第74話『Tsumori Memory』
私は中学時代、悪魔と呼ばれていた。
いつからそう呼ばれていたのか。思い返してみるが思い出せない。
いつの間にかそんなあだ名を付けられ、いつの間にか――私の周りからは人が消えていった。
『あいつは危ない』
『ねぇ聞いた? 雪原さんってA組の女子グループを病院送りにしたんだって』
『狂ってる』
私を遠巻きに見る連中が言っていることは一部語弊があるが、ほとんどの事は事実だった。
噂は学校全体に広がり、私の事を知らない人はいつの間にかいなくなっていた。
何処に行っても蔑んだ目で見られ、先生からも避けられていた。
「つもり」
けど――彼だけは、私の彼氏の反町優誠だけは違った。
優誠は私がどれだけ周りから避けられようと、陰口を叩かれようとも、私の隣にいてくれた。
嬉しかった。
そんな優誠の優しさが私はとても嬉しかった。
でもだからこそ――私は優誠と別れることにした。
なぜ?
そんなのは知ってしまったからに決まってる。
それは雨の降る昼休みの事だった。
私が屋上へ続く階段で一人でご飯を食べていると、こんな会話が聞こえてきた。
『雪原つもりって彼氏いるんだって』
『え? 誰?』
『同じクラスの反町。それでね、それを知った関口達が明日の放課後に反町をボコすらしいよ』
関口というのは、この学校の虐めグループのリーダーの名前だった。私の事を知らない人がいないように、関口の事を知らない人もこの学校にはいないだろう。
関口は私の事を嫌っている。同様に私も関口の事は嫌いだった。
私のせいで優誠が傷付く――そんな事は絶対に許せない。
私にとって反町は大切な存在だった。
大切だからこそ、私は決意したのだ。
『――私と別れて、優誠』
その日の放課後、私はそう彼に告げた。
いきなり別れを告げられた反町は流石に動揺していた。
『理由を聞かせて欲しい』
優誠はそう言って私を見た。
彼の目はこれまで見たことないほど真剣に私の事を捉えていた。
『何か事情があるんだろ』
『……』
私は答えなかった。
なんて答えればいいのか分からなかった。
きっと真実を知れば優誠は絶対に私と別れてはくれない。けれど私と別れない限り優誠は関口に狙われる。
だから私はあえてこの場所を選んでいた。
私と優誠が今いる場所は教室。まだ何人もの生徒が教室には残っていた。
ごめんね、優誠。
私は今からあなたに酷いことをする。
本当にごめんなさい。
『事情とかそんなものない!! 私はあんたと別れたいだけ』
わざと大きくした私の声に、教室にいた人達はギョッとして私の方へ振り向いた。
優誠は呆気に取られていた。
これでいい。これでいいのだ。
『嫌いなのよ。私はあんたが大嫌い』
ズキリと胸が痛んだ。
でも言葉を続けなればならない。
『本当は最初っからあんたの事なんて好きでも何でもなかった』
本当はこんな事、心にも思っていない。
私は優誠の事が好き。大好き。
私の心にはあなたしかいない。
想いが溢れ、涙が零れそうになる。
けれどここで泣いてしまったら全てが台無しになってしまう。
次の言葉で最後にしなければならない。
これ以上は耐えることができない。
『だから――』
唇をきつく噛む。
じんわりと口の中に広がる血の味。
その味は何故か少しだけ……しょっぱかった。
『さようならよ……優誠』
そう言い捨てて優誠の前から立ち去る。
そこで私はようやく気づいた。頬を伝う涙の感覚に。血に混じったしょっぱい味は涙だったという事に。
優誠が後ろで何か叫んでいる。けれども私は振り返ることなく教室から飛び出した。
『……っ、うっ……』
がむしゃらに走った。
走って、走って、走って――私は屋上に飛び出した。
『うああぁぁあああぁぁああぁぁぁ!!!』
そして叫んだ。
そうでもしないと自分がどうにかしてしまいそうだった。
『あああああぁぁぁぁぁ!!! うぁあぁぁあああぁぁ!!!!』
土砂降りの雨が私の髪を、制服を、身体を濡らしていく。
地面に叩きつけられる雨音は私の叫びを綺麗にかき消した。
『ごめんなさい!! ごめんなさい優誠!! あんな酷いことを言ってごめんなさい……!!』
でもこれであなたが傷つく事が無いのならそれでいいんだ。私と優誠が別れた事を知れば関口だって何もしない筈だ。あいつは私の事をどうにかしたいだけなのだから。
明日からは私と優誠は赤の他人同士。そう考えるとまた涙が溢れてくる。
『う、あっ……』
明日からはもう優誠といることができない。だから……今だけは泣かせて欲しい。
胸が張り裂けそうになる悲しみと、優誠の事を好きだという気持ちをこの雨が綺麗さっぱり洗い流してくれるまででいい。その最後の瞬間まであなたの事を好きでいさせてください。
