私に向けられる度に……実は私にも飛び火していることを。


 彼は多分、推理においては正解を引き寄せた。私の中にいる誰かが悪意を持っているのは間違いないのかもしれない。けど……。

 やはり女の汚い感情を、彼は理解していない。

 だって考えてみて欲しい。つい先程。私が一時でもメリーに成りすまそうとしていたのを……忘れてしまったのだろうか。

 その事実を思い出せば、そのよくキレる頭で想像出来るだろう。私もまた、メリーの身体を乗っ取ろうと思う可能性があるのだと……。

 だって私は、私の中にメリーがいないと知った時、ほんの僅かに頭を過らせてしまったのだ。


 もし、このままメリーが戻らなくて。私も戻れなかったら……?

 そんな悪魔的な未来想像図を。


 女は理屈だけじゃない。感情で動く事も多い。

 特に、手に入れたくても手に入らないものがあった、私のような人間にとって……。この誘惑は、胡蝶の夢であったとしても限りなく甘美に映るのだから。


「……とにかくだ。まずは君の身体を元に戻す方法を考えようか」


 そう言って、彼は私の頭に手を置いた。

 その途端、触れあった場所から暖かさが伝播する。きっと私が醜い考えを抱きかけただなんて、一ミリたりとも想像していないであろう、優しい顔がそこにある。

 それが……自分の身体に起きている状態に混乱していた私にはとても重たくて。私は必死に涙を堪えた。


「大丈夫。きっと大丈夫だから……泣かないで」

「…………うん」


 この日、私は生まれて初めて彼に嘘の肯定をした。

 今この瞬間だけは、彼の鈍感さを感謝すると共に呪いたくなったのは、否定しない。

『人の感情は凄いのよ』

 いつかのメリーの言葉が、私の中で甦る。私を語る誰かも、そんな燃えるような感情を持って動いたのだろうか。

 今の私には分からなかった。


「……さて。それじゃあ準備しよう。いつまでも部屋にいちゃ、解決しないだろうからね」


 終わらぬ問いの答えを探しているうちに、彼がポンと手を叩く。

 キョトンとする私の手を引き、立ち上がった彼は私をそのまま玄関に連れ出そうとして。ふと、何かを思い出したかのように一人で寝室に入り、数秒で戻ってくる。

 その手には、チェーンに繋がれた銀貨が握られていた。


「なぁに? それ」

「御守りだよ。基本彼女は、これを肌身離さず付けていたんだ。……きっと君を、今度こそ守ってくれる」


 彼の腕が私の首元に回り、カチリという音がする。

 コインペンダント。という奴だろう。何処の国かな? と思ってそれをまじまじと眺めるが、生憎と私はそこまで通貨に詳しくなかった。

 ただ、誰かに。それも彼にアクセサリーを着けてもらうなんて初めてだったので、私はほんの少しだけ夢心地になる。よく見たら、彼の首にも同じものがかけられていた。ペアアクセサリーだったらしい。


「これ……鳥?」

「ワタリガラスだよ。メリーが……いや、僕もか。好きな鳥」

「ほーん。……ふーん」


 何というか、意外だ。

 この二人ならカラスなんて地味な鳥じゃなくて、フクロウみたいなスタイリッシュな感じか。あるいはバカップルっぽいからオシドリなんてベタベタなもので対にしそうなのにな。

 何か理由でもあるのだろうか? 聞いてみたい気もするが、また壁を殴りたくなりそうなので自重した。

 今私が考えるべきは、まだ頭の片隅にある誘惑を振りきることだ。だってこんな私、とてもじゃないが彼に見せられないから。


「元に戻すって言ってたけど、当てはあるの?」

「うん、勿論だ」


 玄関でブーツに履き替えながら私が言えば、彼は小さく頷いた。


「取り敢えず君らが江ノ島に着く頃に。あるいは着いてから僕らも現地に行くのは勿論として。頃合いを見て田中さんにも連絡したいかな。あと……」


 そこでふと、淀みなく方針を口にしていた彼が、珍しく歯切れの悪い反応をした。どうかしたの? と、私が首を傾げると、彼は僅かに深呼吸してから、何かを決意したかのように頷いた。


「……君に、会わせたい人がいる。こういう訳のわからないものに詳しい人が……知り合いにいるんだ」


 今にして思えば、私はここで気づくべきだったのだ。

 私の状況を知った彼が、あまりにも落ち着きすぎているという現状に。

 感情の錯綜に伴い苦しんでいたのは、私だけではなかったのである。

 

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