君の約束、僕の嘘。
――いけねぇ、遅刻する!
ただでさえ時間を遅くしてもらったっていうのに、指定した午後五時からの遅刻となっては彼女はオカンムリだろう。
今日は大切な約束の日なのだ。守らねばならない。
彼女――宮西未緒と話すのは久しぶりだ。メッセージでのやり取りは頻繁だけども、実際に顔を合わせる時間なんてない。遠距離恋愛中なのだから。
だから、今日はどうしても外せない。
夜を飲み込む勢いの街の明かりを眩しく感じながら、僕は急いだ。
***
――遅いなぁ。
約束したのは午後五時。夏だったらまだ明るいだろうこの時間だが、息が白くなるこの真冬なら空は暗い。あたしは星が見えないかと見上げたが、街の明かりが眩しすぎて月さえ霞んでいるように感じた。
左手には造花の花束。今日は大切な日なのだから、ちゃんと忘れずに用意した。彼――松下大悟が好むカスミソウたっぷりの薔薇の花束を。恥ずかしいけど、これならきっとすぐに見つけてくれるだろう。
花束を握ったまま指先を呼気で暖めていると、正面に影が生まれた。
「お待たせしたね、未緒ちゃん」
顔を上げると、待っていた優しい顔がそこにあった。
「ううん。全然待ってないよ」
あたしは何でもないと首を小さく横に振ったあと、精一杯微笑んだ。
「行こうか」
「うん」
並んで歩き出す。目指すのは大悟と一緒によく行ったイタリアンレストラン。予約は入れてあるはずだ。
空いていた右手に、彼は指を絡めるようにして握る。照れたのか、彼はそれっきり黙ってしまった。
お店に入って、いつもと同じコース料理を堪能する。大悟のことだけを考える幸福な時間だ。
だけど、それは永遠には続かない。
「じゃあ、これで」
「うん。今日はありがとう」
レストランの前で彼と別れる。一歩踏み出した、そのとき――。
「なぁ、未緒ちゃん。やっぱりこのあと、寄るのか?」
彼は後ろを向いたあたしの手を取って問う。行かせまいとしているかのように、強く握って。
「花束、飾らないと」
あたしは振り返らない。自分がどんな顔をしているのかわからないから。
「造花だろ、それ」
「永遠に咲いているなんて素敵じゃない。いつまでもこのままでいて欲しいもの」
「もうやめないか?」
彼は言う。
「離して」
「離すものか」
「なんでよっ! あなたはあたしにとって大悟の代役にすぎないんだからねっ! 干渉しないで!」
「離さない! 離せるかよっ」
彼――松下裕之介は叫んで、あたしを後ろから抱き締めた。その拍子に花束が落ちる。
往来の真ん中。自然と視線が集まるのに、裕之介は離さない。
「俺と大悟は双子でよく似てる。未緒ちゃんには《彼氏》のダブルキャストとしてちょうど良かっただろうよ」
あたしの腰に巻き付く腕に力がこもる。
「だけどさ、こんなこと続けてどうするんだよ。大悟が死んでるってこと、わかっているんだろ? もう見てられないよ。こんなの、絆じゃない。ただの見えない鎖に縛られているだけじゃないか!」
ぎゅっと抱き締めてくる裕之介の体温が、あたしの心にしみてくる。
今日は、プロポーズされるはずだった日。
そして、大悟の命日。
――あれから、五年も経つのね……。
五年前、遠距離恋愛中だったあたしたちはこの日にデートの約束をしていた。だけど彼は来なかった。交通事故に巻き込まれて、死んでしまったから。
彼が持っていた鞄の中から、婚約指輪が見つかったと連絡してくれたのが裕之介だった。それからずっと、こうして付き合ってくれている。
――大悟。終わりにしても良いのかなあ?
あたしの頬を温かなものが、静かに流れていった。
《了》