第35話『決着の行方』
「――くそっ……!!」
やはり榊先輩の言葉を鵜呑みにせず一緒に戦っていればよかった。
あのガラスを床に叩きつけたような音は一体なんだったのだろうか。あれ以降何の音も聞こえず、俺の中の不安という感情の溜まった器が壊れかけていた。
命に関わるようなことをするのは無しというルールだが、逆に言ってしまえば死ぬことがなければ何をしたっていいのだ。
だが相手はあの雪原だ。どんな危険なトラップをこの校舎に仕掛けているのか分かったもんじゃない。
俺の手持ちは十堂を気絶させた閃光音響弾が三発にお手製の癇癪玉が二十個ほど。それと結衣から託されたスマホの端末のみ。
本当にやばい時に、中にインストールされているアプリを起動させてとにかく走ってください。と、言いつけられている。
具体的に何が起こるのか聞いていないからあまり使いたくは無いのだが、おそらくは使うハメになってしまうだろう。死ぬようなものではないらしいからその言葉を信じるしかない。
「――先輩ッ!!」
あの角を曲がれば図書室はすぐだ。
俺は走る速度をそのままに、曲がり角を曲がった。
「――遅かったじゃん、浅川」
出迎えたのは榊先輩ではなく、雪原だった。
視線を少しだけ下に落とす。
「……お前、榊先輩に何をした?」
雪原の足元――そこには榊先輩が横たわっていて、辺りにはガラスの破片が大量に散らばっていた。先ほどの大きな音はこの割れたガラスが原因だろう。
遠目からだが、榊先輩に目立った外傷はない。気絶しているだけのようだった。
「死んではいないから大丈夫」
「前から思っていたんだが、お前……こういう時かなり性格変わるよな。普段は隠せている黒い部分が滲み出てる」
「普段隠せていればそれでいいんだよ」
サラッと煌めく白い髪をかきあげる。
「私が信頼している人たちの前――つまり、浅川たちの前ならわざわざ隠す必要もない。ありのままの私を見ても何も言わない。ちゃんと仲間として一緒にいてくれる。他の人たちのことなんてどうでもいい。私は浅川たちがいるならそれでいい」
どこか哀愁の漂うその言葉。
こんな性格の雪原がどうしてここまで俺のことを信頼してくれているのか分からない。
雪原の今の性格は元々なのか、それとも昔何かあったのか。それすらも俺には分からない。
もし何か知っているとすれば、それは反町だろう。
あいつは中学の頃から雪原と知り合いらしいし、俺たちの中の誰よりも雪原に詳しいはずだ。
「さて――制限時間は残り三十分くらい。どうする? このまま引き返すのなら見逃してあげるけど」
「……とか言いつつ、俺が背中向けた瞬間何か仕掛けてくる気だろ」
「ふふっ、バレた?」
「お前の性格上、見逃すなんて地球が崩壊してもありえない」
俺は手提げ袋の中の閃光音響弾を握る。
「分かってるじゃん。それでこそ浅川……!!」
雪原が動く。
真っ直ぐこちらに突っ込んでくる雪原の手にはスタンガンが握られていた。
「――ッ」
身体を捻る。
バチッと電気が弾ける音と共に、つい今しがた俺がいた位置を雪原が抜ける。
「ふっ――!!」
短く息を吐き、裏拳を雪原の首筋目掛けて叩き込む。
「当たらないよ」
予め予測されていたらしく、俺の裏拳はその場にしゃがみこまれたせいで虚しく宙を切る。
けど俺の攻撃はここで終わりではない。
裏拳の手に握っていた癇癪玉を離す。
バラバラと床に散らばったそれを俺は思いきり踏みつぶす。
「――ッッ」
途端に炸裂する大音響。
普通の癇癪玉の数倍以上の音が鳴るそれを至近距離で聴いた雪原の体勢が一瞬崩れる。
その隙を俺は見逃さない。迷うことなく雪原に回し蹴りを繰り出す。
「――くッ」
だが、すんでのところで地面に転がって雪原は蹴りを回避した。
「……遠慮なしじゃん。普通あんな蹴り女の子にする?」
「相手がお前なら問題ない。十堂や古宮、それに榊先輩にはこんなことはしないさ」
「差別は……よくないねッ!!」
立ち上がると同時に雪原は右腕を突き出す。
俺はその腕を掴み、勢いのまま投げる。
「――かはっ……」
投げたすぐ後ろには壁があり、雪原は背中を思いきり打ちつけ倒れた。
倒れた拍子に離されたスタンガンを蹴り飛ばした俺は顔の前に癇癪玉をばらまいてすぐ近くに足を持っていった。
「……俺の勝ちだな、雪原」
背中を強打している。しばらくはまともに動くことは出来ないはずだ。加えてこの状況。俺の勝利はほぼ明確だった。
「背中……痛い、んだけど……」
「そりゃ痛いだろうな。小細工できないように全力で投げさせてもらった」
「最低……。私じゃなかったら縁切ってるところ……」
「他の人は知らん。俺はお前だから投げたんだ」
「最後の言葉を変えれば、素敵な言葉に変化するね」
「他の人は知らん。俺はお前だから好きなんだ」
「……告白されちゃった。でもごめん。その告白には応えられないなぁ。だって――」
こちらから雪原の表情は見えない。
でも何故だろうか。笑ったような気がした。
「――反町ッ!! 今がチャンス!!」
「――!!」
突如俺の後ろを見て雪原は叫ぶ。
やられた。二人は組んでいたのか――!!
