第69話『祭囃しと共に』
「――へぇ。想像してたのと違って結構賑わっているんですね」
昨日と同じくらいの賑わいを見せる祭りの姿に結菜は目を輝かせていた。
「櫻美崎で唯一の祭りだからな。昔は春に桜祭り的なのをやっていたけど、今じゃこの夏祭りだけだ。どうも金銭的な面で厳しくなったらしいな」
「あまり知りたくはない大人の事情ってやつですね。知らなくていいのは子どもの間だけ。ならば僕たちはまだ知らなくてもいいんだよ。僕たちはまだまだ子どもなんだから。だからこそ、子どものうちに出来ることをしたいと思わない? 例えばそう――祭りを楽しむ。とかね」
結菜は俺の手を引いて階段を登っていく。
そうだ。結菜の言う通り俺たちはまだ子どもなんだ。汚い大人の社会を知らなくてもいい今を楽しまないのは損かもしれない。
階段を駆け登る結菜の表情はこの大空のように晴れ渡っていた。彼女が握る俺の手。離さないと言わんばかりに強く握られた手は不思議と心地よかった。
「隼人はお腹空いてますか?」
階段を登りきった結菜はお腹に手を当てながら俺に訊ねてきた。
「それなりに」
まだ昼に食べた冷やし中華が腹に残ってる感があるが、ところどころから香ってくる美味しそうな匂いに俺の腹はぐぅーと音を鳴らし、食ってしまえと訴えかけていた。
「ここってじゃがバターあったりしますか?」
「あー……確か昨日見たからどっかにあると思う。探すか?」
「探しましょう探しましょう。僕じゃがバター結構好きなんだよね。あの外サクサクで中ふわふわした感じのやつ」
「ああ、メロンパンか」
「じゃがバターですよ。何を聞いていたのさ」
ビシッと胸に結菜のツッコミが入る。
だってその説明明らかにメロンパンじゃん。
「メロンパンは外サクサク中ふわふわですよ。まったく、じゃがバターと一緒にしないでよ」
「待ってごめん。俺には違いが分からない。絶対同じこと言ってたよね今」
「言ってませんよ。イントネーションの違いがあったじゃん」
どこにだよ。
「……」
口に出さずとも心の声は結菜にしっかりと聞こえていたようで、結菜は口を尖らせて抗議してくる。
「いいですか隼人。メロンパンは外サクサク中ふわふわで、じゃがバターは外サクサク中ふわふわなんだよ。イントネーション全然違うでしょ?」
「言われても分かんねーし、読者様なんて文脈だけでしか分からないんだから同じようなこと言ってるようにしか思えないからな?」
「ちょっと何言ってるのか理解できませんけど、少なくとも僕の声を聞いてる隼人は違いが分かるでしょ。いいですか? よく聞いててくださいね。じゃがバターは外サクサク中ふわふわで、メロンパンは外サクサク中ふわふわ。あーゆーおーけー?」
「のーおっけー」
「……」
「……」
静寂。それは表面上は嵐の前の静けさのように。しかし水面下ではプツンと何かが切れる音がお互いから確かに聞こえた。
普段穏やかな海底火山が何らかのきっかけで噴火するように、俺たちの怒りはお互い、少し考えてみたが納得出来ない――という条件を満たし、穏やかだった水面を突き破る大噴火を起こした。
「はぁぁぁぁああああ!!? 何で分からないんですかオカシイですよね!!? じゃがバターの方は1キーも下げてるんだよ!?」
「はああああぁぁぁぁ!!? んな微妙すぎる差が分かるわけないだろ!!? 1キーじゃなくて1オクターブ下げろよ!! そうすれば分かるからさ!!」
「それじゃもうじゃがバターじゃないですから!! 1オクターブも下げたじゃがバターなんて邪道だよ!? 酢豚に入ってるパイナップル並に舐めてるよね!!?」
「酢豚に入ってるパイナップルが邪道ってのには激しく同意だがそれとこれとは関係ないだろ!?」
「あくまでも例えですよ!! た!と!え!! 隼人がちゃんと違いに気づいてくれればそれでいいんだよ!! はい、復唱要求――外サクサク中ふわふわ」
「外サクサク中ふわふわ」
「それはもうじゃがバターでもメロンパンでも無いですね。2つくらいキー上がってるもん。やり直し」
「殴るぞ」
握りこぶしを作ったところで結菜が「あっ」と声を上げる。
ゴールデンイエローの瞳が見つめる先――そこには結菜の瞳の色と同じくらいの輝きを放つじゃがバターがあった。輝いて見えるのは熱々のジャガイモの間から零れるバターのせいだろう。
香ばしく、匂いだけで涎が垂れてきそうなそれは風が運んできたのではなく、じゃがバターの露店の店主がうちわで扇いで運んで来てくれたのもまた一興。俺と結菜は吸い寄せられるように店に足を運んだ。
「らっしゃい。じゃがバター二つかい?」
「いえ、一つで大丈夫ですよ。箸も一膳で大丈夫」
500円を店主のおじちゃんに渡すと、おじちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「箸、一膳でいいのかい?」
