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恋と約束の交響曲  作者: 心音
つもりルート
88/122

第87話『隠されていた想い』


「――おお。普段と活気が全然違うな。授業が無いってだけでこんなにも賑やかになるものなのか」


「言うて去年も同じような感じだったじゃない。それに明日明後日には賑やかを通り越して騒がしくなるわよ」


「そして当日に散っていくと。まるで去年の俺らみたいだな」


「散ってはいないがまぁ確かに。調子に乗りすぎて前日にオールしたせいでみんなのテンションが当日狂ってるんじゃないかってくらいにおかしかった。俺を含めて」


「あれは反町のせいだろ。景気づけにゲームしようぜなんて言うからただでさえ疲れていたのに全力で動かされるハメになったんだから」


「先輩方は馬鹿なんですね……。僕だったら絶対に寝るよ。てか寝ないと当日接客しながら寝る自信があるよ」


「それは器用だな。寝ながら仕事が出来るなんて効率最高じゃん」


「今となってはどうでもいいけど……。今年はちゃんと寝ることにしましょう。去年かなり人気だったんだから今年はもっと混むわよ」


甘狐処を出た後、俺たちは文化祭の準備を進めるために学校へとやってきていた。

校舎の中はたった二日しか経っていないというのに廊下には絵具やペンキなどの着色料で彩られた看板や色とりどりの布を縫い合わせて作った衣装などが散らばっていた。

ふと覗いてみた教室では縁日でもやるのか、ゴム鉄砲や輪投げのセットがあり、中にいる人達は背中に『祭』と大きく書かれた法被を羽織っている。

学校全体が文化祭ムードになっていて、騒がしいくらい何処も賑やかだった。

それは俺たちの出し物をする教室も同じで、俺たちが姿を見せると一際賑やかになったように感じた。


「……おかえりなさい、つもりちゃん、優誠くん。それに……隼人くんも」


教室に入ると入り口のすぐ側で喫茶店用の衣装を縫っていた古宮が小さく手を振る。


「……? 後ろの子は?」


すぐに古宮は俺の後ろにいる結菜の存在に気づく。結菜はぺこりとお辞儀をして愛想のいい笑みを浮かべた。


「ちょっと色々と話したいことあるから一旦手を止めて集まってくれないかしら?」


パンパンと、雪原が手を叩くと奥の方で看板を作っていた榊先輩と恋歌がこちらにやってくる。

二人とも結菜とは共通点があり、互いに顔馴染みのせいか、結菜を見た時の反応がそれぞれ違っていた。

榊先輩は「あっ」と、声に出してすぐに何を思ったのか口元を手で覆い、恋歌はぴくりと眉を上げて淡々とした口調で首を傾げる。


「……長谷川さん?」


「はい。長谷川ですよー。やほー、十堂さん」


……へぇ。同学年同士だとこの二人はさん付けで呼びあっているのか。

思えば二人が同学年の奴と話しているのを初めて見たような気がする。あまり俺たちと話す時と変わらないような気がした。


「恋歌ちゃんもこの子のこと知ってるんだ?」


恋歌はため息を吐きながらやれやれと大袈裟に両手を広げる。


「知ってるも何も……彼女はわたしのクラスメイトですよ。どちらかというと夜乃先輩と接点があった方にわたしは驚いたんですけど」


「あ、やっぱ気づいちゃってたか」


そりゃ気づくよ。あんなに大きな声で言ったんだから。と、みんなして心の中で突っ込んでいるところだろう。


「んー……。私の方は色々とあったんだよ。色々とね」


「何かはぐらかされたような気がしますが……深く追求はしないでおきましょう。人には知られたくないことの一つや二つ、誰にだってありますからね」


「ありがとう、恋歌ちゃん。それで……話したいことって結衣ちゃんのこと?」


「ええ、そうよ。他にもあるけどね。とりあえず今日から長谷川結衣は私たちと一緒に文化祭の準備をすることになったから。もちろん当日も働いてもらうから。結衣、挨拶して」


ポンと雪原に背中を押された結菜が前に出る。

名前の件はやはり秘密だから、ここも『結菜』ではなく『結衣』で貫き通すらしい。

甘狐処に結菜が来た時、思わず『結菜』と本名で叫んでしまったが、雪原と反町も動揺していて気づかなかったのか、特に言われるようなことはなかった。

結菜が自分の名前を偽るのは過去の自分を隠すためと言っていた。しかし、これは俺にも言えることだが、俺らは過去の記憶が一部抜け落ちてしまっている。だから隠すもの何も、まず分からないのだ。


