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エンドリア物語

「エラーの黒い手」<エンドリア物語外伝104>

作者: あまみつ

 怪しげな物を拾うな。

 危なそうな物に触れるな。

 不審者には近づくな。

 イヤというほど言われている。

 オレもそうしたいし、そうしているつもりだ。

 だが、ニダウの入り組んだ路地で、キョロキョロと見回している老人がいたら、気になるだろ。オレ以外に誰もいなければ、話くらい聞いてやろうと思うのが普通だろ。

 だから、オレは聞いたんだ。

「どうしましたか?」と。



「店長、僕は言いましたよね。トラブルはごめんだと」

 額に青筋を立てているのは、オレの店の唯一の店員シュデル。

 オレが話しかけた老人が『桃海亭を探している』というので、オレの店、桃海亭に連れてきた。

 店内に老人を連れて入った途端、シュデルが怒りの声を上げた。

「オレ、何かしたか?」

 心当たりはたくさんがあるが、このタイミングで怒られる理由がわからない。

「店長、そちらの死霊とは、どういう関係ですか?」

 死霊。

 隣にいる老人を見た。

「透けていないぞ」

 シュデルの額の青筋が2本になった。

「わかりました。僕が話を聞きます。どうぞ、こちらへ」

 老人がカウンターの前に滑るように移動した。

「どうか、されましたか?」

「シュデル・ルシェ・ロラムを知らないか?」

 シュデルが眉をひそめた。

「シュデルは僕ですが」

 老人が相好を崩した。

「探しておった。頼みがある」

「待ってください。なぜ、僕のことを知っているのですか?」

「ニダウの北に霊園があるのを知っているな」

「はい」

「わしはこの世に伝え残したことがある。それを伝える方法を探して、世界を旅しておった。偶然入ったニダウの霊園の死霊達が『桃海亭のシュデル・ルシェ・ロラムは、死霊の話を聞いてくれる』と教えられた。それで、ここに来た」

「僕は、死霊の声を聞くことはできますが、死霊の頼みはききません」

 冷たく言った。

「知り合いに手紙を書いてくれ。それだけでいいのだ」

 老人は泣きそうな顔でシュデルに言った。

「お断りします」

「おい、話だけでも聞いてやれよ」

 老人の着ている服は大陸の東側のデザインだ。エンドリア王国周辺で死んだのなら、遠方の家族に伝えたいこともあるだろう。

 シュデルはため息をつくと、老人に聞いた。

「亡くなられたのは、いつですか?」

「バヤク歴で200年頃だったと思う」

 シュデルの冷たい視線が飛んできた。

 どうやら、100年前に亡くなられたらしい。

「お主達からしたら死んだ年寄りの話に興味はないだろう。だが、わしは伝えなければいけないのだ」

「失礼ですが、知り合いの方は、もう亡くなられた………」

「わかっておる」

 強い口調で老人がシュデルを遮った。

「わしが死んで長い時が流れていることは。だが、伝えないならないのだ。わしの友が住んでいた家の地下に埋めたものがある。あれがあることを知らずに家を壊すと、埋めたものがあらわれ、災害を引き起こすかもしれん」

