カミングアウトされました
「僕はね……幽霊が視えるんだ」
荒唐無稽な話だろう? と、自嘲するように肩を竦めながら、彼はそう言った。
「お葬式では、御本人が見えて。墓場ではよく幽霊に挨拶されて。事故現場では、恨みや未練を残した霊を目撃する。所謂妖怪やUMAなるものと遭遇した事もあったかな」
「…………あう」
「……大丈夫?」
「う、うん。なんとか」
神様や悪魔がいるのだ。何かがあるとは思っていた。それこそ、私の想像を遥かに超えるものが。だが……それにしたって、このカミングアウトは衝撃的過ぎた。
つまり、私の身近にはそういうものがいたかもしれないという可能性を浮き彫りにするものであり……。認めよう。私は恐怖していたのである。
「……無理に理解はしなくてもいいよ。元々は君と無縁な――」
「い、今は違うもん! そうでしょう?」
それでも、引くわけにはいかなかった。彼を知りたい。その気持ちの方が強かったからだ。
「……知ってる人、いるの?」
「数えるくらいしか。両親や幼稚園の先生とかには小さい頃に話して……まぁ、信じては貰えなかった。その後に一騒動あって、それ以来は極力隠し続けてたし」
「……その一騒動って」
「君の想像通りだよ」
やっぱり。と、自分の中で納得がいく。同時に疑問も芽生えた。確か夢の中で彼は……。必死に幽霊(?)の存在を認めさせようとしていた筈だ。きっかけは、何だったのだろうか。
すると彼は少しだけ寂しげに息を吐き、まるで覚悟を決めるように自分の手を握り込んだ。
「ちょっとだけ昔話をしようか。……色々、教えないとね。」
君がホラーダメになったの、僕のせいだし。
そう言いながら、彼はゆっくりと、昔を懐かしむように語り始めた。
「説明した通り、僕は小さい頃から、色んなものを視て、触れてきた。そんな背景があったからかな。僕はそれらに対する興味が生まれてしまったんだ」
「興味、を……?」
「うん、興味」
信じられない。といった顔と声色になる私に、彼は少しだけ困ったような表情で頷いた。
「他の人には視えない。怖がられるか、拒絶される。そんなものが視える僕は何なんだろう? そう感じた僕は、日常の片隅に現れるそれらを、暇があれば追うようになっていた。ちょっとした冒険の扉を開くような気分でね」
「……だから、寄り道王なんて呼ばれるくらい、フラフラしてたの ?」
「うん、そうだね。視える人なんてそうそういない。霊感は大なり小なり誰でも持ってるらしいけど、誰もが僕と僕が行く世界に気づかず、見つけられなかった」
昔よく感じていた、彼のズレたような視線。それはこんな意味も持っていたのだろう。果たして、ナニを〝視て〟いたのか。そう考えたら、ふとある事実に気がついて、私は背筋を凍りつかせた。
「ね、ねぇ待って。大なり小なり霊感があるってことは……あの時私も視えて……」
「ああ、安心して。君に霊感は殆どない。一応こうして巻き込まれているけど。それは多分色々な偶然が重なったからだよ」
思わずホッとしてしまったのは言うまでもなかった。
「……でも。それならおかしいじゃない。あの時、タンスとか三味線に、目が……」
「……凄く言いにくいんだけど、それやったの……僕なんだ」
「………………え、酷くない?」
「返す言葉もございません」
悪戯してないとか言って、やっぱりしてたんじゃんと言いそうになったが、彼のあまりにも辛そうな顔が、それに待ったをかけていた。……まだ、何かあるのだ。
「あの事件は、自分の霊感を自覚して間もない頃だった。当時の僕は、思ったんだ。こんな楽しい事を僕だけ独り占めにするのは勿体ない。綾ちゃんにも教えて上げよう……って」
「お、おぉう……」
「今にしたら凄い押し付けだよね。けど、僕はそれが何を起こすかなんて想像もつかなかった。……あの座敷にいたお化け達がまた、悪い霊じゃなかったのも、ある意味で災いした」
「じゃあ……本当に、友達だったんだ」
「うん、君を連れてくって言ったら、彼ら彼女らも大喜びでね」
