第38話『夜乃とつもりと肉じゃがと』
「さーて、ついにお泊まり会の日が来たね」
期末テスト五日前。
今日から三泊四日で雪原の家で勉強会を開く予定になっている。
このことを結菜に話したら「別にいいんじゃないですか?」と、あっさりとした返事が返ってきた。
結菜との関係が変わっても、私生活が変わることは無かった。とは言っても、先週と先々週の土曜日、日曜日は共に結菜と一緒に過ごしていたわけなのだが。
ちなみに俺が結菜と付き合っていることは雪原たちには伝えていない。隠すつもりがあるわけでもないが、自ら言うようなことでもないだろう。それに雪原たちは結菜のことを知らない。いや……十堂はクラスメイトだから知っているか。
「とりあえずは夕飯の買い出しだけど……恋歌がまだ来ないから待たないとね」
ホームルームが長引いているのだろうか。
グルメには何の通知も来ていない。
「私は早かったでしょ!」
どやぁと、鼻を高くする榊先輩。
「……夜乃先輩は、早すぎ。ホームルーム、終わった……十秒後くらいには、いた」
「どう頑張って走っても三十秒は掛かるはずなんだがな……。どんなイリュージョン使ったんですか」
そう訊ねると榊先輩はきょとんとする。
「えっ? ホームルーム抜け出しただけだよ?」
「オチが呆気ないなおい!? てかそんなことしていいのかよ生徒会長!!」
全力でツッコミを入れた反町。
俺は俺で榊先輩は生徒会長としての自覚があるのか心配になってきた。いや、無ければ困るのだが……。
「――すいません。ホームルームが長引いてしまいました」
走ってきたのだろうか。
教室に駆け込んできた十堂の息はだいぶ荒かった。
「そんな慌てなくても平気だよ」
「いえ……先輩たちを待たせるわけにもいかないですし……」
「……気にしない、のに」
読書をしていた古宮は本を閉じてカバンにしまう。読んでいたのは……表紙の絵的にライトノベルだろう。
カバンを肩にかけた雪原はゆっくりと立ち上がる。
「……買い出し、行く時に……ハルカ、家寄ってくね。着替え、取りに行く」
「俺も。準備だけは昨日うちにしておいたからすぐに合流は出来るはずだ」
「私も遥香ちゃんと優誠くんと同じ! 一旦家に帰って荷物取るね」
古宮、反町、榊先輩の三人は家が駅方面。
買い出しをする場所は桜見丘モールだからついでに家に寄っていくことができるというわけだ。
俺と十堂は買い出しの後にそれぞれ家に帰って荷物を取ってくる予定になっている。
「……あと」
チラッと古宮は十堂を見る。
「……夕飯は、恋歌ちゃんの、作った料理……食べたいな」
ここぞとばかりにおねだりする古宮。
ずっと十堂の料理を食べたがっていたし、タイミング的にもちょうどいい。
「わたしの料理ですか。まあ……皆さんが良いって言うなら作りますけど」
「……多数決。恋歌ちゃんが、料理作ることに、賛成の人……挙手」
ビシッと、俺を含めた五人の手が天をついた。
それほどまでに十堂の料理は期待されているということだろう。
「満場一致ってのに驚きました……。そんなにわたしの料理食べたいんですか?」
「……食べたい」
古宮の目はキラキラと輝いていた。
その瞳からは十堂のご飯が食べたいという意志が周りの人全員に伝わるほど。
十堂は相変わらず無表情だが、きっと内心は喜んでいるに違いない。何となくだが分かる。
「分かりました。じゃあわたしが夜ごはんを作りますね。メニューは何か希望ありますか? 大抵のものは作れますよ」
「……ハルカは、恋歌ちゃんの、料理……食べられるなら、なんでもいい。……みんなは?」
「俺はとりあえず洋食じゃなくて和食が食いたいな。最近和食ってものを見ていない」
「優誠くんのことだからファーストフードでご飯済ませていたってことでしょ? ダメだよ、ちゃんとした食事しないと」
「わ、分かってますって」
こうして榊先輩が反町の食生活に口を出すのは何度目だろうか?
