チュートリアル 2
はあ……何だかどっと疲れたな。
俺がこの世界に転移した原因が、神様にあることは理解したが、どうしてそんなことをしたのだろうか?
しかし、それを聞くのは後回しにする。今はそれよりも聞かなければければならないことがあるからだ。
「――で、この角は何? なんで頭から生えてるんだ?」
俺は頭(正確には側頭部)から生えている角を触りながら質問する。
先ほどからこの角が、気になって気になって仕方がないのだ。
これもきっとこの神様の仕業なのだろう。
『それは貴方が、そのように設定したからです』
「は? 俺が設定した?」
それはどういうことだろうか?
『はい、貴方は自分の種族を“夢魔族”に設定しました』
あのPCゲームのキャラメイクか!!
確かに種族を夢魔族に設定したけども……あのPCゲームを用意したのは、この神様だったのか……。
いや……まあ、俺をこの世界に転移させたんだから、そう考えるのが普通だよな。
いろいろとあり過ぎたためか、俺の思考能力はかなり低下しているようだ。しっかりしないと……。
『夢魔族は、頭に山羊のような角が生えているのが特徴の種族です』
ああ、そういえばそんなことが、夢魔族の説明表示に書かれていたっけ。
俺は夢魔族の説明表示に、そんなようなことが書かれていたことを思い出した。
ということは、つまりそれは……。
「……俺は夢魔族になったってことで、間違いないか?」
『はい、間違いありません』
ああ、だから頭から角が生えていたのか……。
どうやら俺は、人間であることを辞めてしまったらしい。
「そうしたのは……当然アンタだよな?」
『はい、私です』
ですよねー……。
それにしても、何か不思議な感じだな。
人間ではなくなったのに、あまりショックを受けていないし、それを行った神様に対して、怒りがあまり湧いてこないのだ。
まあ、勝手に身体を弄られたと思うと、あまり良い気分ではないのだが……。
「はあ……。異世界に転移するのに、身体を変化させることは必要だったのか?」
『はい、このムンドゥス・パンタシアの知的生命体は、貴方がいた“地球”とは違いますから』
ああ、なるほど。
PCゲームのキャラメイクで種族を選択する時、12種の種族の中から選択したが、このムンドゥス・パンタシアという惑星にはそれらの種族が住んでいるのだろう。
「だからこの世界に合わせるため、身体を変化させる必要があったってことか?」
『はい、そうです』
俺の身に何が起きたのかは、だいたい理解できた。
それなら、次は――。
「そこまでして、なんで俺をこの世界に転移させたんだ?」
聞くのを後回しにしていたことを神様に質問した。
『それは、このムンドゥス・パンタシアの人々を滅亡から救ってもらうためです』
「………………」
異世界に召喚された主人公が、何かしらの存在から世界を救うように頼まれるのは、ゲームや小説でよくあるシチュエーションだ。
だけど……まさか本当にそのようなことを神様から頼まれることになるとは……。
しかし――。
「でもそれは……自分でやれば良いんじゃないか?」
世界を創造するほどの力を持っているんだ。世界を救うなんて、神様なら簡単に出来ると思うのだが……。
『それは出来ないのです』
「なんでだ?」
『我々、次元世界創造思念体は次元世界の創造後、その創造物に直接干渉することを禁じられているのです』
「誰に!?」
これほどの力を持った神様に、そんなことが可能な存在って一体……?
『我々の“創造主”に』
それはつまり……神様を造った神様ってことでOK?
もう、よく解らん……。
「でもちょっと待て。それじゃあ、何で俺に干渉できるんだ?」
俺を異世界に転移させたし、今現在も神様は俺の脳内に直接語り掛けている。
これは干渉行為ではないだろうか。
『それは貴方が異なる次元世界の存在だからです』
「ん? えっと、つまり……どういうことだ?』
『創造主は我々に“自己が創造した創造物の全てに干渉することを禁じる”とだけ命じていますが、これには抜け道があるのです』
「抜け道? …………ああっ! そういうことか!」
『どうやら解ったようですね』
“自己が創造した創造物の全てに干渉することを禁じる”ということは――世界を創造した後、“自分”が創造した全ての物には干渉出来ないってことだ。
しかし裏を返せば、“他”が創造した物には干渉が出来ると解釈することが可能だ。
これが命令の抜け道か……。
つまりこの神様は、自分の創造した世界に干渉することが出来ないから、間に俺を使うことによって、間接的に干渉しようとしているという訳だ。
俺は元々異なる世界の存在だから、この世界に転移させても、干渉することは可能なのだろう。
「抜け道があるってことは理解したが、でもそれって本当に良いのか? それにアンタらの創造主はそんなことを許しているのか?」
『多分良いでしょう。他の次元世界創造思念体もやっていることですし、創造主はこのことに対して何も言ってきません』
黙認しちゃってるのか……。
というか今、何気に他の神様もやっているって言わなかったか?
「他の神様……次元世界創造思念体だっけ? ソイツらもこんなことをしているのか?」
『はい、しています。ただし異次元世界間転移は、膨大なエネルギーを消費するので頻繁には行えません』
「ああ、そうなんだ……」
神様が自分で世界を救えない理由はだいたい理解した。
しかし――。
「でも、何で俺なんだ? 自分で言うのもなんだけど、俺は何かに秀でているというわけではない、普通の人間だぞ?」
『確かに、貴方のいた次元世界にも、他の次元世界にも貴方より優れている存在はいくらでもいます』
ならソイツらに頼めば良いと思うのだが……。
『しかし――貴方でないといけない理由があるのです』
「俺でないといけない理由?」
それは何だろうか?
『貴方は極稀にしか存在しない、転移に耐えられる“生命情報記憶体”を持っているのです』
「ん? 生命情報記憶体っていうのは何なんだ?」
『貴方達が“魂”と呼称しているエネルギー体です。その生命の全ての情報が記憶されている核となる部分と、それを守るように覆っている精神エネルギーから構成されています』
その生命の全ての情報がそこに記憶されているってことはつまり、魂は記憶媒体みたいなものなのか?
魂ってそんなものだったのか……。
「……じゃあ、その魂が転移に耐えられるっていうのは?」
『異次元世界間転移によって異次元境界――つまり虚数空間を通過しようとすると、その肉体は生命情報記憶体ごと僅かな時間で分解されてしまいます――』
「ちょっ、ちょっと待ったっ!! 肉体が分解されるってどういうことだっ!?」
説明の途中であるが、聞き捨てならないことを言っていたので、慌ててそれについて問う。
『そのままの意味です。虚数空間では我々のような存在以外、全て分解されてしまいます』
「…………………」
俺はそれを聞いて言葉を失った。
「……で、でも、俺には肉体があるぞ?」
夢魔族に変化してしまっているが、俺にはちゃんと肉体がある。
『それは虚数空間を通過した時に分解されてしまった肉体を、生命情報記憶体の肉体情報と貴方が設定した情報を元に再構築したものです』
この夢魔族の身体について、俺が眠っている間に神様がその力で改造手術的なことをしたのだと正直思っていた。
しかし……まさか一度分解された肉体を再構築したものだったとは……。
で、俺は転移に耐えることが出来る魂を持っていたから、この世界……というよりも、この惑星を救うために選ばれたと……。
はあ……何だか面倒くさいことになったものだ……。