彼女の過去3
伯母さんと伯父さんとの生活は、これが幸せなのだろうかと考えるくらいには満ち足りていた。
二人はとても優しくて、私を本当の娘のように扱ってくれたけど、私はいまだにお母さん、お父さんと呼ぶことができない。
例えば二人との生活を始めてから最初に迎えた夏のある日、夜に喉が乾いて水を飲みに行こうとリビングに向かったら、何故か電気がついていた。
不思議に思いつつ、つい癖で足音を立てないようリビングに近づいたら、テーブルを挟んで向かい合って座っている二人が見えた。
どうしたんだろうと思いながらもリビングに入ろうとすると、不意に私の名前が呼ばれてバレたのかと隠れてしまった。
耳を済ませてみるが、バレたわけではないようだ。
けれど名前を呼ばれたのは事実で、いったい何の話をしているのだろう、と好奇心を出したのが悪かった。
いや、良かった。
二人が話していた内容はつまり、高校の学校費用を保険金から使うかどうか、だ。
まさか今までに私のために使ってくれていたお金が保険金から使われていないとは思ってなかった。
曰く、いつか私が一人暮らししたいと言い出した時や結婚する時のための貯金を高校の費用にあまりあてたくないとのことだった。
しかも悩んでる理由が18歳になった時に私に渡す保険金が入った通帳の中身は多い方がいいからとか聞こえた。
流石に20歳になるまでは管理は叔母さんがするらしいが、18歳になったら通帳の中身を相談はするけど私の好きなように使っていいってことらしい。
優しすぎて泣きそうになった。
「これからあの馬鹿妹の分を補って余りあるくらいに取り返すのよ。もう話に聞いたような酷い生活はさせない」
けど、そこでん?と首を傾げる。
「そうだな。あんな自慢できない内容を自信満々に自慢されるのは俺も頭にきた」
そういえば母は私が行儀の良い子だね、と褒められる度に得意げな顔をしていたような気がする、と考えるように上を向く。
じゃあ二人は私の今までの生活を全部じゃなくとも把握しているのか、と考えた時に聞こえた言葉に、流石に我慢できなくなったから部屋へと戻った。
「絶対に幸せにしような」
「うん!」
嬉し泣きなんて小説の中だけだと思ってた。
これじゃあ更に喉乾くなぁ、と思いつつ布団に涙を染み込ませる。
胸の奥が暖かくなるような感情を抱いたまま、私は眠った。
と、そんなことがあったから尚更、あの母と父を重ねてしまってお母さん、お父さんと呼べないのだ。
いや、お父さんはいいかもしれない。
仕事人間で私に興味を抱いたのはお年玉の件でだけ。
それ以外は存在ごと無視して母に丸投げしていたから、小さい頃から同じ屋根の下に住む他人だと思っていたし。
だけどそれでお父さん、と呼んだら伯母さんが多分お母さんって呼んでほしいと期待しちゃうかもしれないから、結局呼べない。
そんなことを悩みつつ、早いもので私ももう受験生だった。
家事を全部やらないってだけで暇にはなるが、時間の進みが少し速く感じた。
だからだろうか。
両親の死の真相について話をしたいと言われた時、随分と遠い昔のような気がしたのだ。
真剣な顔で伯母さんが私を見ていた。
私は両親の死の真相という言葉のチョイスに首を傾げつつ、「いいよ」と頷いた。
「私の妹夫婦は、死ぬ一年くらい前から何か企んでるみたいだった」
そうして始まった話に、最初っから首を傾げる。
そんなことあったっけ、と記憶を探るが、あの二人の様子を気にしたことがないので覚えていない。
ああでも、一時期朝から二人で出掛けるという珍しい光景をよく見た気がする。
あの時かな、と思いながら続きを待った。
「それは情に厚くてよく詐欺とかに引っかかるらしいある程度裕福な人を騙す計画」
そんな人いねーだろ、とツッコミを入れたくなったが、どんな人物だって探せばいると私は思っているから、もしかしたら奇跡的な確率を両親は引いたのかもしれないと真面目に思った。
「なんか妹が欲しいネックレスを見ていたら、その人が声をかけたらしいの。妹は人が良さそうな人だからいけるかもと家族の誕生日だからプレゼントしたい、でもお金がないなんて言ったのよ。馬鹿よね」
でもその人も馬鹿よ、これで買ってあげなさいと二桁の万札を渡すのだもの、と遠い目をして伯母さんが力なく笑う。
私は逆にそれを本当に言ってしかも成功した母の運に感心しかけたが、普通は有り得ない。
うん、普通は有り得ないよ、と思うが、その母の娘が一般の子供と違う育ち方で違う人生を生きている。
っていうかどう考えても虐待に近いような気がする。
何故周りにバレないままここまで来れたのだろう。