言われた一週間くらいは真面目に自炊している反町だが、それ以降はまたファーストフードやコンビニ弁当生活に戻る。そしてまた榊先輩に注意されてまともに食事を取る。そして一週間で戻る。この繰り返しだ。
「お泊まり会の間は絶対にまともなご飯食べてもらうからね? 明日は私が作るから」
その言葉にクラスの目がいっせいにこちらに向いたような気がした。主に男子の。
まぁ、榊先輩の手料理を食べることができるのだ。好機や嫉妬の目線で見られても仕方ないと言ってしまえば仕方ない。
「とりあえずモール行こ。話は歩きながらでもできるしね」
先頭に立って雪原は歩き始める。
俺たちはその後ろについていった。
「――和食。和食でしょ? それならやっぱり定番どころ食べたいよね」
「和食の定番……焼き魚? あとご飯と味噌汁にお新香」
「それだと夕飯っていうより朝ごはんじゃないか? しかもかなり昔の時代の」
「うん、それ思った。ごめん、聞かなかったことにして」
自分の発言が古すぎて恥ずかしくなったのか、雪原は即座に自分の意見を否定した。
「……朝ごはんの、焼き魚は……アジの開き?」
「紅シャケじゃないか?」
「聞かなかったことにしてよ……!!」
「私はアジの開きかな! つもりちゃんは?」
「……反町と同じで紅シャケですけど。てか、私の言ったこと無視ですか夜乃会長。この間の肝試しのことまだ根に持っているんですか」
「ふんっ」
わざとらしいそっぽ向いた榊先輩。
どうやらまだ根に持っているようだった。
火種があれば瞬時に爆発してしまいそうな雰囲気に一同押し黙る。
雪原から放たれる威圧感に電線に止まっていたスズメ達が一斉に飛び立っていった。
「……えーと、あの、その――メニューどうしますか?」
一発触発の雰囲気の空気を変えるために、十堂が自ら話題を戻し、反町にバトンタッチと言わんばかりにアイコンタクトした。
「に、煮物とかどうだ? 和食の中でもわりとメジャーだと思うし、つもりちゃんも結構好きだったよな?」
アイコンタクトを受け取った反町が雪原の様子をチラチラと伺いながら提案する。
榊先輩ではなく雪原に話し掛けたのは良い判断だ。一番の火種となりうるものから刈り取っていく――流石は反町。
さあ……あとはどうなるかだが……。
無言の時間が訪れる。
先ほどのスズメ達は少し離れた電線に留まり、こちらの様子を伺っているようだった。
「…………はぁ」
数秒の沈黙のあと、雪原はため息を吐いた。
同時に耐え難かった威圧感も消え、肩の荷が下りる。
「……煮物はダメ。あれは何時間も前から下ごしらえしたほうが絶対に美味しいから」
「同感ですね。作れなくもないですけど、どうせ作るならしっかりと作りたいです。美味しいもの食べてもらいたいですし」
十堂とご飯を食べるようになってから気づいたのだが、彼女はわりと食に関してよく考えている。栄養バランスなどはもちろん、相手に美味しく食べてもらいたいという気持ちが伝わってくる。
「あ、肉じゃがとかどうだ?」
ふと頭に思い浮かんだメニューを口にする。
和食の定番といえば肉じゃがだってそうだろう。
「……肉じゃがに、白滝入れる派? 入れない派?」
「おいやめろ遥香ちゃん、余計な戦争の火種を撒くな。折角鎮火したというのに」
「……あ、ごめん」
自分の発言が迂闊だったと古宮は後悔する。
しかし後悔しても遅いようで、雪原と榊先輩の二人は同時に口を開いた。
「入れるよ!」
「入れない」
ピシッ――と、空間に亀裂が走ったような気がした。
「あっれ〜? つもりちゃん白滝入れないの〜?」
何故煽るような口調なんですか先輩。
口元に手を当てて笑う榊先輩は惑うことなく雪原を煽り続ける。
「肉じゃがに白滝入れないなんて子どもだね〜。あ、そっか! つもりちゃん子どもだもんね! 大人の味は分からないか! ごめんね!!」
舌を出し、てへっとウインクする榊先輩。
日頃のいたずらに対する仕返しのつもりなんだろうが、煽っているようにしか思えない。
そして――雪原に殺されるビジョンしか見えない。
「……夜乃先輩は生きることをやめたいんですか? なんというか……バッドエンド通り越してデッドエンドの未来しかわたしには見えないんですけど……」
