チュートリアル 5
「はあ……」
俺は深いため息をつき、そして――。
「ああ、もうっ! やれば良いんだろ? やれば!」
もうヤケクソである。
魔物退治? ああ、やってやろうじゃないか! スライムだろうがドラゴンだろうが、ドンとかかってこいやっ!
『ありがとうございます』
なにが“ありがとうございます”だ! 一体誰の所為でこんなことになったと思っていやがる!
まあ、コイツにそう言ったところで無駄なんだろうけどな。
「……魔物退治って言っても、具体的にどうすれば良いんだ?」
『それについては後ほど説明しますが、その前に、そろそろ衣類の着用をしたらどうですか? さすがにずっと裸というわけにはいかないでしょう』
「え? でも、そんなものどこにも……」
そう、俺が今いる古びた石造りの部屋の中には、そんなものは無かったはずだ。
というか今更だが、神様の前で全裸って良いのだろうか?
いや、聖書に出てくるアダムとイブだって、神様の前では全裸だったから、別に良いのか?
しかし……目覚めてからずっと全裸でいるけど、なんか変な趣味に目覚めそうだ。
『いいえ、その【魔法の袋】の中に衣類一式を入れておきました』
……あのさ神様。そういうことは、最初に言ってくれない? というか、神様が脳内に直接語り掛けて来たため、その存在をすっかり忘れていたよ。
俺は小さな袋を見る。相変わらず真上に【魔法の袋】と文字が表示されていた。
「袋の真上に【魔法の袋】って文字が表示してあるんだけど、これは一体どういう現象なんだ?」
『それは特異能力【神の眼】によるものです』
「エクストラ・アビリティ? 神の眼?」
『【神の眼】は、私が貴方に付与した特異能力の1つで、万物の情報を見ることが可能となる能力です』
この神様は以前この世界に転移させた奴に“力”を与えたと言っていたから、もしかして俺にも与えられているのではと思っていたが、やはり与えられていたようだ。
それに“1つ”ということは、【神の眼】以外にも“力”が与えられていると考えられる。
「なるほど、【神の眼】で何かを見ると、こういう風に名称が表示されるのか」
『表示されるのは名称だけではありません。【魔法の袋】を拾い上げてよく見てみてください』
俺は神様に言われた通り、【魔法の袋】を床から拾い上げ、それをよく見てみる。
すると――。
【魔法の袋】
分類:魔道具
種別:所持品
ランク:EX
詳細:袋の中は時空間魔法により異空間となっているため、大量に収納可能。
また袋の中は時間が経過しないので、収納物は劣化しない。
神より与えられた特別仕様の【魔法の袋】のためその収納容量は無限。
おおっ! 新たに表示が浮かび上がってきたぞ。これが万物の情報を見るってことか。
「このランクっていうのは、どういったものなんだ?」
『ランクというのは、効果や能力、レア度などを総合評価したもので、上から順に“S”、“A”、“B”、“C”、“D”、“E”、“F”の7段階で表されます』
ということは、ランクが高いほどレア度も高いと考えて良いのか?
「じゃあ、EXってのは何だ?」
俺が手に持っている【魔法の袋】のランクはEXとなっており、その7段階のランクではない。
『総合評価が不能なのがEXランクとなります」
つまり、これは神様から与えられた特別仕様の【魔法の袋】で収納容量が無限だから、総合評価が不能ってことなのか?
