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彼女の過去

これはフィクションです。

私の親はお世辞にも優しいとは言えない人達だった。

自分の赤ちゃんの世話はするけど、オモチャなんて買い与えないし、英才教育のようなものをしない。

オムツを卒業した子供にまずパンツの履き方とパジャマの着方、服の着方を徹底的に教え込み、できるようになったら着替えを放置した。

そうしたら次は歯磨きだ。

できるようになるまで持ち方からやり方、自分でやってみせるなどのことをしたが、できるようになれば歯磨きも放置した。

その次は食事の作法などの徹底。

作法と言っても箸の持ち方や箸、フォーク、スプーンの使い分けとかそういうので、後は零さないようにと毎日食事の度に言っていた。

それからやる気が出るようにと零さず食べれたら歯磨きしてあげるとも言っていた。

当時の私は母が大好きで、嫌われたくない、怒った顔を見たくないと大人しくしていたけれど、本当は寂しかった。

だからそのご褒美(はみがき)が嬉しくて、必死に零さないようにと食べて、最終的に一週間ずっと零さず食べることができていた。

だからまた、母は食事も歯磨きも放置した。

その後一度だけわざと食事を零したのだが、母は見向きもしなかったから、やめた。

“大好き”な母が作ってくれたご飯を残さずに食べたかったのだ。

そんな風に母が楽をするためだけの“英才教育”を物心がつくまで続けた。

そうして私は物心がつく頃には身の回りのことは自分でできるようになっていた。

だからその頃には母の仕事は家事と“私にご飯を作って出す”ことと“私を風呂に入れる”ことだけになった。

それでも好きな食べ物を気にしてくれていたから嬉しかったのだけど、多分それは自分に懐かせるための策略だったんじゃないかと今は思っている。

実際、育ち盛りの私を気遣うことはなく、ご飯は出してきた分だけで、お代わりなんて用意はされない。

おかげで無駄に太ることはなかったが、同年代の子供と比べたら細かったような気がする。

とにかく母は、たったそれだけの仕事をこなして、後はお酒を飲んだり寝たりするだけだった。

時々家を出て何処かへ行くこともあったけど、何処へ行くか聞いても無視されるから聞かなくなった。

でも一ヶ月に数回外に出してくれることがあった。

どうやらそれぞれ違う親戚の家を回っていたようで、毎回その家に入る前に「良い子にしているのよ」と言われていた。

そうして何ヶ月か経ったある日、私は新年の始まりという日に親戚の人の家を全部回った。

そこで母に言われた通り「しんねんあけましておめでとうございます」と言った。

聞き慣れない言葉で、尚且つ長い言葉を覚えるために、その前の日に母と一時間くらい練習していた。

イライラしている母にビクビクしつつ、必死に何度も言って、ようやく十回連続で言えるようになった時、母が「よしっ」と言って笑ったから、ホッとして私も笑った。

当時はそれを言った後に親戚の人達が一度驚いて、何処か喜んだ様子で頭を撫でてくるから、軽く首を傾げつつ大人しくしていた。

多分あれは偉いとか、良い子とか、すごいとか言っていたと思う。

チラリと見た母の顔は自慢げで、その時私もなんだか嬉しかった。

それから数分ほどされるがままでいたが、私は親戚の人達からお年玉というものを貰った。

“プレゼント”というものをその時初めて貰った私は、凄く喜んだ。

「ありがとう」の言葉を知らなかったから、お礼は言えなかったけど、多分伝わっていただろう。

そうして車に戻ると、「これは預かっているわね」と母が言って、私の手からお年玉を抜き取った。

母が嬉しそうに笑っていたから、私も何も言わなかった。

そうして親戚の家を何件も周り、その度に同じ言葉を告げ、お年玉を貰い、車に戻ったら“預かって”もらった。

そんな風にその日一日を過ごして、家に帰ってきた頃には夕方だった。

だいたい六時間くらいの出来事で、体力のない私はそれを見越したような「疲れたでしょう?もう寝なさい」という母の言葉と笑顔に、こくんと頷いて自分の部屋へと行った。

服を脱いで開けっ放しの扉の横にあるカゴに入れ、タンスの一番下の引き出しからパジャマを取り出し、着替えて布団に潜り込んだ。

すぐに眠りに落ちて、目を覚ました私が起きていた母にお年玉のことを聞くが、母は何も言わなかった。

ただ最初は和らいでいた目が、私の言葉を聞いて冷たくなっただけで。

昔からよく見た目に何も言えなくなり、私は「ううん、なんでもない」とぎこちなく笑った。

それを見た母が目元を柔らかく細め、久しぶりにしゃがんで私と同じ目線になって言葉を投げた。

「余計なことは気にしちゃダメよ。あなたはただ私の言う通りにしていればいいの」

その心に刺さるような言葉のボールを、私は嫌でも受け取った。

「うん」とぎこちなく頷き、ぎこちない笑みを浮かべたまま「もう少し寝てくるね」と自分の部屋へ逃げた。

布団の中に潜り込み、隙間なく周りが布団になるようにうつ伏せの状態で目を閉じた。

わけもわからずしゃっくりあげて、パジャマの袖に涙を染み込ませた。

そうして暫く泣き続けた私は、泣き疲れて体を横に倒し、眠った。




――何かが折れた音がした。

普通は有り得ないです。

でも子供の性格と物心がつくまでにした育て方によっては一部ならないこともないです。

ですが飽くまでもこれはフィクションです。


ちなみに幼稚園は通ってます。

大人しくするのよ、と母に言われて本当に大人しくしています。

職員さんの反応は「行儀が良くて良い子だけど、なんだか不気味というか不思議というか?」と、良くもなく悪くもない模様?

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