俺は慌てて振り返る。
「……なっ!?」
しかしそこに反町の姿はない。
揺らめく闇が俺を嘲笑っていた。
「――しまった……ハッタリか……!!」
気づくが遅い。
足払いよって足を取られた俺は背中からもろに床に倒れた。
肺に溜まっていた空気が一気に吐き出され、一瞬息ができなくなる。
「――残念。私の勝ちだよ、浅川」
俺の身体に馬乗りした雪原。
抵抗しようにも首元に押し付けられたスタンガンのせいで下手に動くことが出来ない。
「勝てると思って慢心していたのが浅川の敗因。あんな会話なんてしないでさっさと癇癪玉を破裂させれば良かったのに」
「……ああ、完全にミスった。ていうか……お前スタンガン二つ持っていたのかよ……」
「これは夜乃会長が持っていたやつ。最初の私の私物だけどね。ちなみに威力は夜乃会長のほうが数倍強いよ。私のは何も手加えてないけど、これ改造してるみたいだし」
首元にスタンガンを当てたまま雪原は口元を吊り上げて笑う。
「学校の警備システムを切ったり、スタンガンを改造したり――夜乃会長って一体何者なんだろうね? 浅川何か知らないの? 一時期は夜乃会長にご執心だったじゃん」
「あれはそんな下心があったわけじゃねーよ。榊先輩との関係をきっちりしたかっただけだ。だから何も知らない」
「ふーん? まぁ実際そんなことどうでもいいんだけどね」
「そうだな。気にするのはそこじゃないよな」
笑い声がピタリと止まり、雪原は俺を睨みつける。
「……どういう意味」
「さっき自分で言っていたよな? 浅川の敗因は慢心していたからだ――ってさ」
「それで? この状態でさっきの私みたいにハッタリをかける? 無駄だよ、何かしようとした瞬間に私はスタンガンのスイッチを入れる」
ハッタリではないだろう。
俺が動いた瞬間雪原は躊躇いなくスイッチを入れる。
「だが、あえて言わせてもらおうか」
睨みつけてくる雪原に笑顔を送る。
そして――予め手の中に隠していたスマホに触れた。
「俺達二人の――負けだ」
「――ッ!?」
ここでようやく雪原は俺の手にスマホがあることに気づいた。
「残念だったな。お前の視線は常に俺の顔を捉えていたから他ががら空きだった。スマホならさほど手を動かさなくても操作することが出来る」
「ちッ」
「逃がさねーよ」
舌打ちして立ち上がろうとする雪原の腕を掴む。
「時間も経ったしだいぶ動けるようになった。ここで一緒に負けようぜ、雪原」
結衣にはアプリを起動させたらすぐに走れと言われていた。何が起こるか分からないが榊先輩とはだいぶ距離がある。危害はゼロ距離にいる俺たちと比べたら軽いもんだろう。
「……はぁ」
込められていた力が緩んだ。
表情も険しい表情から諦めの色に変わっていた。
「……最悪。で、これ何が起こるの? 何かさっきからピピピって音が鳴ってるけど」
「悪いな。俺も詳細は知らないんだ。これの持ち主にはアプリを起動させたらすぐに走れって言われていたからな」
「もっと最悪……」
ため息を吐きながら雪原は身体をどけた。
今思えばだいぶ危険な体勢だったと気づく。
俺が起き上がり近くの壁を背もたれに座ると、雪原も隣に並んだ。
「遥香は……ぬいぐるみ取れたかな」
「どんなトラップ仕掛けたんだ?」
「水銀装置。作動すればぬいぐるみはお陀仏」
「最低だ……と、そろそろ時間みたいだな」
スマホから鳴る警報のような音がピーーーーという、いかにも爆発しそうな音に変わり、画面が白く光り始めた。
「一位……誰だか分かる?」
「多分十堂だな」
「なら軽い罰ゲームに期待していようかな」
その言葉を最後に雪原は口を閉ざし、目を閉じた。俺も雪原を真似ることにする。
「……」
次の瞬間、目を閉じているのにも関わらず、目の前が真昼のような明るさになり、鼓膜が破れるのではないかというほどの爆音が校舎に響き渡った。
to be continued
心音です。こんばんは。
どうでしたか?たまにはこういうアクション物もいいですよね(:3_ヽ)_
次回は罰ゲームを受ける人が確定します。
それではまた会いましょう。