「因みに、通常の【魔法の袋】って何ランク?」
『収納容量によってランクが異なりますが、BからAランクです』
同じ【魔法の袋】でも、その収納容量でランクが変わってくるのか……。
まあ、BからAランクというのは妥当なのだろうと思う。
通常の【魔法の袋】であっても、その能力から持っているとかなり便利だからだ。
「それにしても“魔法”か……」
この【魔法の袋】には魔法が使われているようだし、キャラメイクでジョブを選択する時に“魔法使い”というジョブがあったので、この世界には普通に魔法が存在するのだろう。
そう考えると、この異世界に転移させられたのも悪くないかもしれない。
だって魔法だよ? 誰もが一度は使ってみたいと夢みるはずだ。
おっと、今はそれよりもこの【魔法の袋】の中に入っているという衣類を取り出して、早く着なければ……。
「この【魔法の袋】はどうやって使うんだ?」
『まずはどちらの手でも良いので、手を【魔法の袋】の中に入れてみてください」
「こうか?」
俺は【魔法の袋】に右手を入れてみた。
すると、その中に収納されていると思われる物のイメージ映像が脳内に浮かび上がった。
「これは……」
口からポツリと言葉が出る。
この【魔法の袋】の中には、大量の金貨に銀貨、銅貨といった硬貨、剣や盾などの武具、そして数点の上着やズボン、下着類などが収納されているようだ。
金貨に銀貨、銅貨が大量に【魔法の袋】の中に入っていることは気になるが、それを聞くのは服を着てからにしよう。
『【魔法の袋】に収納されている物のイメージ映像が浮かび上がりましたら、その中から取り出したい物を引き寄せるイメージをしてみてください』
引き寄せるイメージか……。
まず最初は下着からだ。俺は数点ある下着の中から黒いトランクスを選び、それを引き寄せるイメージをしてみる。
すると――黒いトランクスがこちらに近づいて来た。脳内でのイメージ映像とはいえ、トランクスが近づいてくる様子は、かなりシュールだ。
『引き寄せるイメージをした物が手に触れる感触があったら、後はそれを手で掴んで取り出します』
【魔法の袋】の中に入れた右手に、おそらくトランクスだと思われる物が触れる感触がしたので、それを掴んで取り出してみる。
その取り出したものを【神の眼】で見てみると――。
【トランクス(黒)】
分類:衣類
種別:下着
ランク:F
詳細:男性下着の一種。
因みにムンドゥス・パンタシアの男性は4割がトランクス派、
3割がブリーフ派、1割がその他の下着派、2割が穿かない派である。
……詳細の2行目からの説明は必要か? しかも2割も穿いていない奴がいるのかよっ!?
そのようなツッコミ所もあるが、ちゃんと黒いトランクスを【魔法の袋】から取り出せたので、良かったことにしておこう……。
しかし、こんなものにまでランクが付けられていることに驚きだ。
神様が用意した物でもランクが最低である“F”なのは、何の変哲もないトランクスだからだろうか?
まあそんなことよりも、早くこのトランクスを穿いてしまおう。
そして――俺はその後、【魔法の袋】から上着やズボン、ベルト、靴下などを次々と取り出し、それを着ていく。
「うん。何というか……これはコスプレだな」
これが服を着終わった後の俺の感想である。
今、俺が着ているのは、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界を舞台にしたゲームやアニメなんかで、登場人物が着ていそうなデザインの服だ。
まあ、けっこうカッコイイから良いんだけどね。
それと【魔法の袋】の中には、踝より上の足首が隠れるくらいの丈をした男性用のショートブーツがあったので、それも出してみた。
【竜革のショートブーツ】
分類:装備品
種別:履物
ランク:C
防御力:19
耐久値:550/550
AE数:2
詳細:革製のショートブーツ。
耐久性に優れている【竜の皮革】を使用した一品。
……普通のショートブーツかと思って出してみたら、【竜革のショートブーツ】とかいうとんでもない物だったんですけど!?
「えっと……これは?」
『それは貴方の初期装備です』
初期装備で竜革なのか……。
しかし、それでもCランクということは、この世界では竜革はそれほどレアじゃないのかもしれない。
まあ、今はそれを考えても仕方がないので、俺は【竜革のショートブーツ】を履いてみる。
あ、けっこう履き心地が良いかも。
「この“AE数”ってのは何だ?」
俺は【魔法の袋】や【トランクス(黒)】を見た時には無かった表示について聞いてみる。
防御力というのはダメージに影響する数値だろうし、耐久値というのはおそらくその数値が0になったら壊れたりするんだろうと、何となく解るので聞かなくても良いだろう。
『アビリティ・エンチャント数のことです。その数の分だけ装備品に能力を付加出来るのです』
なるほど、そういうことか。
しかし――これを見ると、何かゲームをプレイしているような感覚になるなコレは……。