母は何か母にとって良いものにでも憑かれているのだろうか。
でも最終的に死んだけど、と他人事のように思った。
「それでその万札を夫に見せて、夫とその人を騙す計画を立てた。あ、連絡先はお礼をしたいからと交換したって言ってた。抜け目ないよね」
何気にちょくちょく聞いた話のように言うが、多分実際に聞いたのかもしれない。
母は自慢が大好きだから、そんなことがあったら自慢しそうだ。
いや、絶対に自慢する。
自慢されたことはないけど、小さい頃に親戚の人の家で自慢話を延々と続けた母の姿を見て育ったのだから確信できる。
「それで、計画の詳細は知らないけど、妹夫婦は見事に騙して逃げた。一度家に来てこれから逃げるから、貴女を引き取ってくれと言われたもの。成功したんだと本気で驚いたわ」
聞いた私も驚いた。
別に私を引き取ってくれの辺りは今更どうでもいいが、成功するとは思わなかった。
やっぱり何かに憑かれているのだろうか。
「でも、その夜殺されたと知ったときは信じられなかった。妹夫婦の近くにお金があったと言われなかったから、なかったんだろうとわざわざ聞いてはいないけど、何かトラブルがあったんじゃないかと考えたわ。多分誰かに大金を持っていることを知られ、揉めて殺されたとか」
へー、と思いながら聞いている私よりも、話している本人や横で静かに寄り添っている人の方が真剣そうだった。
なんか他人事なんだよなぁ、と思っていると、伯母さんがでも、と口を開いた。
「結局何もわからないままだったから、今まで何も言わないでいたの。勿論、今だって何もわからない。でもね」
伯母さんがゴクリと喉を鳴らした。
興味半分に聞いていたが、次の言葉には反応せざるを得なかった。
「犯人が、見つかったの」
えっ、と無意識に声が漏れた。
犯人が捕まろうと逃げ切ろうとどうでもいいと思っていたが、意外とどうでもよくなかったみたいだ。
「お酒を呑んで呑んで、呑みまくって泥酔。そのまま死亡。そこを発見されて身元とか検死とかしたら、妹夫婦を殺した犯人だと断定できたみたいよ。ニュースを見てたら見つけたわ」
犯人まで死んでるってことは、真相は結局ここまでしかわからないまま。
残りは迷宮入り、ってことか。
冷静に思考を巡らせてそう結論を出すが、軽くショックを受けた。
あの二人が死んだって誰かが損をするわけでも得をするわけでもないと思っていた。
でも、あの二人は死ぬ前に誰とも知らない良い人を騙して損させた。
騙し取ったお金は何処かへ消えたまま。
あまりにもあんまりだ。
「…騙された人が報われない」
静かに呟いて、天井を仰いだ。
だから気が付かなかった。
伯母さんが大きく肩を揺らしたことに。
「……ほんとはね」
暗い声で伯母さんが言う。
顔を向ければ、伯母さんは俯いて肩を震わしていた。
えっ、と内心で焦るが、伯父さんが伯母さんの肩を支えて隣にいるから一応は安心だと見守る。
「ほんとは、私達も一度計画に誘われたの。私達がいると騙しやすくなる、って。その時断ろうと思ったけど、興奮した様子の妹が怖くて、帰ってもらってからメールで断ったわ」
伯母さんの肩に力が入ったのがわかったが、私は静かに話を聞く。
「それからあの子が死ぬ前に貴女をよろしくって言いに来た時が最後よ。まさか成功するとは思わなかったの。でも止めることはできなかった。まるで知らない人みたいに思えたから。止めようとか自首しようとか言ったって、妹は聞かないわ。本当に、馬鹿な妹よ」
耐えきれないように片手で目を覆った伯母さんを見て、私も眉を寄せた。
「馬鹿な妹だったけど、可愛かったのよ。妹のためを思うなら訴えるべきかって、悩んでた。まさかその日に死んじゃうとは思わないじゃない。身近な人が死ぬなんて思ってなかったもの。いくら明らかな犯罪に手を染めようとも、可愛かったの。死なないことを前提に悩んでたの。訴えるか、説得するか、放置するかとか考えてたの!馬鹿みたい…っ!」
伯母さんは泣き崩れるように伯父さんの胸に顔を埋めた。
私はそれを見て、こんなに優しい姉を持って、どうして母はああなってしまったのだろう、と考えずにはいられなかった。
――どうしてこんな人になれなかったのだろうと、考えずにはいられなかった。
事件の真相は後日活動報告にて。
ちなみに作者はフィクションを前提にしてノリノリで有り得ない設定を書きました。
ツッコミはお手柔らかにお願いします(ぁ
それとあの人は人の良さそうじゃなくてお人好しです。
……それにしても、割と皆に辛い思いをさせていないか?と思う今日この頃(今更
でも最後はハッピーエンドを目指してますので、そこは信じてください。