補足5 第一世界 5
本編と同時に投稿いたします。
~第一世界 イタタタタ~
車にはねられた。
彼の体は空を舞った。
そのまま飛んで逃げた。
「イテテテ」
身体強化魔術のおかげで痛いだけで済んだ。
これが強化してなかったら、ちょっと怪我をして今頃は走って逃げていたことだろう。
第一世界の人間は頑丈で、車にぶつかった程度では死なない。
彼らは常に防御魔術をかけている。
なぜなら、身体防御魔術と自動回復魔術をかけておくことは、国民の義務だからだ。
エルフ族の国ではそれに加え、落下防止に自動浮遊魔法を、ドワーフ族の国では落盤、酸欠を防止するため身体防御、呼吸補助、位置発信が義務である。
使えなくても問題ない。
公共機関に行けば無料でかけてもらえるし、教えてももらえる。
これらは魔獣対策である。
第一世界は原始の時代から神話生物、魔獣の脅威にさらされておりいつ何時魔獣に襲われるかわからないからだ。
彼は各国の義務魔法、その全部を常にかけていた。
どちらの国にも行ったことがあるからだ。
魔法学が苦手な彼でも、簡単に覚えられる程度の魔術ということでもある。
運転手が降りて来いと叫んでいるが、そのまま逃げた。
運転手は車の壊れた部分を魔法で修理して、また運転していった。
追いかけてくることはなさそうだ。
とりあえず家に帰ろう。
彼は滅多に使うことの無い飛行魔法で家路についた。
「ただいまー」
家に帰ると従姉妹が来ていた。
そういえば今日は泊まるって言ってたっけ。
「やっほー! おかえりー。 どうしたの? 服がぼろぼろだよ?」
「別になんでもないよ。ちょっと転んだだけ」
その一言にピクッと彼女が動く。
そして手を少年の前に持っていき、ワシャワシャと動かす。
「ん~? んんん~? 嘘ついてない~?」
少年はヤバイと思った。
ドワーフ族の握力は恐ろしく強い。
捕まったら最後である。
ちなみにドワーフ族の諺にはこんなのがある。
『人族が女をさらいに来たら、鉄の鎧を作ってやれ』
これは気性の激しいドワーフ族の女性を、見た目の可愛さから嫁にすると、痛い目にあって返品する確率が非常に高いからである。
実際に人族の男たちが攫ったのだが、人族の男たちがボコボコになって泣きながら様々な贈り物とともに返品しにきたと言う古事がある。
ドワーフの男達は彼らに同情して鉄の鎧を作ってやり、『これで生活できるだろう、夫婦円満にな』と言って贈り物だけもらって、嫁はつき返したそうな。
結局、鉄の鎧がボロボロになるころには、完全に尻にしかれた旦那達であったという。
そして諺として『ドワーフ女は見るだけにしろ、絶対に手を出すな』が人族のなかで刻まれたようである。
なお、『のどもと過ぎれば熱さ忘れる』は、この世界にも存在することを追記しておく。
そんなドワーフの彼女は、人間と共に育っているので気性は荒くないが、腕力はある。
鉄の鎧をぼろぼろにすることなど朝飯前である。
これに彼女の魔術の素質が加われば……
少年は正直に言った。
「ディートのファンを名乗る集団に追いかけられて、逃げたら車にはねられた」
それを聞いたディートリンデ(芸名ディアナ)は翌日、少年の学校に放課後乗り込んで、『三女神ファンクラブ連合』を腕力で壊滅させた。
それから従姉妹がしばらく甘えん坊になったのには、ちょっと困った。
「ヒューお兄ちゃんはお人好しだから、天使にだまされたのかと思っちゃった」
従姉妹に抱きしめられながら少年は『てんし』とは何かと思った。
だが、すぐにその単語を忘れてしまった。
それよりも重要なことがあったからだ。
「名前を略すな。フルで呼んでくれ」
「嫌だよ。めんどくさいもん」
星空に月が浮かび、世界にマナが満ちていく。