第15話:は、早いよ!!
~第三世界 廃村~
天使はその地に舞い降りた。
廃村の片隅にある朽ちかけた建物の片隅で震えていた。
「あうううう……」
完全におびえきっている。
無理も無い。
世界を渡る通路の上での話だった。
目の前に白い巨大な機械で出来た蜘蛛が立ちふさがったのだ。
白い化け物が仲間を八つ裂きにし、踏み潰し、蹂躙しつくしたのだ。
「あううううう……」
天使は通常、不死の存在だ。
滅ぼす手段は限られている。
アレは機械文明の産物のはずである。
アニメが好きだったので覚えてる。
アレはロボットというやつだ。
だから魔法じゃない。
魔法でなければ魂は傷つけられない。
でも傷をつけた。
どんな方法を使ったのか解らないけど、皆殺された。
怖い。怖いよ。
どうして? 僕らは遊んでただけだよ?
どうして?
下級天使は理解していなかった。
『雇う』という単語も、『独占』という言葉も全部、創造神様が教えてくれたことなのだ。
それを言えば世界で遊べる、人の魂をいろんなところに飛ばせる(転生させる)ことが出来ると。
だから、あの新米の神が『雇う』といった瞬間に、皆であの面白い世界に遊びに行ったのだ。
だから、化け物に殺されることが理解できなかった。
いつも自分たちの失敗をカバーしてくれる存在が、どれだけ大事だったのか理解していなかった。
彼女が新米の神と契約し、世界を守る義務が生じたことも理解していなかった。
彼女の中で優先順位が完全に変わったことを理解していなかった。
彼女は敵に対して全くの容赦をしないモノだったことを理解していなかった。
彼女に自分たちが敵と見做されたことも理解していなかった。
ガショ! ガショ!
「ひぃっ!」
アイツの足音だ。
逃げなきゃ!!
だが力が入らない。
でも逃げなきゃ。
ふらふらと体を動かして、はいつくばって、逃げた。
朽ちかけた建物から無様に這い出ると、星空が見える。
よかった、暗いから見つかりにくいはずだ。
アイツは光る剣しか持ってないから、飛んで逃げれば大丈夫。
下級天使は理解していない。
アレが暗闇などものともしないことを、今もなお昼の明るさと同じ様に見えていることを。
そして武器がレーザートーチ以外にも装備されていることを。
下級天使は夜空を飛んだ。
これで遠くに逃げれば大丈夫だ。
何なら別の世界に行けば大丈夫だ。
この世界には抜け道がいっぱいある。
この近くにも抜け道はある。本当に近い。
そこへ行こう。
そしてそこで遊ぼう。
人間の耳元でささやいて、悪戯しよう。
皆をびっくりさせよう。
そうして力強く羽ばたいた、その瞬間。
バシュ!!
一条の光が下級天使の羽を貫いた。
そのまま力無く落下、滑空していく。
ユラユラと不規則に飛ぶのは、翼がうまく動かせないからだ。
それが幸運にも二発目をよける結果になった。
バシュ!
「!? あががが!!」
もう、何も考えられない。
とにかく世界の抜け道へ逃げ込むんだ!!
一心不乱に抜け穴に飛び込んだ。
飛び込むと同時に景色が歪み、気が遠くなっていく。
誰か助けて……
~人類殲滅用最終兵器統括システム D-001~
目標の回避行動に予想外のパターン。
目標をロストした。
目標の移動座標地点予測。
第一世界 51% 世界安定度98%
第二世界 12% 世界安定度61%
第三世界 00% 世界安定度20%
第四世界 11% 世界安定度91%
第五世界 05% 世界安定度40%
第六世界 00% 世界安定度72%
第七世界 07% 世界安定度27%
第八世界 14% 世界安定度33%
『第一世界の別の当機』で追跡を続行。
『他世界の別の当機』に警告を発する。
『当機』は別目標を捜索開始。
各世界のファイヤーウォール設定確認。
通信ログ再取得。
時空転移システム稼動準備。
任務『残存天使殲滅』進捗状況 00% 残存数14
*補足説明 武装ビームサーベルの正式名称はレーザートーチである。
~第三世界 早すぎね?~
「起きなさい。ローレル」
その声に俺は目覚める。
「う~ん……おはようママ」
姿は六歳の女の子である。
名はローレル・グラフトンである。
ママンはスレンダー系の美女で名はロリーナでございます。
逆のほうがよくね?
