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あしたのゆめ  作者: 福永 護
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どあのむこう

十月二十四日 夕方



 晶子は既に帰っており、鍵を職員室に預た。少しの罪悪感を抱きながらも本をポケットに入れたまま陽介は学校を後にした。常磐マンションは陽介の通学路の途中にある。この辺りではそれなりの大きさのあるマンションで、建設当初は景観を壊すなどと言い合いになったが、結果として近所に新しいスーパーやその他商業施設ができて完成したメリットしか無かった。六階建て全十八室のマンションが全部で六棟、それが六角形の対角線のように並んでおり、その中央には小さな公園が作られている。さらには、その向こうにある住宅地も合わせ、府城市の人口は膨れ上がった。今でも宅地開発は進んでおり、この数年で空き地だったり林だった場所に家が建っている。


あの男、福原雅人はこのマンションの第五棟の六階に住んでいる。普段から常磐マンションは外から眺めるばかりで、実際に足を踏み入れることは無かった。此処に友人でも居れば違ったのだろうが、陽介の周りには居なかった。


 オートロックのため、部屋番号を指定してインターホンを鳴らす。


「どちら様でしょうか?」


 男性の声を想像していたからここで女性が出ると驚く。だがそれを悟られないように陽介は口を開いた。


「府城第二高校から来ました。橘と言います。雅人さんはご在宅でしょうか?」

「あら。ちょっと待って下さいね」


 そう言うと女性はその場を離れた。数分としない間に入り口の自動ドアが開いた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 何の疑いも無く招き入れられた事に驚きながらドアをくぐる。


「意外としんどいな…」


 エレベーターもあったのだが、すぐ着くだろうと階段を使い始めたは良いが六階分の階段と言うのは意外と長く険しかった。だがもう四階だ、ここまで来たらもう後には引き返せない。乱れた息を整えながら何とかメモにあった部屋に辿り着いた。表札に名前が無かったため、不安に思ったが呼び鈴を押し、住人が出てくるのを待つ。


「いらっしゃいませ」


 すぐにドアが開き、インターホンと同じ声が聞こえた。


「主人にこんな若いお友達が居たなんて知らなかったわ」


 ニコニコしながら彼女は応対してくれた。福原本人は現在仕事の電話が入っているらしく、少し待つように言われた。


「差し支えなければお伺いしたいのですが…」

「はい、何でしょう?」

「ご主人のお仕事は一体?」

「あぁ、主人は作家をしております。ご存知ありませんか、「王の書棚」って本を出しているんですけど」


 そういえば、と陽介は思い出した。

 福原雅人といえばそのタイトルでデビューした新人作家で、売れ行きもそこそこだと聞いたことがある。陽介自身も、文庫版が出てすぐに買って読んだ覚えがある。


「待たせてすまんな。こっちに来てくれ」

「はい」


 隣の部屋から昨晩の男が出てきた。福原雅人。新人作家にして昨日武器を手に戦っていた男。だがあの時のような殺気は感じられない。


「思ったより来るのが早かったな‘橘陽介’くん。俺は福原雅人、作家だ」

「さっき奥さんから聞きました。結婚してたんですね」

「この仕事でなんとか食っていけるようになったからな」

「新作の話を聞きませんけど」

「…痛いとこつくな君。それはともかく、昨晩の話をしよう。本は持っているか?手のひらサイズのやつなんだが」

「それなら…あれ?」


 地下室で見つけた本だろうと思いポケットに手を入れるが、そこにはもう入っていなかった。他のポケットや鞄の中も見たが、見つかることは無かった。


「無くしました」

「それは無いから大丈夫だ。『ブックオープン』」


 雅人がそう言うと、彼の手のうえに光を帯びた本が現れた。次第にそれは薄れ、陽介が拾ったものとよく似た本になった。


「本は常に作家とともにある。これは君が巻き込まれた文芸戦争における命であり、武器だ。これは昨日君と居た場所以外では一定時間で再び体内に吸収される。意識の中といったほうがいいかな。意図的に戻すことも出来るよ」


 そう言って彼は手を閉じた。すると本がすぅっと消えてしまった。


「同じように呼べば出てくるはずだ。やってみて」

「はい」


 手を出して「ブックオープン」と唱える。すると同じように手のひらに先ほどの本が出てきた。


「赤茶色か。開いて見せてくれ、所持者以外は触れられないんだ」

「はい」


 そのまま一ページ目を開く。何度見てもこのページ以外何も書いていない。書いているとはいえその文字を解読することは到底できなかった。


「ここを見てくれ」


 そう言うと雅人はページの中央付近にある文字を指さした。字体こそは崩れているが、かろうじてアラビア数字のようなモノが見える。それが正しければそこには「24000」と記されていることになる。


「数字ですか?」

「ああ。これはこの本の総ページを意味する」

「そんな厚くは見えないですけど…」


 本の厚さはどう見積もっても五百から六百ページほどだ。そこに二万もの紙を押しこむのはいささか無理がある。


「文芸戦争における本のページとはそれに宿された力の蓄積量によって決まる。そしてその平均は一万弱といったところ、中には五千にも満たない者も居る。それを考えるとこれはとてつもなく多いものだ」

「ちょっと待って下さい。僕はそもそもその文芸戦争っていうものが何なのかすら聞かされてないんですよ?第一に巻き込まれた言われなんて無いし、どこかに応募したり志願した覚えだってない」

「そうだったな…」


 そう言うと雅人は口を一度つむぎ、ゆっくりと説明を始めた。



 文芸戦争と言うのは「作者」と呼ばれる存在が人類を無作為に選び「本」を使って戦わせて残った者に勝利の栄光と共に商品を与えるというものだ。その商品が何であるかどうかは分かっていない。故に憶測が飛び交っている。過去の文献や言い伝えをまとめると作者から本を超えるさらなる力を与えられるというのが有力な候補となっている。選ばれた人類は「作家」として本を従える。そして「書架ブックフィールド」と呼ばれる世界の中で死闘を繰り広げるというのが基本である。


「作家として選ばれたのは十二人、そして君が十三番目の作家ということになる。そして残ったのは君と俺含めて三人」

「なんか突飛しすぎて意味がわからないです」

「中には本当に本を書いている人間もいるからな。学者だったりも大勢いる。そんな中君が選ばれたのは俺にも分からんが」

「その、負けた相手はどうなるんですか?」


 そう問いかけたのを陽介は後悔した。彼の表情が明らかに曇ったからだ。そして昨日の景色を思い出す。膝をついたひとが砂になって世界の一部となる。あの光景は美しかったが、それ以上に悲しさや寂しさを感じた。


「戦い、本のページをすべて失ったものは書架の砂として昇華される。敗者も同様だ。現実世界では事故死であったり、自殺といった死因であるようにされることが殆どだそうだ。著名な作家や学者が短命なのはこの戦いに敗れたからでは無いかと、今になっては思うよ」

「…すいません」

「構わないさ。続きは書架で話そう。あそこは戦場だが俺たち作家以外は不可侵の領域だ。たとえ作者であっても介入できない。本を認知した今なら眠りに落ちると同時に書架へと誘われるだろう」

「…分かりました」


 明るく振舞っていたが、明らかに何かを引きずっているように見える雅人の態度に後ろ髪を引かれながらも、陽介は彼の部屋を後にした。奥さんが何か言っていたような気がしたが、なんにも耳には届かなかった。世界が突然非日常に変わった高揚感と不安感が入り混じって自分がおかしくなりそうになる。そのままベッドに入るまで、世界すべての音が陽介の鼓膜を揺らしたが彼の脳がそれを認知することは無かった。

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