チラリと俺の方を見るおじちゃん。
さっきまで喧嘩している姿を見ているわけだから、俺がはぶられたのかと誤解してそうだ。
そんな店主の哀れみの目に、結菜は耐え切れず笑いながら俺の腕に抱きついた。
「大丈夫ですよ。箸一膳で十分なんです。一緒に使うからね。それにほら、僕たちこんなにも仲良しなんだから」
腕に抱きついてきたのはおじちゃんに仲良しさをアピールする為というのと、さり気なく俺が自分の彼氏だと周りに知らせる為にしたに違いない。
結菜はわりかし独占欲の強い女の子だ。声を張り上げたせいで変に注目を浴び、そこで俺に向けられた好奇の視線――主に女性の視線が嫌だったのだろう。前に一度、「隼人はカッコいいんですから少しは自重して」と、怒られた記憶があるから、俺の自意識過剰で無い限りはこの考えで間違ってはいないはずだ。
「うわぁぁ……美味しそうですね、隼人」
「だな。バターがホクホクのジャガイモに染み込んでめっちゃ美味そう」
おじちゃんからじゃがバターを受け取った俺たちはちょうど空いていたベンチに腰を下ろした。
箸を持った結菜は身をほぐして一口大にすると、それを自分の口ではなく俺の方に運んでくる。
「はい、隼人。あーん」
「ん」
パクっと躊躇うことなく食べる。
結菜と外でこうしてご飯を食べると基本的にこうなるから、初めのうちは少し照れくさかったのだがもう慣れてしまった。
周りの人達が「コイツらさっきまで喧嘩してたよな?」って目で見ていたが、残念。これが俺たちの仲なんだ。
ほら、よく言うだろ。喧嘩するほど仲がいいと。というより、俺たちのあれは別に喧嘩している訳ではないのだが。よく散歩している犬同士が遭遇すると、吠えたり、のしかかったり等の行動を起こすが、これは喧嘩している訳ではなく単にじゃあってるだけだ。だから俺と結菜もコミュニュケーションの一環としてああいうことをしているだけであって、それ以上の意味もそれ以下の理由も無いわけなのだ。
「こいつはなかなかうめーな。結菜、お前も食ってみろって」
「言われなくても食べますよ……はむっ。んー! 身も美味しいですけど皮も相当だよ。ほらほら」
「おー、確かに。けどこりゃサクサクってよりはザクザクだな。そこんとこはどうなんだ?」
「美味しければそれでよし――ですよ。こんな美味しいじゃがバターを前に文句なんて何一つ無いもん。はぁー……バターが幸せ――って、何してるの」
「んー」
緩みきった結菜の頬を指でつついていた。
お餅の様な柔らかい感触は目の前のじゃがバターより魅力的だった。
「食べていいか?」
「じゃがバターを、ですよね? 僕は食べても美味しくないと思うよ?」
「……」
「何でそこで黙り込んじゃうんですか」
箸の口をつけていない反対側の方で結菜は俺の頬を刺してくる。地味に痛い。
「冗談だ。さすがに外でそういうことはしない」
「ああ良かった安心……安心? ちょっと待ってください隼人。『外で』ってことは家ではするってこと!? 僕、隼人に食べられちゃう!?」
「おいバカ声がでかい!!」
ハッとなって結菜は口を塞いだが時すでに遅し。遠巻きにこちらを見ながらヒソヒソ話をするおばさん達。あたたかい眼差しで聞かなかったことにするカップル。じゃがバターの露店のおじちゃんに至っては俺に向かってモロに中指を立ててきた。
おじちゃんに笑顔で立てた親指を下に向け、珍しく顔を真っ赤にして平謝りする結菜に「どんまいどんまい」と声をかける。
「ほら、じゃがバター食って落ち着けって」
「うう、ありがとうございます……。じゃがバター美味しい……」
そのままぱくぱくとノンストップで食べ進め、最後の一口を食べ終えた頃には結菜はすっかり元の調子に戻っていた。
じゃがバターを咀嚼しながら恥ずかしかった気持ちごと飲み込んでしまったのだろう。
「食べたら喉渇きましたね。何か飲もうよ」
そんな提案に俺はほんの少し考え込む。
「そうだな。ここは祭りらしくラムネでも飲むか?」
「いいですねラムネ。お祭りの定番。僕初めてラムネ飲んだ時、飲み方がよく分からなくて困ったなぁ」
懐かしむように結菜は目を細める。
俺にも結菜と同じ経験があり、すぐにどういう事か分かった。
「あー、ビー玉か。ビンの窪んでるところに上手く引っ掛けないと飲み口塞いでくるからな」
「ですです。あれこそお祭りトラップその一。飲めないラムネ」
「まんまだな。てかその一ってことは他にもあるのか?」
「ありますとも。聞きますか? 絶対にあーって言うと思うよ。そしてどうしようもない怒りをどこにぶつければいいのか分からなくなる」
「何それめっちゃ気になる」
「お祭りトラップその二――やたら高いご飯の値段」
「あーね、納得したわ」
物価がやたら高いのはぶっちゃけ仕方がない。こういう所のご飯というのは雰囲気代も含まれている。楽しませてやってんだから多少高いのは我慢しろという事だ。