 シュデルの氷の視線が、オレに刺さった。

「わかりました。魔法協会と神父様を紹介します。神聖魔法を使える魔術師には死霊を見える方が多いです。事情を話して………」

「それはできん」

 死霊の顔が険しくなった。

「わしが長い間旅をすることになったのは、魔術師に会わないように旅してきたからだ」

 シュデルがマイナス20度の光線をオレに飛ばしたあと、ため息をついた。

「僕は魔術師です。それなのに、僕に話してもいいのですか?」

「お主のことはニダウ霊園の霊達に聞いた。死者に味方してくれる心優しい死霊使いだと絶賛していた」

 老人がオレを見た。

「お主がウィル・バーカーか?」

「そうですが」

「お主のことも言っていたぞ。間抜けの根性なしだが、お人好しだと言っていた。近寄るとトラブルに巻き込まれるから気をつけろとも言われた」

 言ってから、気づいたらしい。

 数歩歩いて、オレから距離を取った。

「頼む。埋めたものを適切に処理して欲しいと手紙を書いてくれ」

「既におわかりのように、長い年月が流れております。お住みになっていた家に、誰が住んでいるとは限りません。手紙を書いても………」

「ならば!」

 老人がカウンターに身を乗り出した。

「お主が掘り起こしてくれ。頼む」

 必死の形相だ。

 シュデルも覚悟を決めたようだ。

「何が埋まっているのですか?」

 核心を聞いた。

 老人も、シュデルには話すと決めていたのだろう。

 ためらうことなく、答えた。

「【エラーの黒い手】と金塊を埋めた」

「金塊!」

 驚いたオレだったが、

 直後、

「店長は黙っていてください!」

 シュデルに怒鳴られた。

「お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「話せない」

「わかりました」

 シュデルの額に縦じわが寄った。

 必死に何かを考えている。

「頼む。お主は魔法についての造詣が深いと聞いた。わしの言っている意味がわかるはずだ」

 シュデルは答えず、真剣な顔で考え込んでいる。

 老人も話しかけると、シュデルの妨げになると思ったのだろう。黙った。

 ドンと音をたてて、扉が開いた。

「ウィル、昨日の召喚したモンスターの件で苦情が出た。一緒に詰め所まで来い!」

 オレを怒鳴ると、アーロン隊長は踵を返した。

「待ってください!」

 シュデルが慌てていった。

「隊長に頼みがあります」

「断る」

 去ろうとしたアーロン隊長の首元に、ラッチの剣がピタリとくっついた。

「…………どういうつもりだ」

「人間の危機です」

 アーロン隊長が、鬼の形相になった。

「ウィル・バーカー。今度は何をやった!」

「オレは何もしていません」

「すみません。店長にも一因があります」

 シュデルが頭を下げた。

「へっ?オレ、何かしたか?」

「ある物の所在がわかりました。それの回収と保存について相談があるのですが」

 アーロン隊長は大股でカウンターの前に来た。首元にあったラッチの剣は扉の上に戻った。

「店長と一緒にある物を回収していただきたいのです」

「この店には自称天才がいるだろう」

「ムーさんは使えません」

「なぜだ?」

「魔術師ですから」

「魔術師だと触れられないアイテムなのか?」

「詳しいことは、引き受けていただいた後に話します」

 シュデルの様子から、かなりヤバい物だというのはわかった。老人が言っていた【エラーの黒い手】のことだろう。

「その話はどこから出た?」

 アーロン隊長が聞いた。

「隊長の隣にいるご老人です」

 オレの答えに、アーロン隊長が怪訝な顔をした。

 シュデルがうんざりした顔で言った。

「店長、アーロン隊長には見えていません」

 話を聞いてくれる人を捜して、老人が旅をしていたのは事実らしい。

「何でオレに、見えるんだ?」

「法則はわかりませんが、店長には見える死霊と見えない死霊があるようです」

「回収して欲しいというのは、老人の死霊の依頼なのか?」

「はい。回収と保管です。魔術師に見つからない場所に隠して欲しいのです」

「無理だ」

 アーロン隊長は断言した。

「回収だけならば可能かもしれないが、魔術師に見つからない場所に隠すことなど不可能だ。ニダウに持ち込めば、ムー・ペトリが探索魔法をかけるに決まっている。あれが本気になれば、逃れる方法は皆無だ」

