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あしたのゆめ  作者: 福永 護
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ゆめのなか

そう長くない話ではありますがよろしくお願いします。

十月二十三日 夜




 一面の星空だった。橘陽介が目を開くと見慣れた町の中で、彼は不自然にもそこで寝ていたらしい。部屋で寝ていたはずが服装も制服になっており、周りを見渡しても街灯一つ点いていない。真っ暗なはずの世界だったが、そこは薄明るい景色が広がっており色もなんだか褪せて感じる。夢の世界とも感じ取れるこの場所を歩いていると声が聞こえた。


書籍掌握(ブックダウン)!」


 透き通るような声が響いた。どこまでもどこまでも、地球の裏側まで届きそうな声をたどると陽介は二つの人影を見つけた。


 二人は武器を持ち戦っている。拳銃と刀を振り回し、二人は殺しあっていた。


「それ以上使えばお前の本は消えるぞ!」

「構うものか!」


 同時に言い争っていた。彼らが何を言っているか分からず陽介は流れ弾を受けないように物陰で小さくなるしか無かった。


 どれくらいの時間が経っただろう。十分も経っていないかもしれないし何時間も経ったかもしれない。本当に夢の中のようだ。そっと男たちを伺う。


「!」


 消えていた。いや、消えかけていた。拳銃を持っていた男の身体がまるで砂のように崩れ落ちていった。最後の塵が消え去ると、刀を持った男は膝を付き肩を揺らしていた。泣いているのだろう、声こそ聞こえないが彼の悲しみはその背中が痛いほど語っていた。


「誰だ!」


 ドクン。


 心臓の更に奥、そこが跳ねる感覚が陽介を襲った。しっかり隠れていたはずなのだが、戦いの後、精神を研ぎ澄ました男にはバレてしまったらしい。


「す、すいません。盗み見するつもりは無かったんです?」

「…」


 男は陽介をジロリとつま先から頭の先まで何度か目線を往復させると口を開いた。


「お前、作家か?」

「なんですか、それ?」





「…」


 目が覚めると陽介は自室のベッドの上に居た。とてもリアルな夢を見ていたような気がするが、なんだかよく思い出せない。


 だが呆けている訳にはいかない。彼はここ府城市における進学校「府城第二高校」に席を置く高校生だ。何時迄もこうしていたら学校に遅刻してしまう。いそいそと制服に着替え、重いかばんを掴み、彼は部屋を出た。


「行ってきまーす」


 母の準備してくれた朝食を食べ、弁当を鞄に詰め込み玄関を開く。何一つ変わらない日常だ。だがひと

つ、昨晩見た夢のことだけが彼の頭のなかでしこりを作っていた。

 授業はいつも通り行われ、滞り無く就業時間を迎えた。部活動をしているものはそのまま部室へ、そうでないものは帰るなり先生に質問しに行ったりと自由な時間を過ごしている。陽介も部に所属しいないにもかかわらず、放課後を学校で過ごす生徒の一人だった。


 図書館。と聞くと静かで重苦しい空気と古い紙と使い込まれた本棚の臭いがするというイメージだろう。コレが苦手で此処と疎遠になっている者も少なくない。だが陽介はこの空気が好きだった。


「あんたここんとこ専門書ばっかだけど面白いの?」

「展開が分かりきった小説読むよりは楽しいです。知らない用語とか調べたりすると勉強にもなりますし」


 借りていた本をカウンターに返すと司書の夏目晶子が声をかけた。陽介は入学してからの一年間で個々にある小説の全てを読破してしまった。もちろん授業時間を使ったということはない。慣れた作業と言うのは最適化され、早くなる。彼にとってそれが読書という行為だっただけの話だ。


「今日も地下室使うの?」

「はい」

「んじゃ鍵。今日は早く帰るからあたし居なかったら職員室に鍵置いといて」


 彼女から地下室と呼ばれる部屋の鍵を受け取ると陽介は一階であるここから更に下へ降り、仄暗い場所にある扉の鍵を明けた。府城第二高校図書室にある膨大な蔵書のほとんどはこの地下室に保管されている。長年にわたって卒業生が持ち込んだ専門書や古い小説などが大量に収められている。ここまで蔵書が膨れ上がったのは晶子の前任に当たる司書がそれを拒むことなく受け入れたからだと、彼女が愚痴をこぼしているのを聞いたことがある。七万を優に超える蔵書を一人で管理するというのは相当骨が折れるだろう。


「ん?」


 地下室の奥の奥。陽介もあまり見ない考古学の棚に足を向けた。その中で一冊だけ異彩を放つそれがあり、陽介の目は釘付けになった。


『文芸戦争』


 背表紙にはそう記されており、寄贈者の名前も日付も不明とされていた。だがその他の蔵書とは比べ物にならないほど古いものであることだけはその手で分かった。だが状態は極めてよく、紙もまだしっかりと印字された文字をこちらに示していた。


 本と呼ばれるものをを手にした作家と呼ばれる人々が書架と呼ばれる特別な空間で個々の能力を使い殺しあうという内容が日記帳に記されていた。


――敗者は書架にて本と共に砂になる。


 その言葉に陽介は目を奪われた。それはまさに昨日、夢の中で見た景色のことだったのだ。人が砂となり、風に乗って流されていく。まるで貝殻や珊瑚が海の砂になるように、ポロポロと彼の身体は朽ちていた。その後のことはとページを捲ったがそこからあとは白紙となっており、何も書かれていなかった。最後までめくり裏表紙に癖のある書体で英単語が記されていた。


「…ぶっく、おーぷん?」


 筆記体と言うのは日本語の草書ほどでは無いが慣れていても読めない癖がある。単語自体は単純だったが、読み取るにの少し時間がかかってしまった。


「って、うあっ」


 それを読んだ直後、陽介の胸元から弱い光が発せられた。それに驚いた彼はそのまま尻もちをついてしまう。当然のことながらその手に持っていた本は手から離れ床に落ちてしまう。


「やっべ、本壊れたら怒られる。ってあれ?」


 本を拾おうと、落とした方に目をやるとそこにはもう一冊、同じ製本ではあるが一回り小さい革張りの本があった。


「なんだこれ」


 文芸戦争と題された本を棚に戻すと、もう一冊の本を手に元あった場所を探す。転んだ拍子に棚から落ちたのかもしれない。だが、どこを見てもそれらしい空白は無く、とりあえず晶子に預けようとポケットに入れようとしたところで、その中に先客がいるのに気づいた。


『府城市宇野島205番地 常磐マンション第5棟 603号室 福原雅人』


 一瞬何のことだか分からなかったが、昨晩の夢の最後、男から一枚のメモ書きを渡されそれをブレザーに入れたことを思い出した。


「アレは夢じゃなかった?」


 現実感こそなかったが、妙にリアルな夢。アレは夢でなく現実に起きたことだったと彼は実感し、男が「思い出したらここに来い」と言ってた言葉を信じその住所に足を運ぶことにした。

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