「朝ごはんが出来てるわ。早く着替えなさい」
「は~い」
着替えもちゃんと用意されていて、ご丁寧に着替える順番に並べてある。
とっても着替えやすい。
口調はそっけないけど、とってもやさしい母親である。
着替え終わって姿見で自分の姿を見る。
金髪碧眼のビスクドールに似ている。
うむむ、美少女だな。
この部屋の調度品とも実にマッチしている。
いかにもお貴族様という感じであるが、置かれている絵画は写実主義的なものが多い。
大体文明的にも十九世紀初頭って感じですな。
ベットの横においてあるランプが魔力で動くタイプなのがファンタジー。
夜に満ちるマナを利用して明るくなります。
火事にならない安全設計です。
くぅ。
む、これはおなかの音ですな。
お着替えも済ませましたので、さっそく食堂に向かいます。
食堂も豪華です。
執事にメイドさんもついてます。
本当にお貴族様という感じですが、貴族じゃないのです。
ネヴィル卿という人の持ち物だったそうですが、その貴族が没落しまして買い取ったのであります。
「おはよう。ローレル」
「パパ、おはよう!」
なかなかの美中年なこの人がパパンです。
名前はレナードさんです。
ママンも来ておりますな。
家族全員がそろった所で。
「「「いただきます」」」
朝食をいただきます。
内容はバターをたっぷり乗せたトースト、バターをたっぷり乗せた焼いたベーコン、バターをたっぷり乗せたソーセージ、バターをたっぷり乗せたフライポテト、バターをたっぷり乗せた茹でたグリンピースです。
それらが全部同じ大皿に乗ってます。
それにオレンジジュースがつきます。
……おい! もっと文明的な食い方しろよ!!
お皿を分けてキレイに盛るとかさぁ。あるじゃん?
ベーコンも半分焦げてるし、グリンピース塩茹でしてないバター味だし。
バター乗せすぎだろ常識的に考えて!!
まるで某島国な食事じゃねぇか!!
どうしてこうなった?
「どうした、ローリー? 食べないのか?」
「え、ううん。食べるよ」
パパンにうながされ食べます。
ぐぐぐ、油の質が……古すぎるぞ。
バターが……胸焼けする。
それを飲み下そうとオレンジジュースに手をかけたいが、執事によく噛んで食べなさいと注意されます。
噛む噛まない以前の問題です。
油食ってんじゃねぇぞ!
野菜食わせろ、野菜!!
なおここら辺は牧畜が盛んで、野菜とかはほとんどありません。
野菜=ジャガイモの図式が成り立ちます。
ジャガイモ以外の野菜は存在が稀です。
二歳半のときからずっとこんな食い物ばっかりです。
「早食いは貧乏人のすることだ。もっとゆっくり食べなさい」
「はい、パパ」
みんな平気な顔して食ってるけど、なんかカラクリでもあるんかい?
あったら教えてほしいな。
「セバス、今日の予定は?」
「今日は十時にフロラン・プラスロー氏と商談です。午後は夜に、晩餐会です」
執事のセバスさんがパパンと今日の予定を話しておりますな。
「ふむ、確か大ギア長の計算機の商談だったか」
「はい」
「あまり乗り気にはならんな。エルフにもあるだろうに、なぜこちらで買うのかわからん」
パパンは商人です。
計算機を売っているのです。
なお、エルフと人間の仲は最悪です。
ドワーフはいないというのが常識です。
彼らは大昔に滅んだそうです。
原因は彼らを奴隷化しようと両種族が狩ったのが発端です。
奴隷にしようとした経緯ですが、これもひどい。
なんでも神様から『雷は神聖なものである、人が扱うのは不遜』といって雷の雨を降らせたそうです。
それで当時、電気学を発展させていたドワーフは不遜な生き物として、奴隷化、断種の道を歩んでしまったということです。
お、俺は無実だ!! 俺はやってない!!