何と言うか、反応に困る案件だった。当たり前だが、彼も小さかったのだ。その辺の常識は、きちんと持ち合わせていなかった。本当にただ紹介したかっただけなのだろう。
「あとは、君が視た通り。君は大泣きして気絶。ショックで起きたことは忘れていて……そこで僕はようやく学んだんだ。自分は確かに人間だけど。悪い意味で、普通の人とは違うんだ。……ってね」
「それは……」
「違わないよ。……だって、あんなことがあった後ですら、僕は幽霊や非日常を追うのを止められなかったんだから」
そこにどんな想いや考えがあったのかはわからない。どうしようもない星のもとに生まれたとでもいうべきか。
何故だか私はその時、彼がこのまま蜃気楼のように消えてしまう錯覚に陥って……気がつけば、彼の拳を両手で包み込んでいた。
「……辰は、辰だもん」
深雪さんの言葉を繰り返す。身体の震えを必死に抑えて、私は彼の目を見た。
「お化けが視えたって、私の幼馴染みにはかわりないもの。だから……」
思っていたことを言葉にする。だが、頭がうまく回らなくて、ふと、視界がぐにゃぐにゃ歪んでいるのに気がついた。
「綾……、泣かないで」
優しく目元に指が当てられる。あやすような、それでいて己の痛みを堪えるかのような、心地よい彼の声。それだけで、私はもうダメだった。止めどなく涙が溢れていく。理由は……たくさん。
「……ちゃんと、頑張るから。怖いけど、頑張るから……!」
だってわかってしまう。彼が私にカミングアウトすることの意味を。
彼にとって、その話はトラウマだったのだ。その後、誰にも立ち入らせない壁を作る事になる、隠し続けたエピソード。それを話すこと自体、彼の心を抉る筈なのに……。彼はこのお店に私を連れてきた。私なら絶対に怖がる。それでいて、彼に疑問を抱きかねないこの場所に。
それは、私の身体を元に戻すため。
そして何より、恋人のメリーのためだ。
これでたとえ私に拒絶されたとしても、彼は彼女を取り戻したいから、自分の正体を明かしたのだ。それが……わかってしまった。
遠い……。そう一度感じた時、私は堪らなくなる。
気づかないフリをすればよかった? 違う。それでは結局、彼の事をずっと知らないまま。それだけは……嫌だ。
「……教えて」
静かに私は問いかける。毒食らわば皿まで。とまでは言わないけど。こうなったら、死ぬ気で食らいついてやる。
「何とかする心当たり、あるんでしょう? それだけ変な世界歩んできたんだもの。なら……遠慮しないで。もう何が飛び出してきても驚かないわ。だから……」
大好きな人が、また笑顔になれるように。
「貴方の行く世界に、私も連れてって」
私は、私の身体を取り戻そう。
※
「と、いう訳で、第一回。チキチキ。綾ちゃんのボディー奪還計画の、作戦会議を始めま~す!」
「わぁ~!」
「わ、わぁ~……」
女三人が、居間の炬燵を囲んでいた。正面に蜜柑を片手に深雪さん。左側にはマコちゃんが女の子の姿で煎餅をかじりながら、ノリノリでちゃぶ台を叩いている。そしてかくいう私は、カチコチに固まりながらもそれを眺めていた。
頼りの彼は、今買い出し中。この魔窟において、私はただ一人取り残されている。……いくら彼の中では信頼している人(?)達とはいえ、正直泣きそうなのは内緒である。
一体どうしてこんな状況になったのか。それは彼が私を連れて、深雪さんに交渉を持ち掛けたからだ。
内容はシンプル。「助けてください」という一言のみ。すると深雪さんは対価として電車の切符代と、物語(何の話かは謎)。そして、後でご飯を作れと彼に要求し……。今にいたる。
因みにマコちゃんは「私もまぜろぉ~!」と、あの不気味な羊猫っぽい姿で彼にじゃれついて、そのまま仲間に加わった。嫉妬よりも恐怖で私が半泣きになったのは言うまでもない。
「さて、本格的な作戦を出す前に、確認しましょうか。その為に辰ちゃんを追い出し……買い出しに行かせた訳だし」
あ、そっちが本命だったんだ。と思いながら深雪さんの方に目を向ければ、彼女もまた私を見つめかえす。カーテンみたいな前髪から、深緑色の瞳が覗いていた。
