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第10話 気に食わない教官《ジルベルト目線》上

 ジルベルト君目線です。なんか予定していたような悪い子になってくれませんでした……。


 俺はジルベルト・ド・ワーシレリア。公爵家の長男だ。次期公爵を約束されている。


 今年の2月に、俺は自分に勇者の素質があると知った。その事実は、母上を喜ばせてくれた。



『よくやったわ、ジル。あなたのことを聞いて、きっとあの人も帰ってくるわ』



 3年間ずっと帰ってきていない『あの人』。それは俺の父親であり、ワーシレリア公爵家現当主だ。

 3年前以前もあまり家には帰ってこなかったが、ある日を境にして姿を見ることすらなくなってしまった。


 その『ある日』とは、クーデターの起こった日のこと。上流貴族のほとんどが住む王都が、火の海に包まれた日のことだ。

 ワーシレリア公爵家の館は酷い地区より離れていたから、家に籠っていれば被害を受けなかった。だが窓の外に見えた惨事は……酷かった。


 いや、この話はいい。問題はそこじゃない。

 重要なのは、あのクーデターから多くの貴族がいなくなったということだ。王都で起こったクーデターだから、王都に住む貴族が死ぬのは必然だろうが……、死体すらなくなるのはどう考えても不自然だった。

 中には死体が見つかった貴族もいたが、見るも無惨な状態だったと聞いた。


 父上は、行方不明の貴族の一人だ。とは言え、父上の場合は他と違う。他の貴族からは何の連絡もないが、父上は邸に安否を知らせる手紙を送ってくるからだ。筆跡も父上のもので間違いはない。


 だけど、生きているなら何で帰ってこない? もう母上が公爵家を仕切っているが、いいのだろうか? ───公爵家当主代理として、母は大変イキイキと働いているのだ。

 そんな母上だって、父上の帰りを待っているのだから、手紙だけでなく自分自身が邸に来てほしいものだ。




 俺が勇者候補になれたことを母上は喜んだが、俺自身は疎ましいとすら思った。

 魔王を殺すなんて、余所でやっていてほしい。俺はそんなことよりもっと重要な仕事が残っているのだから。───公爵家当主になるにあたっての、仕事が。



 しかし結果的に、俺はブランシュ学園に放り込まれた。名門校のくせに国の辺境にあるという、あの有名なブランシュ学園だ。

 入学するまでに、学園のことは出来る限りのことを調べた。


 曰く、学園長が変わり者。

 曰く、勉学より戦闘について学ぶ場所。

 曰く、教官は訳ありの者が多い。

 曰く、廊下の一部には秘密の場所へ繋がる通路がある。

 などなど、胡散臭い話ばかりが集まったが。


 しかも、勇者候補の担当教官のことを調べようとしたら何も分からないときた。


 ……俺はこの先、やっていけるのだろうか……。平民がほとんどのこの場所で……。

 そんな風に思っていた矢先、早くも仲良くなったらしい女2人が聞き捨てならないことを言った。


「───噂の『闇宰相(やみさいしょう)』、また悪さし出したんだって───」


 『闇宰相(やみさいしょう)』。それは父上のあだ名だった。今まではその意味を深く考えたことはなかったが、明らかに良い意味ではない。


 15もいってなさそうな少女の言葉に俺はつい動揺した。

 そして勢いづいて立ち上がって、その少女に手を向けていた。


「どういうことだ。()()悪さをし始めた、というのは」


 俺は父上の外での姿を知らなかった。邸では何かと変わった人物だったが……。

 宰相として今まで何をしてきたかも、よくは分かっていない。社交界に出ても、父上の名前はあまり聞かなかったから。


 俺に怯えた少女は体を竦めて黙り混んでしまった。


「おい、どうなんだ!」


「ひっ! ああああの、3年前のクーデターまで悪さをしてた宰相が逃げ延びて、また悪いことし出したって話です!」


 悪さ? そんなの、聞いたことない───。


「嘘だろ……」


 俺の言葉を、『宰相が再び悪さをし始めたということを聞いて、ショックを受けた』と取ったようで、少女は気の毒そうな顔になった。


「酷いですよね……。税収をあんなに上げて、逆らう人を殺して……」


「はッ……!?」


 とんでもない話で、頭に一気に血が上った。


 嘘だ。そんなはずがない。父上が……俺の父親が、そんなこと───!