「わかりました。隠す場所は隊長と店長が回収してくる間に僕が考えます。それでいいですか?」

 アーロン隊長は、首を横に振った。

「シュデル。肝心なことを見落としている」

 そう言うと、アーロン隊長は東の方を指した。

「ハニマン殿は明日から旅行だ。タチグフから帰ってくるのはチェス大会が終わる10日後だ」

「知っています………あっ」

 シュデルが青ざめた。

 ハニマン爺さんがいなくなると、桃海亭はシュデルとムーだけになる。2人だけで暮らせば、どのような生活が待っているかシュデルには予想できるはずだ。

「すみません。アーロン隊長、ひとりでお願いします」

「断る」

「お願いします。本当に放置できない問題なのです」

 アーロン隊長が椅子に腰掛け、足を組んだ。

「話してみろ。引き受けるかは、それからだ」

 シュデルは困った顔で、老人を見た。

 老人がうなずいた。

「わかりました。お話しします。回収していただきたいのは【エラーの黒い手】です」

 アーロン隊長が、凶悪な顔でオレをにらんだ。

「もしかして、隊長。【エラーの黒い手】を知っているのですか?」

 オレが聞くと「知らないのか?」隊長に聞き返された。

「店長ですから」と、シュデル。

「そうだったな」

 アーロン隊長が納得している。

「ウィル。【エラーの黒い手】というのは、契約を記した品の名前だ。お前でも、一般人に比べ魔術師の数が少ない理由は知っているだろ」

「それくらい知っています。神様が、魔術師が一般人の迫害しないよう数を抑えているからです」

「数を決めるルールは知っています?」

 シュデルに聞かれた。

「魔術師と一般人の比率だったような。魔術師が増えれば一般人も増えるが、もし、魔術師が一般人を減らすようなことがあれば、魔術師も減る、だったような」

「その通りです。実際はもう少し色々な取り決めがあり、魔術師による一般人の迫害などにも制限がかけられています」

 シュデルが補足してくれた。

「もしかして?」

「はい、その『もしかして』です」

 シュデルの目が据わっている。

「店長、【エラーの黒い手】というのは、いま店長が言った契約の品なのです」

 シュデルの説明によると【エラーの黒い手】は魔術師から一般人を守るための契約の品だそうだ。魔術師には不公平に思える契約だが、神は魔術師にもチャンスを与えた。魔術師が【エラーの黒い手】を破壊すれば、契約は無効。魔術師は縛りから解放され、やりたい放題になる。

 一般人は【エラーの黒い手】が破壊されないように、魔術師たちのわからない場所に保管。契約から長い年月が経っているが、魔術師達は【エラーの黒い手】を、まだ見つけていない。

 魔術師と一般人との未来に左右する、神作成の激レアアイテム。

 オレは思ったことを、そのまま言った。

「家の下に埋めたっているけど、そいつ、本物なのか?それに、神が定めた〈魔術師と一般人の比率〉というのも、作られた伝説で、嘘だって言う先生もいたぞ」

「【エラーの黒い手】が存在するのか僕にはわかりません。実際にみたわけではありませんから。契約も実際にあるのかわかりません。ただし【エラーの黒い手】と呼ばれるものは存在します。1000年ほど前のスクロールに記述があります。魔法協会にも契約の写しがあったはずです」

 アーロン隊長が椅子から立ち上がった。

「シュデル。お前のいうことが事実なら、老人が埋めた【エラーの黒い手】を掘り出して、誰かが魔術師に破壊されない場所を保管しなければならないわけだが…………」

 オレを見た。

「こいつだけで、十分だろ」

 シュデルは首を横に振った。

「そうはいかないのです」

「掘って、逃げてくるだけなら、こいつは適任だ」

「ニダウならば、それでいいのですが、国外だと店長だけでは困るのです」

 桃海亭の内部事情に詳しいアーロン隊長は、すぐにわかったようだ。

「まだ、もらえないのか?」

「色々と理由をつけて、もらえません」

 オレとムーがもらえないのは、エンドリア王国が発行する通行証兼身分証明書。旅人がどこの国民か証明する大切な証明書だ。入国のときに提示を要求される。

 レティ・ノーラン事件のように、必要と思われる場合は発行してくれるのだが期間限定ものだ。商隊などが使う長期間使用できる通行証はもらえない。だから、オレとムーはいつも通行証なしで旅している。

 入国の際に通行書の提示をすることは、大陸法に定められた規則だが、大陸の西側は寛容で提示を求められることはほとんどない。逆に東側では求められることがよくある。大抵は適当なことを言って切り抜けるが、どうしてもダメな場合はムーがいれば裏技が使える。

 ムーは、魔法協会の5位。最上位魔術師には大陸横行の特権ある。そこの国の魔法協会から本部で確認してくれと言えば、大抵通過させてくれる。

「わかった」

「わかっていただけましたか」

 アーロン隊長が、腰につけた革も小物入れから畳まれた紙を出した。

「私のを貸してやる」

 差し出されたのは、アーロン隊長の身分証。

「店長、よかったですね」

「オレ、ひとりで行くとムーが残るぞ」

「ニダウ警備隊の精鋭、グッド・ジャーマンを桃海亭に住み込みで貸してやる。店番だろうが、料理番だろうが、好きに使え」

「ありがとうございます」

 アーロン隊長は嬉しそうで、シュデルも嬉しそうで、死霊の老人まで嬉しそうだ。

「お借りします」

 オレは恭しく、アーロン隊長の身分証を受け取った。



「なんでだろうな」

「なんでだろうしゅ」

 オレとムーは海辺で空を見上げていた。

 場所は、絶海の孤島。

「ここ、どこだろうなぁ」

「どこ、だしゅ」

 呑気に言うムーの頭をつかみ、ヘッドロックをかけた。

「ギブゥーー!」

 オレが腕を外すと、ムーは唇をとがらせ、首をさすった。

「何考えているんだよ!」

「ボクしゃんに、秘密でお出かけするからしゅ」

「オレがどこに行こうが、お前には関係ないだろうが!」

「おかしいしゅ!絶対におかしいしゅ!」

 オレが背嚢を持って店から出たのを、ムーは2階の自室で目撃したらしい。背嚢が膨れていたことから、旅行だ、何も言われていない、何かある、と考えて、必死に走って、先回りをした。