「綾ちゃんは、辰ちゃんが好き。で、OKですかね? ライクではなくラブの方で」
「――はうぅっ!?」
「狼狽えるなよ。中学生かお前は。店主大丈夫だ。それでOK。ラブの方。この女、今時珍しい極上ぴゅあぴゅあソウルだよ」
「――バカにしてるでしょ!?」
「んなわけあるか。べた褒めだよ。しかも聞いて驚け。処女だ。あの人形女も大概だったが、コイツはもはや生きた化石に違いない。シーラカンスだ」
「――っ! 蹴っ飛ばす!」
「綾ちゃん抑えて抑えて。いいじゃないシーラカンスでもアンモナイトでも。貴女は貴女よ」
「――っ! ――っ!」
声にならない叫びをあげながら、ちゃぶ台をバンバン叩いていると、一通り楽しんだと言わんばかりに深雪さんは身体を伸ばし、また煙管セットを引っ張り出した。
「さて、綾ちゃんで遊ぶのはこれくらいにしまして。本題ですね。気持ちを聞いたのは、それが重要だからよ」
「私が……辰をその、好きなのが?」
「ええ」
紫煙を燻らせながら、深雪さんはゆっくりと頷いた。一方マコちゃんは、その煙を掴もうと躍起になっている。なんとなく猫みたいだった。
「遠野郷八幡宮。卯子酉神社。巽山稲荷神社。これらに共通するのは……パワースポット巡りに行ったなら、お分かりよね?」
「恋愛、成就?」
「ぴんぽ~ん」
煙管の灰を箱にトントンと落とし、深雪さんはニタリと邪悪な笑みを浮かべる。突拍子もなくそんな顔をするものだから、私はつい身体を跳ね上げてしまう。マコちゃんが楽しげなのが少し腹が立った。
「……え、まさか、それが原因?」
「最後に行ったパワースポットがそれなんでしょう? で、神様が悪戯した。ならもう、ほぼ確定です」
「い、いやだって、仮にも神様が……いたとして、そんな」
「アヤ・リュウザキ。勘違いしてるな? 神様イコールいい奴ら。とか思ってるだろ?」
目を白黒させる私に目を向けながら、マコちゃんはザラメの煎餅をペロペロ舐める。お行儀は悪いと私が顔をしかめていると、彼女はしゃくりと柔らかくなった煎餅に歯を立てつつ、ちゃぶ台の中心からもう二枚煎餅を取り出した。
「聞いたこと位はあるんじゃないか? 日本には八百万の神がいるって話だ。当然、これだけの数がいれば、善神もいれは悪神もいる。力だってピンキリだ」
「じゃあ、私に悪戯したのは……」
「ただ問題は、格のある神様は、基本的に人間の相手をすることが殆どないの。大抵は部下となる神様に雑事は任せてるんです」
課長とか係長とかに。と、俗っぽい喩えで深雪さんが補足する。
「でも、それにしたって、よほど気に入られていない限り、大々的に力を貸すのは有り得ない。人の人格を入れ換えるだなんて、もっての他。つまり、たった数人相手にしょうもないありきたりな奇跡を起こしてる時点で、相手は低級な神様だって分かるのよ」
「へ、へぇ……」
その辺の事情はよく分からないが、そうだと納得するより他になさそうだった。
というか、ここまでバッサリ言えるなんて、深雪さんは何者なんだろうか? ……まさか凄い神様とか? いやいや。そんなのが炬燵に足突っ込みながら蜜柑を食べたり、電車の切符代を彼にたかったりはしないだろう。……多分。
「と、ともかく……。その低俗な神様が相手だとして……どうするんですか? てか、恋愛成就が何で入れ替わりなんか……」
余計な思考を追い出して、私は深雪さんに問いかける。
すると彼女は私の顔をじっと見つめながら、含み笑いを浮かべた。
「入れ替わりは……多分〝貴女側にも心当たりがあるんじゃなくて〟? それはまぁ、後に考察するとして。方法ね。まぁあるわよん」
そう言って深雪さんは握り拳を作り、パチン! と、自分の掌に打ちつけた。
「まずは、私と辰ちゃんが、神様をボコボコにします。それと同時進行で、綾ちゃんが入れ替わった相手をボコボコに懲らしめて、身体から追い出しちゃえば……さっくり解決よ!」
……私が言うなって話だけど、脳筋過ぎませんかその作戦。