『優誠……好きよ……。大好きなのよ……』
想いを一度口にしてしまえば、瞳から溢れてくる涙と一緒で止まらなくなってしまう。
『うあっ……ああっ、好きよ……大好きよ優誠……!! うぁあぁぁ……』
会いたい。
優誠に会いたい……。
それはもう二度と叶う事のない願い。
『――馬鹿野郎……っ』
そう思っていたからこそ、その声と背中に生まれた温もりが嘘のように感じてしまった。
『泣くほど俺のことが好きなら……別れるなんて言うんじゃねーよ……』
『優……誠?』
信じられなかった。
あんなに冷たく突き放したのに、優誠は私の元に帰ってきてくれた。けれどもこれじゃあ何の意味もない。
『どうして……どうして来ちゃうのよ……』
『お前のことが好きだからに決まってるだろ馬鹿野郎……。それにつもりがどうして急にあんな事を言ったのか予想がついていたんだ。関口が絡んでるんだろ。あいつらつもりの事嫌ってるからな』
『なんだ……知ってたんだ……』
だったら私のした事は本当に無駄な事だった。
別れるなんて選択肢を選ばずとも、もう一つの選択肢を選ぶ事が出来たというのに。
『俺に迷惑がかからないようにする為に別れるなんて言ったんだろ……。ふざけんなよ……。そもそもあんな連中に俺の事をどうこうできると思ってんのか?』
『思ってない。ねぇ優誠……。一つ思いついたわ』
胸に落ちた雫が波紋をのように広がった。
それは心の中を黒く染めていく。
闇のように真っ黒に染まった私の心は次の瞬間に解き放たれる。
『――いっその事、二人で関口達を殺さない? 』
そんな常人であれば引かれるような内容だったのにも関わらず、優誠は眉一つ動かすことはなかった。
まるで抜き打ちテストがある事を、そしてその答えを初めから知っているように余裕の表情を浮かべていた。
『ああでも、殺すって言っても本当に殺すわけじゃないわ。そんな事したら少年院送りだもの。それはごめんよ』
『さっきまで泣いていたヤツのセリフとは到底思えないな』
『殺すわよ』
そう言って優誠の唇にキスをする。
雨と涙が混じった不思議な味がした。
『こんな時にキスかよ。けど――』
今度は優誠から私にキスをした。
『ありがとう』
雨が私と優誠を絶えず濡らしていく。
体はどんどんと冷えていったが、不思議と心の方はあたたかいものだった。
あたたかいけど、その中に生まれた黒いものは私を蝕んでいた。
いいえ、違う。生まれたはオカシイ表現だ。眠っていたものが目覚めたのだ。この感覚はあの時と同じだ。私が嫌いな奴らを潰すときの感覚と同じ。
『二人で一緒に関口を殺そう』
『ああ』
優誠は私を受け入れてくれる。
こんなクソみたいな人間の私を受け入れてくれるたった一人の大切な人。
だから私も優誠を受け入れる。
大切なあなたを私は永遠に受け入れ続ける。
『クラスであんなパフォーマンスしたんだ。明日には全校に広まってるだろうよ。なんたって俺の彼女は有名人だからな』
『バカね。優誠、あんたももう有名人よ』
『お互い引き返せないところまで来てるんだ。今更一般人に戻るつもりはねーよ。それに……今回の一件で俺は決めたんだ』
優誠の腕が私の背中に回される。
ああ……すごくあたたかい。これが私の大好きな人の温もり――。
優誠の顔が私の耳元を掠める。
『俺はこの先ずっとつもりと一緒にいる。そして一緒に罪を背負い続けていく。つもりの罪は俺の罪だ』
『カッコつけるわね。けど――嫌いじゃないわ』
優誠と同じように私は彼の体を抱きしめる。
お互いの身体が密着し、どくんと胸が高鳴る。
『これから優誠が重ねる罪も私の罪よ。あなただけにすべてを背負わせることなんてしない。私の罪も、優誠の罪も――全て等しく平等にするわ』
『ああ。分かった』
抱き合っていた体を離し、もう一度優誠と口づけを交わす。
これは誓いのキス。
お互いの罪を受け入れる為の誓いのキス。
絡まる唾液のように罪が混じり合い、私と優誠を一つにしていく。
雨はやまない。
この雨はずっと降り続くのではないのか。そう錯覚してしまうほどに空は黒かった。
けれども――。
やまない雨なんてない。
私たちの罪はどこまで降り積もる事になるのだろうか。
to be continued
心音です。こんばんは。
つもりルートの始まりです。さて、今回のこの話、如何にもまだ続きがある雰囲気ですがその通りです。
つもりの話は過去の話が中心となります。そして必然的に優誠も関わってきます。この二人の関係性がどうなっているのか。これから先どうなるのか。
それでは次のお話でお会いしましょう、