まあ、下級天使のなりすましですな。
それに人間の欲が絡んで、ああいう結果になってしまったわけですな。
ドワーフ娘は可愛いですからな。チュッチュッしたいのはわからなくも無いですが。
ドラゴンの調査によりますと前人未到の地に少数の集落があるそうです。
なんでそういうことをしたか、バイト天使が下級天使を尋問したところ、『これで雷魔法チートを記憶もたせて強制的に転生させると、面白いことになる』と言い放ったということだそうです。
別バージョンだと四大属性のひとつを不遇にするとか、共通魔法を無理やりカテゴリ分けして不遇にするとか、差別するらしいです。
テンプレートらしいですな。
万能な魔法の素質よりコストが安い上に、差別する過程でもポイントが得られるのがお得だそうです。
さらに地域の技術格差が広がって、そこをつついて戦争すれば一時的にポイントが得られて一石三鳥で最高だそうです。
あー、戦争に勝つ必要ないもんな、暴れればそれでポイントになるからなぁ。
そこらへんでポイントを稼ぐ契約のカラクリがあるそうですが、知りたくありませんな。
まあ、そんな感じでエルフが嫌いなので、パパンも乗り気ではないといことです。
そんでもって今回の目標は、この闘争をとめるというわけです。
「まあ、愚痴を言っても始まらん。パーシー卿たっての頼みだしな」
「然様で御座いますか」
「法律も問題はなさそうだから、一度きりにするのも手だがな」
なんだか大きい計算機は、法律で何かあるのですかね?
食事が終わったので皆さん席をたっていきます。
「さ、お嬢様お勉強の時間で御座います」
「はい」
むう、上流階級というのは大変ですな。
そんなわけでお勉強の時間で御座います。
まあ、お勉強は退屈なので内容だけをいいますね。
文字の読み書きと、礼儀作法、歴史と算数です。
まあ、この歴史というヤツが曲者でして、全部人族の都合のいいように書いてあります。
エルフ族が極悪人の犯罪者で、人族をいじめまくっているという風に書いてあります。
そして人族がそれをことごとくつぶしてきた、となってますな。
無論史実はログが残ってますので全く違いますが。
結論は両方とも悪いのです。一方だけが悪いというのは無い。
だいたい何処で天使が煽ったのか、想像がついてしまうのも悪い。
まあ、午前中に全部終わるので午後は自分の時間です。
お庭で遊んでるふりをして、瞑想したり、ドラゴンと魔法で連絡を取ったりしてます。
ですが今日は違うようです。
俺がいつものように庭に出ようとするまえに、なんか警察の方が来たようです。
「全員動くな!! 逮捕する!! エルフへの売買が禁止されている計算機の売買容疑だ!!」
ファッツ!?
そういって全員を捕まえようとしてます。
おい! 朝の伏線、回収早いよ!!
「ローレル!!」
ママンが俺を抱き寄せようとしたら、警官の方は容赦なく殴りました!!
ごきゃ!!
「ぎゃ!!」
「『転送』!!」
何っ?! 転送魔法!?
ヤバイ!! ママンが連れ去られた!!
メイドたちもいつの間にかいなくなってます。
残るは俺とセバスのみ!!
「拘束しろ!! そっちのガキもだ!!」
ヤバイ!!
こっちに向かってきます。
それを立ちふさがったのはセバス!!
「お嬢様! お逃げください!!」
彼らが普通ではないと思ったのか、執事のセバスさんが彼らを止めています。
「こいつもエルフに味方する反乱分子だ!! 殺せ!!」
警察の偉い人っぽいのが部下に命令しています。
部下が魔法を使ってセバスを殺そうと、魔力を操作しています!!
「だめぇぇ!!」
俺はすかさず『火炎―制御―強化―高速―遠隔―自立―通信―並列』のワードで火炎精霊複数バージョンを呼び出しました。
ごふぁ!!ごふぁ!!ごふぁ!!
