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恋と約束の交響曲  作者: 心音
共通ルート01
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第11話『ハチミツなひと時』


「――ではキッチンお借りしますね」


雪原から借りた青と白のギンガムチェックのエプロンを付けた十堂は買ってきた材料を片手にキッチンに立った。

作っている間、自由にしていてくださいとのことで、俺と雪原はリビングで再放送のドラマを見ていた。見ていると言ってもお互いスマホに集中しているせいか、ドラマはただのBGMとなっているのが現状だ。


つも『恋歌がカレー作ってくれてる。私と浅川はまったりなう』


よるの『おー!そっちはカレーなんだ!こっちは遥香ちゃんがハンバーグ作ってるよ!』


隼人『古宮が作ってるのか。てっきり反町が作ってるもんかと』


よるの『こういう時作るのはいつも優誠くんだからたまには〜って感じで遥香ちゃんが作ることになった!』


隼人『先輩は手伝わないんですか?』


よるの『遥香ちゃんがゆっくりしててくださいって言ってたからお言葉に甘えてるの』


隼人『なるほど』


榊先輩は料理がうまい。

俺たちの中でおそらく一番うまいのは榊先輩だろう。和洋中を極めていてリクエストすれば基本的に何でも作ってくれる。どの料理もほっぺたが落ちるほど美味しく、店を開けるんじゃないかと思うほどだ。

とある欠点さえ除けば榊先輩は本当に完璧人間である。そんな榊先輩のとある欠点はまたいずれ話をしよう。きっと雪原が今年も『あれ』をやるだろうから必然的に分かってしまうのだが。


つも『反町は何してるんですか』


よるの『この間言ってたゲームしてるよ』


ゆう『女の子がいる中で堂々とエロゲしてる俺かっこいい』


恋『バカですか』


反町のくだらない言葉に真っ先に反応したのは何故か十堂だった。

必然的に俺と雪原は料理をしているはずの十堂の方へ振り返った。


「どうかしました?」


視線は左手のスマホに落ちているが、俺たちが振り返ったことには気づいていたらしい。

器用なことに、左手でスマホを操作し、右手で野菜を洗っていた。


「いや……お前器用だな」


「そうですか?料理中にスマホなんて普通ですよ。包丁を使うとき以外はいつもこんなもんです」


「恋歌……恐ろしい子ッ!」


「そんなヒステリックに言わなくても」


軽くツッコミを入れてグルメに視線を戻す。


恋『いいですか優誠先輩』


恋『エロゲというのは一人でお淑やかに楽しむものです』


お淑やか……?