 オレはムーが追ってきているとは考えもせず、ニダウの門を出たところで乗り合い馬車を待っていた。ムーがいなければ、ウィル・バーカーだとバレずに乗せてもらえるかもしれないと思ったからだ。

 待っている間、うたた寝をしていたら、いきなり、後ろから抱きつかれ、急上昇。高度300メートルほどあがったところで、水平飛行。

 ムーのフライだから、スピードが半端じゃない。すぐに海に出た。しばらく飛んで、遠方に島が見えたところで『着水しろ!』とオレが喚いて、高度を下げて、着水。泳いで、この島にたどり着いた。

 1時間ほど前のことだ。

 それから『どこに行くつもりだしゅ』『何をするつもりだしゅ』と質問責めだ。

 放っておきたいが、ムーのフライを使わなければ、この島から脱出できない。

 かといって、魔術師のムーに【エラーの黒い手】のことを話すわけにはいかない。【エラーの黒い手】を手に入れた魔術師は<必ず壊さなければならない>らしい。

 シュデルは、オレが死霊から埋めた場所を聞くときは『万が一を考え』退席した。オレが無事に【エラーの黒い手】を手に入れたら、桃海亭ではなくアーロン隊長に預かってもらうことになっている。

 膠着状態から抜け出す方法が見つからない。

「………わかったしゅ」

 目の据わったムーが言った。

「今回、ボクしゃんは関係しないしゅ。知るだけしゅ」

 知りたいという欲求を満してくれれば、余計な手出しはしないと、いうことらしい。

「絶対だな?」

「絶対しゅ」

「オレを目的地まで届ける。オレが何をしても見ないふり。オレが手に入れたお宝も見ない、知らない、絶対に手を出さない。約束できるか?」

「できるしゅ」

 ムーの真剣な目にかけた。

「今回のお宝は【エラーの黒い手】だ」

 ムーの目が、点になった。

「約束だからな。手を出すなよ」

 点目のまま、1分ほどいたが、いきなり叫んだ。

「嘘だしゅーーーーーー!」

「オレも偽物だと思うんだけどな」

「絶対に、絶対に嘘だしゅーーーーーー!」

「実在するかわからない、伝説の契約書だろ。そんなもの………」

「ボクしゃん、欲しいしゅーーーーーーー!」

 殴った。

 ムーの頭を。拳で。思いっきり。

「痛いしゅ!」

 両手で頭を押さえたムーが、涙目でオレをにらんだ。

「約束したよな」

「いまので忘れたしゅ」

「オレが取りにいくお宝は?」

「【エラーの黒い手】しゅ」

「覚えているな。約束は有効だ」

 ムーが地団駄をふんだ。

「欲しいしゅ!」

「シュデルが言っていたぞ。『魔術師は手に入れたら、すぐに壊さないといけない』んだろ?」

「ボクしゃん、魔術師じゃないしゅ」

 非常識の塊は、平然と言い放った。

「わかった。とにかく【エラーの黒い手】を取りに行くぞ」

「どこに行くしゅ?」

「海運の町、ミロフェッタだ」




「いい湯だな」

「いい湯しゅ」

 オレとムーは海水温泉に浸っていた。

 海運の町、ミロフェッタ。

 エンドリア王国の隣国ダイメンを南に下り、海に突き当たったところにある町だ。バフク公国の交易を一手に担っているためミロフェッタはそこそこに裕福だ。そこそこなのは、場所に関係している。港町としては大陸のやや西側。東から西に向かう船と西から東に向かう船の補給基地として重宝されている。だが、陸路が悪い。繋がっているのが貧乏なダイメン王国だけだ。ダイメン王国の隣はさらに貧乏なエンドドリア王国。その他、周辺国が皆貧乏という貧乏国地帯にだから、海路で高級品を持ち込んでも商売にならない。