あの日の出来事が――。

颯恋が死んでしまったあの雨の日の事が――。


俺も結菜も共に過去に囚われている。

心の迷宮――。それはどんな道よりも複雑で、先は閉ざされた闇によって塞がれている。


「――えと、つもり先輩が紹介して頂いたとおり、長谷川結衣って言います。というか……僕のこと知らない人ってこの場にいないんだよね」


「え? そうなの?」


「はい。全員に関わりがありますよ。十堂さんはクラスメイトだし、夜乃先輩は春の中頃にちょいちょいとちょかいを。遥香先輩とはたまに遊んだりする仲だったりするからね」


休みの日など、俺といない時は古宮と共に過ごしていることが多く、俺を除けばこの中で一番仲がいいと言えるだろう。


「……うん。この間……一緒に、クレープ、食べた。あと、鍋パした日も……結衣ちゃん、一緒に、尾行してたんだよ」


「あー……これで納得したわ。私も優誠も存在には気づいていたのよ。ただ、いつメンの人数に合わないし、誰だろうってずっと気になっていたのよね」


この二人の感覚器官はどんな構造になっているのか無性に気になった。


「センスありますね、つもり先輩。僕ってこう見えて尾行とか得意な部類なんだよ?」


「それは重々承知してるわよ。だから結衣の存在は靄のようにはっきりとしていなかったわ。いるのかいないのか分からない。姿の見えない何かにじっと見られているのって結構気味が悪いのよ」


「視線の察知すらも完璧。先輩将来の夢はなんですか?」


「逆に聞くけど、なんだと思う?」


「そうですね……。詐欺師とか?」


「それは私よりあなたの方が向いてる職業なんじゃないかしら? 得意そうよね、そういう事。何となく同類は感覚で分かるのよ」


「話してみたり、人との付き合い方を見ていたりすればおのずとわかってしまうものですからね。でも僕は先輩と同類はではないよ」


「あら、仲間が出来たと思って嬉しかったのに」


「詐欺師の仲間ですか。勘弁してよ」


この二人……似たもの同士に見えて実は犬猿の仲とか言わないだろうな……?

なんかお互い喧嘩腰だし、笑みが不敵すぎる。おまけに手を握ったり開いたりと、何か一発かましてやりたいという魂胆が見え見えになっていた。


「水面下の争いは爆発しないうちにやめておけって。まだ話すこと残っているだろ……」


反町が呆れ顔でそう言うと、二人は意外にもあっさりと引き下がった。


「それで……話すことって何なんですか? 文化祭の事で何かあったとか?」


「文化祭の方は恋歌ちゃんが心配するような事は特にない。そういう話じゃなくて、どちらかというと俺たちの事だ」


「先輩たちの事?」


「ああ」


反町は大きく頷く。

顔を上げた時には表情が引き締まっていた。


「実は……俺とつもりは付き合っているんだ」


「ああ、そうだったんで……す、か!? えっ!!?」


反町の言うことだから大したことないだろうと、定型文で返そうとしていた恋歌だったが、言葉の意味を理解した途端、無表情キャラが崩れる勢いで目を見開いた。


「お二人は付き合っていたんですか……?」


確認のために反町ではなく、雪原に真意を訊ねる恋歌。

雪原は柄にもなく恥ずかしそうに頬を掻きながら、女の子らしい笑顔を覗かせる。


「うん。まぁね実は私と優誠は付き合ってます。今まで隠しててごめんね? 別に言う必要は無いかなぁって思っていたんだけどちょっとした事情があってね」


「な、なんか呼び方まで変わってる……。え、いつから付き合ってるの?」


夜乃先輩も思わぬ告白に驚いているのか、戸惑っているようだった。


「中学生の頃からですよ。俺がつもりに告白して受け入れてもらったんです。まぁつもりも俺が告白した時には既に俺のこと好きだったらしいので……ようは両想いだったわけです」


「ピュアだ……。優誠先輩が今まで以上に気持ち悪くて吐きそうです……」


恋歌はおえっと口元に手を当てる。


「恋歌ちゃん失礼だな!? 別にいいだろ……好きになっちまったもんはどうしようもないじゃんか」


「こんなのわたしの知っている優誠先輩じゃないです……。鶏とダチョウくらいの違いがありますって」


「どんな違いなのかその例えだと全く分からないんだが!? 大きさくらいの違いしかないだろ!?」


「ダンゴムシとダイオウグソクムシ?」


「それこそ大きさの違いしかねーよ」


軽くツッコミを入れて反町は先程から無反応の古宮を見る。


「遥香ちゃんはそこまで驚いていないんだな」


すると古宮は髪が乱れるほど首を横に振る。

乱れた前髪を手櫛で整え、すーはーと、深呼吸をして胸に手を当てる


「……ううん。驚いた。すごく、驚いたよ……。二人、仲いいけど、友達止まりだと……思っていたから。だから今……驚きのあまり、心臓が止まるかと、思ったよ」


「そ、そんなに驚いたの?」


「……だって、つもりちゃんも、反町くんも、そんな素振り、一切無かった。みんなだって、そう。同じこと……思ってる。とりあえず、友達として……一言、いいかな?」


「? 何かしら?」


古宮は右手で雪原の手を、左手で反町の手を握った。

握った手を互いに近づけ、重ね合わせる。


「……おめでとう、つもりちゃん。反町くん。ちょっと……遅いけどね。友達として、祝福……しておかないと」


そう言って微笑む古宮は、心の底から二人を祝福しているようで、そんな真っ直ぐな好意を受け取った雪原と反町は照れ隠しのつもりなのか互いに空いてる手で顔を隠しあっていた。