「まだその三がありますよ」
「ほう」
「これは子どもなら誰しもが思っていることだと思います。いや……子ども限定にしなくてもいいかもしれない。僕は今も昔も思ってるからね」
「……なんだ? あ、おじさんラムネ二本」
考えながらラムネを二本買い、のち一本を結菜に手渡す。
氷水の中に入れられていて、蒸し暑い中でもキンキンに冷えてるラムネはぬるくなる前に飲んだ方が美味しいに違いない。中に入ってるビー玉を転がして窪みに嵌め、ぐいっと瓶を傾ける。
「――ぷはぁ。この爽快感が夏って感じだよな」
「ラムネは炭酸強めですからね。喉に刺激的だよ。んで、分かった?」
「いや、全く。なんかヒントくれよ」
「ヒントですか? そうだね……男の子なら一度はやったことあると思うよ。僕も結構好きだったしね」
男なら一度はやったことがあって、結菜自身も好きな事――そして祭りにある。やったこと。と言うなら遊ぶ系統のものだ。
「……射的か?」
「正解です。……あ、ラムネの瓶貸して。返してくるよ」
「サンキュー」
ラムネは値段に変な端数が付いている場合がある。110円とか160円とかそんな感じに。その場合大抵瓶を返すと10円が返ってくる仕組みになっていたりする。
ラムネの瓶はリサイクルして再利用する事が出来るから普通にゴミ箱に捨てるより環境に優しいのだ。
「はい隼人」
瓶を返してきた結菜は受け取った10円玉を指で弾いて渡してきた。
金属から出るあの独特なチーンという音と共に放物線を描いて飛んできた硬貨をパシッと受け取る。
「お祭りトラップその三は取れない二等以上の景品――です。僕あれを取ったことある人間を未だに見たことないよ。隼人は?」
「昨日見た。三等から特賞までを一気に取った瞬間を」
「……マジですか。その人さ、人間なの?」
「お前のクラスメイトだよ」
「えっ」
特賞を落としたという所で既に驚愕の表情を浮かべていた結菜だったが、クラスメイトと聞いて更に目を見開いた。
「十堂だよ。分かるだよ?」
「いや分かるも何も……」
結菜は言い淀んでそのまま黙り込んだが、すぐに笑顔を見せる。
驚愕と笑顔の間にあった何とも言えない微妙な表情。あの一瞬は一体何だったのだろうか。
「三等から特賞までってどうやって落としたんですか? 一回じゃ絶対に無理だよね……何回か繰り返した感じ?」
多分今聞いたところではぐらかされるだけだ。
だがこれでまた確信に近づいた事がある。
――結菜は確実に十堂の事を何か知っている。
それは確かな事だ。
やはりいずれちゃんと聞くべきだろう。
あの日の約束を思い出す為にも――。
「金額的には二回分しか払ってない。だから弾は計十発だったな」
「……どうやって落としたんですか。落ちるビジョンが全く見えないんだけど」
「聞いて驚け。あ、既に驚いているか」
「いやどうでもいいので早くネタばらしして下さいって。気になる」
興味津々という表情でぐいっと迫ってくる結菜。
「あいつは景品じゃなくて外れかけていた景品の乗っている台の金具を撃ち抜いたんだよ。コルク銃を二丁使って両サイドの金具をな。おかげで景品はゲット出来たんだが出禁食らった。ちなみに景品のゲームソフトやらゲーム機本体は換金済」
「やることえげつない上に景品を景品として扱ってあげないところがまた残酷ですね……。射的屋大赤字じゃん……」
「だろうな。新作ソフトと本体で客集めていたみたいだし。それをたった二回分の金で取られちまったら店側としてはたまったもんじゃない」
「その店今日もやってるんですかね」
「やってなかった。さっき確認した」
「南無南無。可哀想に」
両手を合わせてスリスリと拝む結菜に軽くチョップをくれてやる。
「何するんですかー」
「飯何か食おうぜ。話してたら腹減ってきた」
「いいですよ。何食べる? 定番どころ攻めていってもいいよ」
「んじゃまずは肉巻きおにぎりから行くか」
「それ定番どころじゃないですよね? まぁいいけどさ。何処にあるの?」
「確かあっちだったはず」
結菜の手を握って俺は歩き出す。
その手を結菜は嬉しそうに握り返してきた。
人混みの間に消えていく俺たち。祭囃しは止まることなく続いていた。
年に二回しかない御桜丘の祭りは老若男女様々な人の笑顔や笑い声で溢れていた。
to be continued
心音です、こんばんは。
今回のお話は結菜と隼人のデート編でしたね。彼氏彼女とデートはとても楽しくって思い出に残ることだと思います。
思い出は大切です。人が生きていく上で思い出は必要不可欠なものですからね。
前に進む事が出来るのは思い出があるからです。人はどんな事があったとしても、いずれ前に進まなければいけない時がきます。その時のためにも、思い出を大切にして生きてください。
それではまた次のお話でお会いしましょう。