 ラルレッツ王国までいけば買い手はいるかもしれないが、ラルレッツ王国には西の海からあがる、豪華な品が大量に届く。適当な物をちまちま持って行っても商売にはならない。

 ミロフェッタ、国内の交易と大型船の補給で儲かっているが、陸路が使えないから、そこそこしか儲けられないのだ。

「海水温泉というのもいいよな」

「暖かいしゅ」

 孤島からフライで脱出。ミロフェッタの近くに着水。そして、今、公共の無料温泉に浸かっている。

「穴掘りで泥だらけになっても、ここがあれば安心だな」

「はいしゅ」

「そろそろ、あがるか」

「はいしゅ」

 海水温泉は無料だが、真水のシャワーは有料だ。

 二人で一緒にシャワーを浴びながら海水に浸った服を洗い、火照った体を冷やすふりをしながら洗った服を乾燥させ、適当に乾いたところで埋めてある場所に向かった。

「どこしゅ」

「地図によると、この道をまっすぐ行って………そこだ。その蛙の彫刻の右側を曲がって………」

 板壁があった。

 道が閉鎖されている。

「よし、こっちから回るぞ。ええと、そこを右に行って、赤い煉瓦の道が現れたら、そこを歩いて………」

 煉瓦の道が途切れていた。

 巨大な穴があいている。穴をのぞくと下は海だった。

「どういうことだ?」

「ほよっしゅ?」

「死霊の爺さん、地中に埋めたと言っていたんだ」

「ウィルしゃん、ミロフェッタは海上都市しゅ」

 もう一度、のぞいてみた。建物や道の下に、海が広がっている。

「あの爺さん、海底にでも埋めたのか」

「地中、言ったしゅ?」

「ああ、そう言った」

「地中、あるしゅ」

「そうか、あるのか……って、あるのかよ!」

「ミロフェッタの海上都市しゅ。都市を支える巨大な柱が、あちこちにあるしゅ。迷彩魔法で海中に見えるようにしているだけしゅ」

 海上都市を支える柱。

「その柱が土なのか?」

「はいしゅ。ほとんどは石しゅ。でも、地表には土も使われているしゅ」

 ムーが道の端にある石の箱のような物を指した。

「飲用の淡水を確保するため、雨水を活用する井戸システムが使われているしゅ」

「井戸システム?」

「井戸システムの周りに土が使われているしゅ」

「井戸システムは、今回の件に関係ないのか?」

「ないしゅ。ただの濾過システムのしゅ」

 さすが、動く辞典。

 聞けば、なんでも答えてくれる。

「ミロフェッタは建物をコの字かロの字に建てるしゅ。建物に囲まれた中庭に井戸を設置するしゅ。だから、探すとすればその辺りしゅ」

「よし、書いてもらった地図の建物のところに…………」

 コの字の建物だった。

 地図を受け取るときは、特に気にしなかった。だが、コの字の建物の中庭を、誰にも気づかれないように掘る作業は難易度が高い。掘っている間、囲んでいる建物の窓から丸見えだ。

 横穴を掘りたくても、海中都市の柱を破壊するわけにもいかない。

「どうしろっていうんだ」

 地図を前に悩んでいるオレの肩を、ムーが叩いた。

「大丈夫しゅ」

「本当か?」

「本当しゅ」

 ムーがコの字の建物を指でなぞった。

「飲料に使う真水は、井戸に入る雨水だけだと足りないしゅ。だから、建物の雨樋に流れる水も濾過システムを通過させて、飲料水に回すしゅ」

「それが【エラーの黒い手】と関係あるのか?」

「建物の雨水を濾過システムに入れる管は地中にあるしゅ」

「そりゃそうだろ。地上に出でていたら泥や落ち葉で汚れるだろうし、蒸発もするだろうからな」

「土は地表のちょっとだけしゅ。管が埋めてあるしゅから、掘って探さなければいけないは、ちょっとのちょっとしゅ。急いで行って、ちょっとだけ頑張れば、すぐに見つかるしゅ」