無論、その行為はのちのち冷やかすようの材料にされてしまうことは間違いない。


「……それで」


くるりと古宮は今度は俺と結菜を見る。

その瞳を見ただけで古宮が何を言いたいのか理解した。


「……」


分かってる。と、目で返事すると、古宮は静かな笑みを浮かべて握っていた二人の手を離した。


「みんな、聞いてくれ」


それを合図に俺も口を開く。

反対の手で結菜を抱き寄せるようにして――


「俺は結衣と付き合ってる」


そう宣言した。

雪原、反町、古宮は知っているが、知らない二人は驚くに違いない。


「ななななな!!!? えっ!!!!? 隼人くんとあなた付き合ってたの!!?」


「あなたではなくて結衣ですよ、夜乃先輩」


「今はそんな些細なことどうでもいいもん!」


「人の名前を些細なことって酷いですね……。可愛く言えば何でもかんでも許されるわけじゃないんだよ?」


「バカにしてる!! 絶対に私のことバカにしてるよね!?」


なんというか、榊先輩の反応は想像通りだった。

しかし……。


「……」


恋歌は特に驚いてる様子もなく、それが当たり前。なるようになったと言わんばかりのいつもと変わらない無感情な反応だった。


「恋歌?」


「どうかしましたか? 隼人先輩」


「いや、なんか雪原と反町の時とは違って落ち着いているなって思ってさ」


「……」


恋歌は否定も肯定もせず、ただ俺のことをじっと見つめていた。

無感情なガラス玉のような瞳。ただ目を合わせているだけなのに背中に嫌な汗が流れる。

近くで結菜と榊先輩が騒ぎ、雪原と反町、古宮がそれを見て笑っている。けれどその楽しげな声は俺の中から少しずつ消え失せていく。


恋歌の瞳から感情を読み取れないのが怖い――。


教室には俺と恋歌の二人しかいなかった。

俺の瞳には恋歌しか映らず、恋歌も俺を見つめているだけ。

音という音のその全てが消え去り、深い森の中に佇むような孤独感が襲ってくる。


「……」


スッと、風が通り過ぎるように自然に恋歌は俺から視線を逸らした。


「――不思議な気持ちです」


「えっ?」


「祝福をしたいような、怒りたいような……泣きたいような。感情が私の中で混じりあってどうすればいいのか分かりません」


「恋歌……」


「けれど、二人ならいつかこうなるんじゃないかって思っていたりもしました」


「……え?」


いつかこうなるんじゃないかって思っていた?

それはどういう意味なんだ? まるで俺たちのことを知っていたような言い方じゃないか。


「――隼人先輩」


酷く儚げな表情。

何が恋歌をここまで追い詰めているのだろう。

その答えはきっと……俺なんだ。


「真実ほど人を惹き寄せるものはありません。けれど……真実ほど人に残酷なものもないんです。人の記憶は自分の都合のいいように頭に保存されている。都合の悪い事はすぐ忘れるようなシステムになってるんですよ」


恋歌が何を言っているのか正直理解が出来なかった。けれどもそれは確実に俺に向けられた言葉で、頭の中で何かが繋がっていく。


「――先輩。隼人先輩」


恋歌の顔が目の前にあった。

整った顔つき、小さな鼻に、ピンク色の唇。ほんのりと香る女の子らしい甘い香りはどこか懐かしくて、胸を苦しめる。


「先輩は優しいです。どんな形であろうと、約束を果たしてくれている。だからこそ――先輩が長谷川さんと付き合うことを咎めることはしません。けれど……祝福はしません」


「……」


「わたしは……わたし、は……」


恋歌は笑っていた。

普段笑おうともしないのに、零れそうになる涙を隠すためだけに笑っていた。






「――あの日からずっと……隼人先輩の事が好きだったんですから」






こんなにも悲しい告白があるなんて――俺は知らなかった。



to be continued

心音です。こんばんは。

実質今回の話でつもりルートは終了し、残りはつもりルートの延長となります。


明かされた恋歌の気持ち、あの日の約束――。すべての真実が繋がる時、あなたはこの物語の隠された真実に気づくことになるでしょう。それがどんなに辛い過去でも、報われることのない未来でも、最後には全てが繋がるのです。


それでは次のお話でお会いしましょう。

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