 怒りか悲しみか、よく分からないが、確かにそこにある感情が俺を支配し、気付いたら少女を攻撃していた。


 だが攻撃したのはほんのちょっとだった。邪魔者が俺を止めてくれたからだ。

 そいつは、苛立ちが収まらず攻撃しようとした俺を、拳一発で動けなくした。


 俺だって体を鍛えている。このままでも騎士団に入っていけるほどには。

 それなのにそいつは俺が認識できないほどの速さで動き、戦闘不能にさせてくれやがった。


 相当の実力者なのかと思った。だがずっとにやにやと笑っているし、敬語のくせにぐだぐだとした話し方、亀甲縛りで天井から吊り下げると言ってくる根性。到底教官とは思えなかった。俺を椅子に縛り付けた女の方が余程教官らしい。


 自己紹介とやらをしている間、俺は教室の奴等がたまに俺を軽蔑の目で見てくるのを感じた。

 そういう目を向けられるのは慣れている。貴族のパーティなんて、もっとギスギスした眼差しばかりだ。まだ生易しい。


 俺が自己紹介すると、ノアとか言うあいつは父上のことを話に出してきた。俺が攻撃した少女が不安そうにあいつを見る。


「やはりワーシレリア公爵家の子でしたか。随分とお父上に似ている」


 苛っと来た。その父上を嘲る声音に。てめぇなんかが父上の何を知っているんだと、そう喚きたかった。

 黙っていると、笑みを深くした『ヤツ』は調子に乗って他にも言ってきた。


「顔立ちなんかもそっくりだ。いっそ憎らしいほどに、ね」


 顔が似ていることなんて、今まで何度も言われてきた。分かっている。

 それはいいんだ。問題は、何故あいつが『憎らしいほど』と言ったのか。

 父上が貴様に何をした? どうせただの平民のくせに。

 宰相だった父上とどんな接点があった? 平民は父上の顔も知り得ないのに。


 どういうことだか、さっぱりだ。分からない。俺は、何も分からないと言う悔しさから、歯を食い縛った。


「俺は……ッ」


 何か答えなければ。こいつに嘗められたくない。この、ずっと笑っている変な男には。


「はい」


 相槌を打たれた。

 何か、何か、こいつを負かせられる言葉を……!

 だが俺の口は、本音を言ってしまっていた。


「……てめぇは、何で父上を知ってるんだよ」


 安易に答えを得ようとしてしまった。教えてくれるはずないのに。


 ヤツはやっぱり、教えてくれなかった。仕事柄だと言われ、はぐらかされた。

 もうこうなったら、俺が自力で父上の情報を集めるしかない。今は邸にいるのではない。学園だ。自由に動けるここでなら、俺の知らない情報を聞けるかもしれない。

 勇者候補なんて面倒なことになったと思ったが、意外な得もあったかもしれない。

 お読みいただきありがとうございますm(__)m


 この1話の登場人物

 ジルベルト・ド・ワーシレリア 濃い灰色の髪とくすんだ緑の瞳。貴族。次期公爵家当主。父親が行方不明。本能的にノアを嫌う。

 予定通りにいかなくて、本来より良い子になっちゃった人。


 ジルベルトのお母さん 行方不明の夫に代わって公爵家を仕切っている。でも夫を待っている奥様。


 ノア・アーカイヤ 主人公。黒髪黒目。今回は殆ど出ていなかった。他人目線だと怪しい人っぽい(?)。

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