 人類の、違った。魔力をもたない弱々しい一般人の命運を握る重要アイテム【エラーの黒い手】が、簡単に見つかるとは思えない。

 笑顔のムーが、オレを急き立てた。

「やってみるしゅ。ダメなら、もう一度考えるしゅ」



「これか?」

 ロの字ではなく、コの字の建物だったので、中庭には簡単に入れた。中庭には人気はなく、建物内から中庭を見ている人もいなかった。

 中庭は井戸をのぞいて土に覆われているが、物を隠せるほどの土の深さがあるのは、地中に管が埋められているところをのぞくと、底辺約1メートルの三角形が4カ所だけだった。

 1カ所目を、急いで掘った。小さな園芸用のスコップしか持っていなかったが、土の層が薄いので、すぐに埋められいないのがわかった。

 まだ、誰も来ない。

 2カ所目で、細長い木箱を見つけた。人の腕は入らなくても、ミイラの腕なら入りそうだ。

「それしゅ」

 ムーの目つきが変わっていた。

 極限まで見開いた目が、ランランと輝いている。

「ボクしゃんに寄越すしゅ」

 オレには何も感じないが、ムーにはわかるのかもしれない。

「こいつは、このまま持って帰ってだなあ」

「寄越すしゅ」

 ムーが印を結んだ手を、オレに向けた。

 本気だ。

「ムー、何をやっているのかわかっているのか?」

「それを壊せば、魔術師は自由になれるしゅ」

「自由?何の自由だ?魔術師が、たくさん生まれることか?そうなったら、ムー以上の天才魔術師がワサワサ生まれるんだろうな」

 ムーの目が揺らいだ。

 その瞬間、オレはムーの顎を蹴飛ばした。

 空中を吹っ飛んで、地面を転がり、建物にぶつかって止まった。

「頭を冷やしやがれ!」

 転がったまま、動かなくなったムーに怒鳴った。

「オレは帰るからな!」

 視線を感じだ。

 振り向く前に、地面に転がった。

 オレがいた地面が、燃えていた。

「動くな」

 声は頭上から降ってきた。

 見上げると、建物の窓から顔がのぞいている。ひとりじゃない。50カ所ある建物のほとんどの窓から、オレを見下ろしている。

「そこにあったとは盲点だった」

「灯台もと暗しというわけか」

「我々に渡してもらおう」

「世界は魔術師のものだ」

「一般人はいらない」

「世界のルールが変わるのだ」

 それぞれが勝手なことを言っている。

 敵の数が多いと困ることもあるが、助かることもある。

 オレはジャンプして、最も近い窓の前を横切った。

「ぐぎゃぁーー!」

 一斉に撃った魔法弾が、窓の中の魔術師に当たった。

 オレは足を止めずに、隣の部屋の窓に飛び込んだ。部屋にいた魔術師の腹を蹴って動けなくさせ、部屋を通り抜けて、道路に出た。

 魔法弾がオレの足元をえぐった。が、無視して走り続ける。『一般人はいらない』という思想をもっている魔術師達なのだ。逃げなければ、殺される。

 魔術師達に追われ、オレはミロフェッタの街をひたすら逃げた。オレが持っている木箱が【エラーの黒い手】だと広まると、追いかけてくる魔術師の数はみるみる膨れ上がった。魔法弾を撃ってくる魔術師。高速飛翔で捕まえにくる魔術師もいる。

 オレを倒して【エラーの黒い手】を壊すという目的は一緒なのに、連携して共闘しないものだから、ぐちゃぐちゃ状態だ。オレを狙った魔法弾に当たった魔術師が、あちこちで悲鳴をあげる。