いきなり現れた三対の火炎の塊にビビる警官たち。
「うぉ!? なんだこれは?」
「エルフ魔法か!?」
「撃て!! 撃て!!」
そっちに標的を切り替えて攻撃してます。
「セバス、逃げよう!!」
「お、お嬢様!? アレは一体?」
「いいから早く逃げよう!!」
俺等は屋敷を全力で脱出しました。
~森の中~
え~、前回、ランダム転生で傭兵というババを引きました。
今回、前回の経験を生かし、大商家の子という比較的自由度と地位が高そうな転生をしました。
それがわりやすい伏線によって、脆くも崩壊しました。
「お、お嬢様、お待ちください」
息を切らせながらセバスが言って来ます。
ああ、俺『身体―強化―制御』で能力強化してたわ。
そりゃ、ついてこれませんな。
「セバス、これからどうしよう?」
「どうしようと、申されましても……」
困ってるセバスさん。
周囲は森ですな。
なんと懐かしい、前世では森林でサバイバルやりましたからな。
今世では危険なので、つれてきてもらえませんでしたが。
「お嬢様、ここは危のうございます。私に安全な場所の心当たりがありますので」
おおっ!! セバス有能!! 執事の鑑だ!!
生まれたときから仕えている老執事のなんと頼もしいことか!!
どこぞのバ下級とは違うのだよ!!
「うんわかった。セバス、そこに案内して」
「はい、お嬢様」
にっこり微笑むセバスに俺は安心しきっていた。
セバスに手を引かれて行く俺。
~だから早いって!!~
「こちらです」
そういって示されたのは、貧民街の一角にある怪しい建物だった。
え~、まず貧民街とは何か、なんですが文字通り貧民の住むところですな。
この世界、魔法で産業革命が起きそうなんです。
ほら、第一話で私が作ろうとした蒸気機関、アレが出来たところなんですね。
まだ出力が非常に弱くて、産業の発達はすごいゆっくりですが確実に成長しています。
まあ、G-W-G’の法則によって資本家と労働者が生まれまして、収入の低い貧乏人が生まれたというわけです。
俺の前世を見ているようでつらい。ブラック企業に勤めてた記憶がよみがえる……
そんな人たちが住む場所がセーフハウスになるのか疑問ですが、セバスが言うのです。
きっと安全に違いない。
「さ、中にお入りください」
「うん、ありがとう。セバス」
満面の笑みで彼にお礼を言います。
……おい! なんでそこで顔が曇るんだよ!!
なんか、ヤバイ予感がしてきた。
だ、だが俺はセバスを信じる!!
意を決して中に入った。
バタン!!
だが、セバスは入らず扉を閉めた。
……おい……それはありかよ?
「よお、お嬢ちゃん。ようこそ、売春ギルドへ」
「へへへ。こりゃ上物だな」
「安心しな、怖がるこたぁねぇよ」
解りやすい悪党顔のオッサン三人がお決まりのセリフを言いました。
ガチャ!!
後ろからいきなり首輪がかけられました。
「おっと、お前さんの魔法封じさせてもらったぜ?」
「これは、自分の魔力を放出できなくするだけだ。悪いもんじゃねぇから安心しな」
「この首輪を外さない限り魔法は絶対に使えないぜ。賭けてもいい」
はい、安心です。
自分の魔力の放出は必要ありません。
世界に満ちる魔力が私のマジックパワーです。
いうなればMP∞です。
ちっとも困りません。
儀礼魔法はそういう魔法です。
「お前さんが悪いわけじゃねぇんだ」
「お前の親父さんが、二十年前にネヴィル卿を没落させちまったのが悪いんだ」
「セバスは代々ネヴィル卿に仕えててな、復讐のためだとさ」
わ、わかりやすい解説ありがとう三人衆さん。
じゃ、とっとと脱出します。
アッー!な、事態はごめんです。
ごふぁ!! ごふぁ!! ごふぁ!!
ごふぁ!! ごふぁ!! ごふぁ!!
さっきの倍、六体出しました。
「なっ!? なんだこれは!?」
「き、きいてねぇぞ!!」
「ぐあぁ! あ、熱い!!」
慌てふためく三人を尻目に、火炎精霊二体つれて逃げます。
扉を開けさせ、周囲確認。
よし! 脱出!!
そうして俺は貧民街に逃げ込みました。
それにしても伏線回収早くね?
次回投稿予定は8月19日(火)22時です。
閑話と同時に投稿いたします。