ゆめをみる
十月三十一日 夜
「会いたかったよ」
「俺は会いたくなかったよ」
文芸戦争、これで何度としれない争いの中残った本の能力者二人が対峙していた。
魔術師と鍛冶屋。この二人がこうやって対峙するのは初めての事だ。鍛冶屋、福原雅人は魔術師、ジャン・D・クロウリーの素性をある程度調べていたようだが、クロウリーはそうではない。彼が雅人の居場所を突き止めたのはその魔術師の力によるものだった。
「『羅針盤』。これが僕を君の元までいざなってくれた。まさかこんな若い青年だとは思わなかったよ」
「もう三十手前のおっさんだよ。こっちこそ、そっちがそんなに老けてるとは思わなかった」
一週間前声を聞いただけでは三十代中頃かそこらだろうと思ったが、実際に対峙してみるとクロウリーと言う男は予想よりも十以上も歳をとっているように見えた。
「当年取って五十さ。それなりに生きていると考え方や知識も豊富になる」
「それで魔術師か。ただ名前に洒落こんだだけかと思ってたよ」
「あー、そう言えばそうだね。考えもしなかったよ」
嘲笑し、すぐ表情をこわばらせる両者。
「さて、御託はともかく。…始めようか」
「それもそうだな」
「「書籍掌握!」」
二人がそう叫ぶと、その場が一気に振動した。この空気を感じ取ると同時に陽介は府城第二高校の裏門から学校内へ入った。ズンズンといった、まるでライブ会場のような重低音がそこら中に響いていた。これが人間二人の戦闘だと思うと彼は背筋が凍るような気持ちになった。だがこの空気に気圧されるわけにはいかない。雅人が勝利すれば良いが、もし彼が敗北した場合、次にクロウリーとと対峙するのは自分になる。勝つためのヒントを、一つでも多く彼らの戦いから陽介は手に入れなければならなかった。
「…な、んだこれ」
校庭の見渡す事のできる場所にたどり着き、陽介の目に入ったのは予想をはるかに超えた光景だった。
地はえぐり取られ、煤けた臭いが鼻腔を不愉快にくすぐった。そんな中、初老の男が校庭の隅に、その男の視線の先、二百メートルほど向こうにうつ伏せの男が一人。他でもない、福原雅人その人だ。
「他愛無い。数分と持たなかったな」
この距離があっても、不思議と声を聞き取ることが出来た。だが、戦闘が始まってから本当に数分足らず、それで勝負が決まるとは考えづらかった。
「だが、地雷という考えは上手かったな。私も一撃くらってしまった」
すると男は片足を引き摺りながら歩き始めた。
「…!」
『声をだすな』
「え?」
『作者が唯一、個別の能力以外で使える能力だ。テレパシーだと思ってくれていい。残り少ないページで
ヤツを倒すのはやはり無理だったらしい』
「でも」
『大丈夫。君は負けない。君はクロウリーどころか作者すらも欺くのだから』
「え?」
『どう考えても俺はあいつに勝てない。だから考え方を変えたんだ。この戦いの元締めである作者を欺いてしまう力があればクロウリーどころかこの戦いすら無かったことにできるんじゃないかって。君がもつ膨大なページと、残り少ない俺のページを足す。それで君は作者の居ない、誰も作者の玩具にならない世界を創るんだ』
「もし、失敗したら?」
『あの男が何を願おうと、作者はまたこの戦いを繰り返す。その何回目かで誰かが世界の滅亡を願うかもしれない。そうなれば一緒だ。君の願いを、望みを本に込めるんだ。天地創造の話くらい、君にとっては常識だろう?』
「けど…」
『信じるんだ。俺も信じる。君はただ、明日を願えばいい。あぁ、もう時間だ…』
雅人の声はそこで途切れた。
「やはり来ていたか少年」
ビクリと肩が震える。校庭からここまでは端から見ても五十メートルほどある。片足を負傷した状況でここまで来ることは容易では無いはずだ。
「お前は何者だ?能力者はもう私だけのはずだが。ルール改変が間に合っていないようだから君の力を教
えてくれないかな?悪あがきなら降伏して命だけは残した方がいい」
「降伏?」
「ああそうだ。あの男のように無駄に命を浪費することは無い。君が負けを認めれば私のもとである程度の生活は保証しよう」
「黙れ!」
怖かった。だが何かが吹っ切れたように大声がでてしまう。
それでも対峙しているこの男は相手を数分で瀕死まで追い込む輩だ。ここまで距離を詰められてしまえばもう勝ち目は無い。この状況でこの男だけでなく作者まで欺く力を思いつけなどとはよく言ったものだ。
「雅人の死も、これまで敗れた人たちの死も無駄じゃない。この戦いに無駄があるとするならこの文芸戦争自体が無駄だ」
「面白いことを言うね。この人類選別会は戦争という名前を使った選挙のようなものだ。戦いの勝者を民意とするね」
「いや、無駄だよ。そんなもの無くても人は文明を創りだしたし、科学を発展させた。もしそれが作者によってもたらされたというならそれは作者の欺瞞だ。人のためにと知力を尽くした学者たちへの冒涜だ」
考える前に言葉どんどん溢れてくる。これまで読んできた論文書のすべてがそうだった。これが誰のためになるのか、家族、世界、社会。どれであろうとこれが誰かの為になるという希望に満ちたものだった。生物研究は全く関係ないように思える乗り物やロボットの開発に役立っている。その反面、自分が見つけた技術によって多くの命を奪われ、後悔や反省にまみれた学者も居た。だがそのすべてが『誰かのために』という理念の元生まれた。足の不自由な人のために車いすが生まれたし、耳の遠い人のために補聴器が、視力が低下した人のためにメガネが生まれたように科学はいつも人を助けてきている。その一つでも作者のおかげだと言ってしまえば原子力開発に従事した米国の学者の悲しみも、初めて空を飛んだ兄弟の喜びも嘘になってしまう。そんなこと、誰だって認めたくない。
「じゃぁ君は何を望む?作者の存在が世界を否定するのならばそれを倒すとでも言うのか?」
「ああ、そうだな。そんな糞ったれな奴が世界の根幹を握っているなんてゴメンだ。それが世界で、それを受け入れるしか無いなら俺はこんな世界…」
言葉が止まった。何をすべきか、そしてそのために自分に何が出来るのかはわかっている。だがそれを言ってしまえばもう後には引けない。まだ少し迷いがあった。
『ただ、明日を願えばいい』
雅人の言葉が再び脳裏に響いた。そう、簡単なことだ。人が眠りにつくときに明日を想像するように、陽介はその力を使って明日を創造すればいいのだ。
「こんな世界、ぶっ壊してやる!」
「書 籍 掌 握 !」