 わめく、叫ぶ、暴れる。

 ミロフェッタは、街中大騒ぎだ。

 オレは騒ぎを利用して、港を目指していた。

「もう少しだな」

 人を乗せる定期船で、魔法を撃ったら重い罪になる。外海でやったら沈没のおそれがあるからだ。港でもルールは同じだ。

 オレが港について、定期船に飛び乗れば、魔法弾を撃たれることはなくなる。

「待つしゅ」

 オレの前に、厄介な敵が立ちはだかった。

「よく先回りできたな」

「手伝ってもらったしゅ」

 ムーの後ろに、長身の魔術師がいる。高速飛翔で運んでもらったのだろう。

 泥まみれのムーが、オレに印を結んだ手を向けた。

「ウィルしゃんを殺したくないしゅ。【エラーの黒い手】をそこに置くしゅ」

「ムー、さっき自由になれるって言ってたよな。自由って、いいものだと思うか?」

「もう、騙されないしゅ」

「騙す?オレは本気だぜ」

 オレは、全力で右に飛んだ。

 ムーが手の向きを変える。

 その手を、足を伸ばして、思いっきり上に蹴り上げた。

「あっしゅ!」

 ムーが放った光の筒は、空に向かってのびていったが、途中、少しだけ建物の角を削った。

「賠償したくなければ、ついてこい!」

 オレが走り出すと、ムーもついてきた。『賠償』という単語は、この状況も有効らしい。

 襲いかかってきた敵を避けながら、港の桟橋を駆け抜け、泊まっていた船のタラップを駆け上った。

「よっしゃ、ゲームオーバーだ」

 汗だくのオレが叫んだ。

「それを渡してくれないか?」

 船長らしき人物が、ボウガンをオレに向けていた。

「まだ、終わらないのかよ」

 オレはうつむきながら、ムーの居場所を探した。オレと足の長さが違うムーは、まだ桟橋を駆けていた。【エラーの黒い手】を持っていないせいで攻撃対象にはなっていない。

「ムー!」

 立ち止まって、オレの方を見た。

「オレの前にいる男を………」

 身体をそらした。

 ボウガンの矢が顔をかすめて飛んでいった。

「危ないだろう!」

 叫ぶオレを無視して、船長は次の矢をセットして構えた。

 撃つ。

 至近距離から放たれた矢をよけるために、オレは身体をそらせた。同時に、持っていた木箱で矢をたたき落とした。

 ベキッ。

 イヤな音をたてて、箱が割れた。

 割れ目から、黒い棒のようなものが転がり落ちた。オレは拾おうと、一歩踏み出した。

 ボキッ。

 足裏に、イヤな感触がした。

 勝手に転がってきたのだ。

 オレはちゃんと見ていた。

 何もない場所に足を降ろしたのだ。

 船が揺れて、動いたのだ。

 誰かの声がした。

「【エラーの黒い手】が壊れたぞーーーー!」

 その声が終わる前に、オレの周囲から一斉に歓声がわいた。

「ウォーーーーー!」という巨大な歓喜の声は、ミロフェッタの街を揺るがした。



「店長、僕は言いましたよね。トラブルはごめんだと」

 目をつり上げたシュデルに怒鳴られた。

「お前を信じた私が愚かだった」

 青筋をたてているアーロン隊長に、にらまれた。

「オレ、頑張りましたよ」

 オレは、怒りで形相が変わった2人に、桃海亭の店内で正座をさせられていた。

 シュデルはカウンターに入っていて、アーロン隊長は椅子に足を組んで座っている。

「そうだ。お前は頑張った」

 アーロン隊長の隣に座っているアレン皇太子が、満足そうな顔でうなずいている。

「魔力なき者たちの守護者となったのだ」

 シュデルが、ギッとアレン皇太子をにらんだ。

「そこまで店長を評価されるなら、店長を王宮にお持ちください」

 アレン皇太子は立ち上がった。

「急用を思い出した」

 そそくさと店から出ていった。

 オレの味方はいなくなった。

「うぐっ……ひっくっ……しゅ」

 オレの隣に床に突っ伏して泣いているのは、ムー。

 帰りの馬車の中から、ずっと泣いている。両瞼は腫れ上がって、ひどい顔になっている。

「店長、この件で、桃海亭がさらに狙われるというのはわかっていますよね?」

 オレはうなずいた。

「ウィル、ニダウに今日だけで20人を越す刺客が入った。警備隊を過労死させるつもりか?」

 オレは首を横に振った。

 シュデルとアーロン隊長に、長々と文句を言われることになったのは、オレが【エラーの黒い手】を踏んで、壊したからだ。

 オレが踏んで壊した直後は、オレを追いかけていた魔術師達は狂喜した。ムーも踊るように跳ね回っていた。

 ミロフェッタの街の魔術師達が金を出し合って、オレとムーの為に貸し切り馬車を借りてくれた。それに乗って、ダイメン王国を経由してエンドリア王国に入り、ニダウに戻ってきたのだが、ダイメンの辺りでムーが首を傾げるようになった。手を開いたり、閉じたり、何度もした。そのあとは、ポシェットからメモ帳をとりだして、小さな魔法陣をいくつも書いた。簡単な実験を繰り返した後、泣き出した。『ボクしゃん、もう自由になれないしゅ』と。

