第8話 自己紹介
俺は教壇に立ち、教室にいる6人を見渡す。舌打ち男が縛り付けられた椅子の傍に立つエイダ教官のことも、きちんと。
笑顔を作って、教官らしく話し出す。
「お早うございます、皆さん。トラブルはありましたが、全員が出席できたようで何よりです。
さてと、今日は初日なので自己紹介と二者面談をしたらお開きにするつもりです。さっさと終わらせて寮に帰りましょう」
エイダ教官の表情が不愉快そうに染まっていった。うん、分かるよ、何でそういう顔なのか。でもまだ勇者候補5人しかいないじゃん! 授業できないから!
あ、明日になったら、やろうかな。
……エイダ教官の表情は見なかったことにして、話を続けた。
「じゃあ最初は自己紹介で。俺からエイダ教官、それから皆さんは適当に言ってってください。名前とか年齢とか、趣味や、勇者候補になれての気持ちとか」
5人の顔が真剣に───いや、縛られている舌打ち男は怠そうにしているな。俺も怠いんだから、ちっとは我慢してくれよ。
「俺はノア・アーカイヤといいます。歳は24です。趣味は暇潰しですかね。3年間分、情報がないので何か有名な出来事は教えて下さい」
牢屋にいた3年間、何の情報も得られなかったのだ。これはキツい。情報収集は勝つために必要不可欠だから。
俺が言い終わると、エイダ教官が生徒諸君を見ながら、温かく笑う。
「私はエイダ・ギレンラです。ノア教官の補佐をします。歳は23歳で、趣味は特訓です。剣技でも魔法でも、練習したい人は私に声をかけてください!」
趣味が特訓か。努力家というか、なんというか。筋肉ウーマンだったりするのだろうか。
エイダ教官の次は、端の席に着いている生徒から立ち上がり、言っていった。
まずは、最初に尻餅をついていた、ピンクゴールドの髪と琥珀色の瞳の少女。
「わ、私は、リマ・ニフェンです。12歳です。趣味は踊ること、です。勇者候補になれたので、勇者目指して頑張ります」
可愛らしい子じゃないか。健気な雰囲気がなんとも……げふんげふん。
「いい意気込みですねー。はい次」
リマの隣の席の、つり目の少女が立ち上がった。オレンジ色の髪と瞳が綺麗だ。スレンダーな体なのが、惜しいな。
「あたしはミリフィア・メイデン。16歳よ。趣味はエイダ教官と同じく、特訓かしら。勇者候補になったからには、ちゃんと強くなって勇者になるわ」
この子はリマが舌打ち男に攻撃されかけたとき、守ろうと動いた子だ。正義感が強いのだろう。
「立派ですねー。次いきましょー」
ミリフィアの隣は、リマが攻撃されかけていても、関わりたくないと───いや、興味がないとばかりにずっと本を読んでいた少年だ。
新緑色の髪の毛は柔らかそうだ。瞳は深緑色で、森を思い起こさせる。細身の体から、剣はあまり使わないだろうのだろうと思う。
そいつは本を残念そうに閉じて、俺を見た。
「ルツ・ディルス。18歳。読書。頑張る」
すぐに座った。うーん、世の中の全てがどうでもいいって態度だな。しかも目が眠そうにとろんとしている。君、読書のし過ぎ。夜はちゃんと寝ようか。
「簡潔にありがとうございまーす。じゃ、次」
立ち上がったのは明るい茶髪に蒼い瞳の男の子。この子は舌打ち男を見て顔をしかめていたよな……。
「俺はエレン・オスタリアです。17歳、趣味は運動です。勇者になって魔王を倒せるように、鍛練していこうと思います!」
にかーっと浮かばれた笑顔は人懐こい。これが本性まんまだとしたら、付き合っていけそうな人種だ。
これが偽りだったら、厄介な腹黒という訳だ。
それで、次の奴だが───
「はいはい、じゃあエイダ教官、そいつの猿轡外してください」
「分かりました」
───舌打ち男なんだよな……。
こいつは本当に、俺の嫌いな奴に似ている。濃い灰色の髪も、くすんだ緑色の瞳も、ひねくれたような顔立ちも。
だがそいつはもっと狡猾そう───否、狡猾な奴だった。ずる賢い戦略を立て、自分にとっての邪魔者を速やかに消していた。
こいつは正面切って戦うことしか出来なそうだ。
猿轡を外したが椅子に縛り付けたままで、自己紹介を促した。
舌打ちをしてから、男は俺を睨んだ。
「ジルベルト・ド・ワーシレリアだ。17歳。趣味などない。勇者候補だとかは、勝手にやっていてほしい。俺には関係ねぇ」
「ごもっともな意見をどうも」
言えてる。勝手にやっていてほしいほしいよな、うん! 分かるよ!