「奇遇だな十堂。俺も今、全く同じことを考えていた。だから俺はこれから起こるであろう悲惨な運命から目を背けたいと思っているんだが……どうだ?」
「……助けて、あげないんだ」
「自業自得ってやつだろ。ていうか……止めようにもつもりちゃんが怖すぎて無理」
ダダ漏れの殺気。
若干俯いていた雪原の顔がゆっくりと上げられていく。
「――ねぇ、夜乃会長」
「「「「!!?」」」」
低く冷たい声。
ナイフのように鋭利なその声色に俺たちは恐怖のあまり動けなくなる。
辺りの温度は急激に下がり、雪原の全身から放たれる絶対零度の殺気が榊先輩はおろか、俺たちをも貫く。
その姿はさしずめ――般若といったところだろうか。
とにもかくにも、榊先輩は雪原の逆鱗に触れてしまったということだ。
「あ、あの……つもり……ちゃん。まずはその、えと……そう! 話し合お? 今なら甘狐処の抹茶セットも付けるよっ!!」
「……」
煽るだけ煽っておいてようやく冷静になったのだろう。榊先輩はだらだらと冷や汗を流しながら酷く狼狽していた。
「す、好きなもの何でも奢るよ! あ、そうだ! 前に柑橘系の香水欲しいって、言っていたよね……!! それも、ぐすん……買って、あげる……から、えぐっ、だから、許じでぇぇぇぇ……ぶええええ」
マジ泣きだった。
なんかもう……フォローできない。
「夜乃会長、ちょっとツラ貸してくれませんか。ああ、あと――」
ぐるんと雪原の顔がこちらを向く。
「……ひっ」
「古宮!?」
浮かべられた満面の笑みの恐ろしさに、恐怖のパラメーターを振り切った古宮は気を失ってしまった。
俺は倒れる寸前で古宮は受け止める。
「――浅川たちは先に買い出し行っててくれる? 私と夜乃会長はちょっとお話をしてから追いかけるから」
「あ……ああ。分かった……」
有無を言わせぬ笑顔に俺は頷くことしかできなかった。
「ありがと。じゃあまたあとでモールで会お。ばいばい」
そう言うと雪原は榊先輩の口を手で封じ、反対の手でがっちりとホールドして曲がり角の向こうに消えていった。
「初めて……命の危機ってものを感じたような気がします……」
見てくださいよ。と、見せられた十堂の腕には鳥肌が立っていた。
「……正直言うと、あのつもりちゃんは……まだ怖くねーよ」
「反町?」
二人が消えていった曲がり角を、反町は軽く睨みつけていた。
「あいつが本当にキレたら……こんなんじゃ済まないんだよ……」
「……どういうことですか?」
十堂が首を傾げる。
「一年の時のあの事件のこと言ってるのか?」
一年の時の事件。
前にも一度語った記憶があるが、クラスメイトちょっとしたイタズラで古宮が怪我をしたというやつだ。あの時の雪原もかなり怖かった。
「……いや、それじゃない」
「じゃあどれだ? あの事件以外に雪原がキレたことなんてあったか?」
「……」
反町は黙り込む。
話したくないということだろう。
「……買い出し行くか」
「おう。と言っても俺は着替え取りに行くから隼人は恋歌ちゃんと二人で買い物だけどな」
「お前それなら……その時は古宮も連れてけよ? 古宮だって着替え必要なんだから」
言いながら俺は古宮を背負う。
その身体は驚くほど軽かった。
「……それまでに目を覚ましてくれることを祈る」
反町は苦笑いしながら歩き出す。
「とりあえず早く行こうぜ」
「了解」
「了解です」
十堂も空気を読み、これ以上何か言ってくることはなかった。
「ていうか、結局夜ご飯のメニューどうするんだ?」
「……白滝無しの肉じゃがでいいんじゃないですか? 生きて帰ってこれたら喜んで食べると思いますし」
「……なんというか、残酷だな」
歩きながら空を見上げた。
澄み渡る青い空に榊先輩の悲鳴のようなものが聞こえたのはきっと気のせいだと信じたい。
to be continued
心音です、こんばんは。
みなさんは肉じゃがには白滝を入れますか? うちは入れない方が好きです。あと人参もいれませんね。牛肉、玉ねぎ、じゃがいもでオッケーだと思います。
さて、次回はいよいよお泊まりスタートです。それが終わればようやく二つ目の個別ルートに入ります。
では、また次のお話でお会いしましょう。