 ずっと泣いていたので、何が起こったのかわかったのは、ニダウについてからだ。オレが【エラーの黒い手】を壊したと知った魔法協会は、いつもオレ達を担当している災害対策室ではなく、新たに【エラーの黒い手】対策本部を立ち上げた。 世界各所で現れると予想される、暴走する魔術師をくい止める為だ。

 だが、リミッターが外れた魔術師はひとりも現れなかった。不審に思った魔法協会が専門の研究者を集めて再調査を行った。

 調査結果。

 ウィル・バーカーが踏みつぶした【エラーの黒い手】は神との契約書のだったのか?という問いに対し、収納されていた箱を直接見た魔術師達は、特殊な魔力のようなものを感じたと証言。しかし、ウィル・バーカーが踏みつぶした黒い棒は炭素でできており、魔力のようなものは感じられなかった。棒を復元したところ契約の内容が神聖文字で書かれていたことが判明。復元により魔力は戻ることはなく、踏みつぶされた【エラーの黒い手】が神との契約書だったのかは判断できず、という結論だった。

 契約が無効になり、魔術師たちが制約から解放されたのか? という問いに対して、ウィル・バーカーが踏みつぶした棒が契約書であったと仮定した場合。契約に記された<理由なき一方的な大虐殺>等を実施することはできない為、また、一般人と魔術師の比率は数年を待たなければわからない為、断定できないが解放はされていないと考えられる。魔法協会にある契約書の写しと復元した契約内容はほぼ一致している。契約の内容が文言どおりならば、魔術師は解放の機会を永遠にこないものと推察する、という答えだった。

 契約書より抜粋。<魔術師により【エラーの黒い手】を破壊させし時、契約は無効となる>

「なんで、ウィルしゃんは魔術師じゃないしゅぅーーー!」

 床に突っ伏しているムーが嘆いた。

「オレに言われてもなぁ」

 オレが魔力を持たない一般人だった為、【エラーの黒い手】を破壊しても契約は無効にならなかった。一般人には感謝されたが、魔術師達には恨まれた。逆恨みだとわかっていても、オレを許せない魔術師達が多数いて、せっせと刺客を送り込んでくる。

 そのせいで、シュデルもアーロン隊長も大忙しだ。

 ミロフェッタに【エラーの黒い手】を埋めた死霊の爺さんだが、オレが【エラーの黒い手】を壊し、契約無効を阻止したことを知って衝撃を受けた。長い間、壊されないよう尽力してきた人々の苦労を、身を持っているしっているだけに『一般人が壊すだけでよかったのか』と、落ち込んだ。悪霊になりそうだったので、慌てて教会に連れて行って、空の上に旅だってもらった。

「ウィルしゃんの、バカァーーしゅ!」

 ムーは契約が無効になれば、莫大な魔力を有効活用できたらしい。夢見ていた魔法実験について長々と語っていたが、泣いているから何をいっているのかわからない。相づちだけうっておいた。泣き疲れて眠って、起きて、また泣いてを繰り返している。

 ムーが寝ているとき、魔法教会の災害対策室のスモールウッドさんがオレに会いに来た。内密の話があるというので、わざわざエンドリア支部まで行って話を聞いた。

 復元した【エラーの黒い手】に魔法教会の写しには書かれていない記述があった。記述の内容が判明した時点で箝口令が引かれた。現時点では上層部の魔術師と復元した研究員の数人しか知らない。

 重要機密事項をオレに教えてくれた理由。

<【エラーの黒い手】を破壊せしものが魔術師ではなかった場合、そのものが望んだ魔術師を契約から解放することができる。この特権は破壊せしものが死ぬまでとする>

 つまり、オレには魔術師を契約から解放する特権があるらしい。詳細が書かれていなかったので、やり方はわからない。

 スモールウッドさんがオレに教えてくれたのは、オレがうっかりムーやシュデルを解放しないようにだ。ついでに、解放して欲しい魔術師がでたら協力して欲しいとも頼まれた。考えておきますと返事はしたが、やり方がわからないのだから、どちらもムリだ。

「店長、僕の話を聞いているのですか!」

「聞いていたら、死霊を呼び込むようなことはしないだろう」

 正座しているオレに、シュデルとアーロン隊長が文句を言う。

 ムーは床に突っ伏して、泣き続けている。

 ドアにも、窓にも、スズナリの刺客。

 桃海亭は開店休業。

 オレは聞いているふり続け、目を開けたまま、うたた寝をはじめた。

 夢の中で、オレは手に入れ損ねた、金塊を抱きしめた。




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