内心は頷きまくりな俺だが、実際には冷たく嘲笑を浮かべていた。こいつはこの態度を変えさせないと、これからトラブルが多く発生するだろうから。まずは刺激してみないとならない。
「やはりワーシレリア公爵家の子でしたか。随分とお父上に似ている」
意識せずともワーシレリア公爵を嘲る声音が発せられる。
俺を睨む目が更に強くなり、苛立ちが増されたと分かった。それは父親を嘲られての怒りか、自身が父親に似ていると言われての怒りか。
「顔立ちなんかもそっくりだ。いっそ憎らしいほどに、ね」
ギリッ、とジルベルトの歯が噛み締められた。
さぁ、どう来る? これで怒ってくれれば、まだ希望はある。こいつがまともな道を歩けるかどうかの。
「俺は……ッ」
「はい」
俺を睨んでいた瞳が、ふっと斜め下を見た。
え? どうしたよ、ここで反応してくれないと、俺これからどうすればいいか困っちゃう。
「……てめぇは、何で父上を知っているんだよ」
あぁ、そう来たか。まずは相手を疑うことにしたのか。
こいつもちゃんと父親の血を受け継いでいるのか。でも疑うことは貴族として当然の行為だ。17歳として、平均並みだ。
俺は冷笑から素の表情に戻した───ように見せるため、呆れの意を込めた苦笑いをし、肩を軽く竦めてみせた。
「仕事柄です。色々な貴族に会ってきたもので」
「……」
「さて、全員の自己紹介が終わりましたね。じゃあ俺が少し話をしてから二者面談といきますか」
全員が、怠そうでも眠そうでも俺を見ている。ちゃんと聞いているな。
「実は俺、今日初めてここの教官になると知ったんです。学園長の勝手と、事情で、ならされました。
それまではずっと、かの有名なマレディオーネ監獄にいました。仕事で居たのではありません。むしろ仕事をさせていた人間です」
仕事をさせていた、と聞いて長官の立場だったのかと考える奴もいるだろう。
かの有名な、というのは、マレディオーネ監獄には極悪人しか収容されないと誰もが知っているからだ。脱獄しようとすれば即、首が胴体とおさらばする。牢屋に独りぼっちで、腐敗臭のするなかで生きていくのは、精神的に辛い。そうしてあそこに収容された罪人は、狂いながら死んでいくのだ。
かく言う俺も───
「収容されていたんです。今朝、死刑囚にされました」
「嘘っ!」
信じられない、と言いたげに叫んだのはエイダ教官。生徒達は、俺を反射的に嫌悪の目で見たり、冗談だろうと思い笑っていたり、顔をしかめていたり。
だがな、これは本当なんだ。
「君達の担当教官は死刑囚です。3年間分の情報がないのは、3年前から監獄にいたから……」
「帰らせてもらうわ!!」
オレンジ色の髪の少女───ミリフィアが勢いよく立ち上がり、教室を出ようとする。
死刑囚が目の前にいることが気に食わないか、死刑囚が教官だからか。どっちもだろうな、こりゃ。
だけどまだ帰すわけにはいかないのだ。二者面談が終わっていない。始まってもいない。
「エイダ教官、彼女を捕まえて」
「……」
「エイダ教官?」
「あ、はいっ」
エイダ教官がミリフィアを宥めて、教室にとどめさせた。
やっぱり後で言う方が良かったか。でも信頼関係を結んでからじゃ、逆に混乱させてしまうだろうし、今しかなかったのだ。
「えー、俺は死刑囚で、罪人ですが、教官としての勤めは果たします。魔王が君達を殺そうとするならば全力で守りますし、返り討ちにしてやります。
信頼はしなくていいので。利用してくれていいですよ? 実力は学園長に太鼓判押されましたしね」
俺は始終、にこにこしながら喋り続けた。無表情より怖くないだろうと思って。ゼロ円スマイルだ。
きっと、エイダ教官や勇者候補達にとって俺は意味不明な人物になっている。
死刑囚を学園長が連れてきた理由も不明であり、本人は『利用してくれていい』と言う。何を思っているのか、予想もつかない。
俺が何の罪を犯してマレディオーネ監獄に入れられたのかも、気になっているはずだ。詳細を語ってもいいけど、こいつらには刺激が強い。顔色を悪くさせたくはない。
これ以上ここにいても話は進まない。強制的に二者面談へ移行させるとしよう。
「じゃっ、俺は資料準備室にいます。二者面談が嫌ならエイダ教官に付き添ってもらってもいいですよ」
ひらひらと手を振って、俺は教室を出た。
資料準備室は書類が積み上がっていて、その匂いが3年前のことを思い起こさせた。
書類の整理とかやってばかりだったから、3年前までは。
「3年前かぁ……。若かったなぁ……」
俺は溜め息を吐きながら、端にあった椅子に腰を下ろし、生徒が来るのを待つことにした。
お読みいただきありがとうございますm(__)m
この1話の登場人物
ノア・アーカイヤ 主人公。黒髪黒目。勇者候補の教官。
取得属性魔法:闇、水、雷
エイダ・ギレンラ 美女。水色の髪と群青色の瞳。勇者候補の教官の補佐の教官。((ぶっちゃけ、学校で言う副担任です
取得属性魔法:治癒、火
リマ・ニフェン 12歳。ピンクゴールドの髪に琥珀色の瞳。
ミリフィア・メイデン 16歳。オレンジ色の髪と瞳。正義感が強そう。
ルツ・ディルス 18歳。髪は新緑、瞳は深緑。読書してばかり。
エレン・オスタリア 17歳。明るい茶髪に蒼い瞳。人懐こそう。
ジルベルト・ド・ワーシレリア 17歳。濃い灰色の髪とくすんだ緑の瞳。公爵家嫡男。ノアとの印象は互いに良くない。