恋『女の子がいる中でやって俺カッコイイをしているなんてまだまだです』


恋『出直してください』


ゆう『ご、ごめんなさい』


何故か現実で土下座をしている反町の姿が頭に浮かんだ。


「……どっちが先輩なのか分からなくなってきた」


「言うな雪原。反町が泣くぞ」


雪原と顔を見合わせて笑っていると、トントントンとスピーディーでリズミカルな音が聞こえてくる。野菜を切る作業に入ったらしくスマホは汚れない位置に移動させていた。


「切るスピード速いな」


「慣れてますから」


「夜乃会長よりも速いんじゃない?」


「俺もそう思う」


あっという間に買ってきた野菜を全て切り終えた十堂は鍋の中にそれをドバっと入れる。


「十堂はいつから料理始めたんだ?」


「随分と昔ですよ」


「へぇ。俺は高校頃からだな。一人暮らし始めたのが高校からだし」


「私は中学の頃。親に教えてもらってたよ。本格的に始めたのは浅川と同じで高校の頃だけどね。親の仕事が忙しくなったのがそれくらいだし」


「お二人は良く一緒にご飯食べているんですか?」


そうだよ。と、雪原は頷く。


「一人で食べるのは寂しいからね。それがどうかしたの?」


「いえ、単に昼休みにご飯誘ってもらった時、『今日は三人で食べれる』的なことを言っていたので、『今日は』ってことは普段は二人で食べているのかなと思っただけです」


「これからは恋歌も加わるんだよ」


「……良いんですか?」


「もちろん」


雪原は即答する。

俺も人数が多いほうが楽しいと思うし、もちろん賛成だ。

それに――きっとこの提案には十堂との距離を縮めるという意図があるはずだ。一緒にご飯を食べるなど、簡単なことを繰り返していくことが距離を縮めるための近道になる。

一歩ずつ、確実に進んでいこう。


「私の親がいない時――まぁほぼ毎日だけど。三人でローテーションしてその日の夕飯を作っていくの。作るものはその日作る人が決めていい。どう?楽しそうでしょ」


「すごく楽しそうです」


「じゃあもう十堂も加わるしかないな」


コクンと、まだ少し遠慮気味に頷いた。それでも――


「ふつつかものですが、よろしくお願いします」


また一歩――距離が縮んだような気がした。


「硬い硬い!!友達なんだからもっと軽くいこうよ」


あははっと雪原は笑う。


「か、仮にも先輩後輩の関係はあるので敬語はやめませんからね」


「恋歌はいい子だなぁ。私達そんなこと全然気にしないのに。ね、浅川」


「ああ。まあ俺は榊先輩を先輩付けにしてるけどな」


「私は親しみを込めて夜乃会長」


「それは親しみを込めてるって言えるのでしょうか」


「言える言える。先輩よりは堅苦しくないでしょ」


「確かに『先輩』よりは軽い気はしますけど……なんか相手が生徒会長の立場だと『会長』って敬称になるような気がするんですよね」


「……」


雪原は押黙る。

言われてみれば全くもってその通りである。


「……ま、まぁその話は置いといて」


少し焦り気味の雪原は話題を逸らすためにカレーを作っている鍋を見る。


「あとどれくらいで出来る?」


「30分程度です。話しながらもちゃんと作業は進めていましたから」


確かに話している最中も十堂の手は休むことなく動いていた。料理だけではなくスマホも弄っていたが。


「あ、つもり先輩。冷蔵庫に入っていた牛乳とレモン汁使ってもいいですか? あとハチミツがあると嬉しいんですけど」


「いいよ。牛乳は賞味期限近いほうから使ってくれる? ハチミツは下の方の棚に入っているはず」


「分かりました。では使わせてもらいます」


冷蔵庫から牛乳とレモン汁を取り出してあらかじめ用意していた軽量カップの隣に並べ、下の棚を漁って見つけたハチミツを大さじ一杯ほど軽量カップに入れた。

その後は牛乳、レモン汁という順番でハチミツを入れた軽量カップに入れてマドラーで混ぜていた。


「少し冷蔵庫で冷やしているあいだにサラダを作ってと……」


「……」


てきぱきと作業をこなしていく十堂を見ていると本当に家事に慣れていることが分かる。

それから少ししてから夜ご飯が完成し、一品一品食卓に並べられていく。


「ビーフカレーに玉子スープ。サイドでサラダとヨーグルトラッシーです」


「おおー…」


感嘆のため息が漏れる。

どれも綺麗に盛り付けられていて見るからに美味しそうだった。


「いただきます!」


「はや!?」


雪原がフライングしてスパイシーないい香りのするカレーを一口食べる。

何度か咀嚼してごくんと飲み込むと、カレーを見つめながら呟いた。


「……美味しい」


言いながらパクッともう一口食べる。


「辛すぎず、甘すぎず――程よいカレーの辛さってやつ? しかも肉はびっくりするほど柔らかくて美味しい……。これどうしたらこんな風になるの?」


「ハチミツですよ」


飲んでいた玉子スープをテーブルに置いてから十堂は答える。


「ハチミツはカレーをマイルドにしてくれます。同時にお肉を柔らかくしてくれるんで一石二鳥なんですよ。でも――」


スプーンでカレーをすくい上げる。


「ハチミツを入れるタイミング間違えると今みたいにとろっとしたカレーじゃなくてサラサラとしたカレーになっちゃうんですけどね」


「へぇー。覚えておこっと。んー!玉子スープも美味しい!」


「ヨーグルトラッシーもなかなか美味いぞ。牛乳とレモン汁でこんな飲み物が作れるんだな」


さっぱりしていてカレーに良くあう。

口直しも兼ねて作っているのならなかなかの策士である。


「喜んでもらえて何よりです」


「あっ……」


今ほんの少し十堂が笑ったような気がした。


「どうしたんですか?」


「……いや、十堂の飯美味いなって思っただけだ」


「そうですか」


けどそれは一瞬で、瞬きする間もなく元の無表情に戻ってしまっていた。

俺は玉子スープを飲む。じんわりと心と体が温まっていくのを感じた。


「結構時間経っちゃったね。洗い物は私がやっておくから浅川は恋歌を家に送ってあげて」


ご飯を食べ終え、のんびりとした時間を過ごしていたところで雪原はそう提案してきた。

時間は22時を過ぎたところだった。


「わかった。んじゃ十堂、俺たちはそろそろ帰るか」


「そうですね。つもり先輩、今日はありがとうございました。またよろしくお願いします」


「はーい。じゃあまた明日ね」


家を出たあと、玄関まで見送ってくれた雪原に手を振る。雪原が家に入ったところで俺たちは帰路につくことにした。

街灯はあるも薄暗い帰り道を二人で並んで歩いていく。


「どうだ?今日は楽しかったか?」


無言でいるのもつまらないと思い、俺は十堂に話を振った。


「ええ。こんなに楽しい夕食は初めてかもしれません」


「大袈裟な」


横目でチラッと十堂を見る。

街灯の微かな灯りに照らされた彼女の表情はやはり無表情だった。


「――先輩」


急に十堂が立ち止まる。


「十堂?どうし――」


「先輩がわたしにここまでしてくれるのは何でなんですか?」


「……」


あまりにも急な質問に、俺はその質問の真意を考える。

何故このタイミングでこんなことを聞いてくるのか。どんな答えを聞きたいのか。けどこれはきっと考えて答えを出すものじゃない。直感で思ったことを素直に伝えるべきところだ。



「……友達だから。って答えじゃダメか?」


ビュン――と、俺と十堂の間に風が吹き抜ける。


「……いえ、十分です」


なびく髪を押さえて十堂は駆け足で俺の前に出る。


「ここまでで大丈夫です。隼人先輩、また明日学校で」


「……あ、あぁ。また明日」


暗闇に消えていく十堂の背中。

完全に闇に溶け込んでしまっても尚、俺は目を離すことが出来なかった。


「――なんで……そんな顔したんだよ」


頭に残ったのは悲しそうに歪む十堂の表情だった。



to be continued

うちはカレーには醤油を入れる派です。

ごめんなさいどうでもいいですね。

さて、この物語ですがそろそろ個別ルートに入ることになると思います。恋歌、つもり、遥香、夜乃。どのキャラのお話になるかはルートに入るまでのお楽しみです。

それでは次の話でお会いしましょう。

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