第33話『警戒』
「……ごめんな、十堂」
自分の教室に戻った俺は気絶していた十堂を背負って教室から出た。
俺の仕掛けたトラップに引っ掛かったのは半ば予想していた通り十堂だった。彼女はこういったイベントは初めてだからあまりこういうことに警戒はしていなかったのだろう。でもまぁ、これで俺たちがやるイベントは何でもありだって事を分かってくれた筈だ。
仕掛けたのは簡単な閃光音響弾。もちろんお手製だ。ゼロ距離で爆発しない限り殺傷能力は無いに等しい。もちろんそこんとこはちゃんと考えて設置したから激しい閃光と音が炸裂するだけになっている。
気絶していた十堂の手には俺のぬいぐるみがしっかりと握られていた。離そうと思ったのだが、固く握っていたから素直に諦めることにした。気絶してでもぬいぐるみを守り抜いた十堂に少し感心してしまう。
「はぁぁぁ……。起きたらちゃんと謝らないといけないな……」
自分でしたことながら罪悪感で胸がいっぱいだった。
本来なら俺のぬいぐるみを取り返して別場所に隠す予定だったのだが、そうするのすら躊躇われる。きつく握られたぬいぐるみを無理矢理取るほど俺は酷い人間ではない。
俺が今十堂を背負っている理由はただ一つ。このまま校舎の外に連れていく為だ。
「……軽いな」
小さな身体の見た目通りの軽さ。
それでも女の子を象徴する双丘の柔らかさは背中越しにしっかりと伝わってきて少し恥ずかしくなってくる。
「そういえば……なんか昔にもこんなことがあったような気がするな……」
あれはいつのことだっただろう。
確か……そう。俺が小学二年生になったばかりの頃のことだ。
入学したばかりでまだ学校のことが全然分からなかった……誰かを、こうして今の十堂みたく背負って校内を歩いたような気がする。
「……」
昔のことだからか、誰を背負っていたのかまでは思い出すことができない。ただ一つ言えるのは――女の子だったということだけ。
しかし――不思議だ。自慢ではないが、俺はこの頃友達と言えるような友達は片手で数えられるくらいしかいなかった。性格上、見ず知らずの女の子を背負うとも思えないし、仮に友達を背負っていたとしたら忘れる訳がないような気がするのだが……。
「……まぁいいか。昔のことだ」
昔のことを――あまり思い出したくない。
記憶というものが頭の中の引き出しにしまわれているというのであれば、俺は昔の記憶の入っている引き出しに鍵をかけている。そうしなければならない理由があったからだ。
この記憶だけは誰にも明かすつもりはない。言わば俺の心の闇のような部分だ。鍵をあけてはいけない。開けたら最後――俺はまた苦しむことになるのだから。
でも何故だろうか――。今のこの一瞬だけ、思い出してもいいのではないかと思ってしまうのは。
「――バカバカしい。何を考えているんだ俺は……」
頭を振って考えていたことを霧散させ、体勢を整える為に十堂を背負い直す。
意識を失っている人を背負うのはなかなか大変だ。しがみついてくれないし、多少猫背にならないと、ふとした拍子に体が後ろに倒れてしまうから注意が必要。下手したら頭から落ちて永遠の眠りについてしまう。
「……」
階段に差し掛かると同時にポケットに入れたスマホにメッセージが入る。
十堂を背負っているからスルーしようと思ったのだが、何故か確認しなければならないような気がした。
片手で十堂を支えたままスマホを取り出して内容を確認する為にロックを解除する。
「……ッ」
メッセージにはセンサーに引っ掛かった人がいるというものだった。それは別にどうってことない。ただ――場所が問題だった。
俺はなるべく音を立てないように近くの教室に入って身を潜める。
「……」
俺がいるのは二階で、作動したセンサーはちょうど真下の階段のセンサー。この学校に地下なんて所は存在しないから上にあがって来るのは明確。メッセージを確認しなかったら鉢合わせになっていたに違いない。
カツン、カツン――と、誰かの足音がはっきりと聞こえてくる。そのまま上っていってくれることを期待したのだが、その足音は俺と十堂のいる教室の方へと向かってきていた。
そのまま通り過ぎてくれ――頭の中で言葉を繰り返す。今状態で誰かと対峙することになったらこっちの方が圧倒的に不利だ。
「……」
足音はすぐ近くまでやってきていた。
言っしまえば俺と歩いてきている誰かとの距離は教室の扉一枚分しかない。
十堂を見る。目を覚ましそうな素振りはないし、音さえ立てなければやり過ごすことが出来る。
やがて音は遠ざかっていき、聞こえなくなったところで誰かがセンサーに引っ掛かったことを知らせるメッセージが届いた。
場所は――こことは反対側の二階の踊り場。どうやら無事にやり過ごせたようだ。
「……行くか」
教室から出て再び校舎の外を目指す。
階段を降りれば目の前は下駄箱。焦らずに辺りに神経を張り巡らせ、危険がないことを確認しながら慎重に向かった。
「ふぅ……」
今度はもう特に何もなく移動することができた。
外にあるベンチの上に十堂を寝かせ、俺は丸まった背中をぐーっと伸ばす。
「……さて、榊先輩を助けに行くか」
十堂が握りしめるぬいぐるみの隣に俺のぬいぐるみも置き、再び校舎に入る。
まずは榊先輩が何処にいるかを把握しなければならない。俺は手提げ袋の中から小型無線機を取り出す。
これは肝試しが始まる前に反町と榊先輩に渡していた物だ。通常はこちらが話した言葉は二人に届くのだが、裏にあるダイヤルを先輩が持っている無線機に合わせて話せば先輩だけに言葉が届くようになる。つまり、個人的な会話をする際にも使えるというわけだ。
「――先輩、聞こえますか?」
しばらく返事を待っていると無線機から先輩の声が聞こえてきた。
『――聞こえるよ! どうかしたの?』
「先輩の手伝いをしようと思いまして。今どこにいますか?」
『手伝ってくれるのは嬉しいけど……自分のことはいいの?』
「俺はもう見つけましたので。先輩、単純すぎますよ」
『だ、だって見つからなかったそれはそれでつまらないじゃん……』
「まぁいいですけど。俺はもう安全圏なんで。で、今はどこにいるんですか? すぐに行きますよ」
『図書室だよ。遥香ちゃんが隠すなら最もなところだと思わない?』
「確かにそうですね。じゃあ今から向かいます。今一階にいるので少し時間が掛かりますけどね」
俺がいる一階から先輩のいる図書室までは多少距離がある。距離があると言っても走っていけば一分も掛からない。
『じゃあ探しながら待ってるね。急がなくていいから周りに警戒して。この肝試しは罰ゲームを受ける人を多めに出すのが目的だと思うからどんなトラップがあるか分かったもんじゃないもん』
やはり先輩も分かっているようだ。
まあ一年近く雪原と付き合っていろんなイベントをしていれば必然的に分かってしまうか。
「先輩こそ慎重に行動してくださいよ?」
『大丈夫大丈夫! 今のところ何もないから!!』
「なら、これからのことを心配してくださいよ……。とりあえず今から向かうので無線切りますよ」
『分かった。気をつけてね』
プツン――と、音がして無線が切断され、残るのは耳障りなノイズだけだった。
「早いとこ行くとするか……」
スマホを片手に俺は歩き出した。
to be continued
心音です。
肝試しもそろそろ終盤です。
結末がどうなるのか――お楽しみに、です。




