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第11話:俺はそんな事決めてない。

分割をいたしました。

内容に変更はございません。

~第六世界 戦争は様変わりした~


 勇者召喚という名の戦奴召喚魔法が低コスト化されて早数年。

 瞬く間にその魔法は世界全土に広まった。


 戦争は様変わりした。


 今までは幾多の準備が必要だったそれを、数人の魔術師と数日の準備時間のみで可能にしてしまったのだ。

 喜んだのは意外にも農民達であった。

 働き手を取られることが一切なくなったからだ。

 食料を買い叩かれることも無い。

 農民一万人など勇者一人の一撃ですべてが崩れ去ってしまう。


 戦争は様変わりした。


 領土のため、名誉のため、己の財産のため。

 そのための戦争は己の血を流さない、遊戯のようなものになった。

 攻城兵器は姿を消し、代わりに召喚用魔方陣が石畳いっぱいに書き込まれた。

 その陣を破壊しあうのが掟となり、すべてを破壊されれば戦争は終わりとなった。

 勇者の一撃に城壁はあまりにも脆く、意味を無さないからだ。


 戦争は様変わりした。


 騎士団は貴族の警護と治安維持以外の意味は無くなり、武勇を誇ることは無くなった。

 戦争は如何に相手の魔方陣を破壊するかが重要になり、血を流す意味が薄くなった。

 消耗して意味のあるのは、唯一魔術師のみとなった。

 勇者は無尽蔵で、それを呼び出す魔術師は有限だからだ。

 

 戦争は様変わりした。


 消耗し、疲弊し、国力の落ちる戦争は無くなった。

 もはや誰も戦争には反対しない。

 必要なのは魔術師を雇う金と、石材細工師を雇う金だけになった。

 どちらも勇者を呼び出すのに必要な人材だからだ。

 だから、どこでも血を流さない戦争は起きている。



~第六世界 重苦しい空の下で~


 曇り空の下、ガラガラと音を立て幾台かの馬車が街道を走っている。

 皆、疲弊しきった表情でただ馬車に揺られるまま、無言で座っている。

 全員が手枷を嵌められている。罪人である。

 彼らは全てが様変わりした戦争の二番目の被害者達である。


 傭兵。

 否、元傭兵。

 現、山賊。


 勇者の出現によって職にあぶれた彼らは、戦うことでしか職を得られなかった。

 そのまま山賊に身をやつしたが、ついに年貢の納め時となったようだ。

 彼らはその罪を裁かれるため、移送されているのだ。


「おい、坊主。お前も山賊だったのか? それともこそ泥か?」

 監視役の騎士が一人、子供に話しかける。

 七、八歳くらいの痩せた子供だった。

 その子供もまた手枷を嵌められている罪人だ。


「……親が傭兵だった。ここに居るみんな傭兵だったって言ってた」


 ポツリと言った。


「そうか、災難だったな」

 神の教えにより、すべての職業は世襲制である。

 職業を変えたければ、転職の神殿に赴き、職種に応じて寄進を行い、神の裁可を得なければならない。

 勝手な転職は重罪である。

 婚姻もまた同様で、同じ職種で無ければならない。

 これも破れば重罪である。

 そのため花嫁は必ず転職の神殿に向かう。花婿と同じ職業に転職するために。


「どうして……」

「ん?」

 子供が何かをつぶやく。


「どうして別の職業になっちゃいけないの? 僕は魔法使いになりたいのに」

「……神様が決めたことだ。あきらめるんだ」

 子供をあやすように言う騎士。

 残念だがこの子供を助けるすべは無かった。

 傭兵、いや山賊の子供ならば、山賊である。

 親の罪は子に受け継がれる。

 理不尽だがそれが世界の仕組みだった。

 子供に納得できるかは別だが。


「俺はそんな事決めてない……」

 ボソリと子供は言った。

 だがその声は馬車の音でかき消されたようで、騎士には届いていなかった。


 やがて馬車は、川べりにある要塞の中に入っていく。

 要塞の入り口には、革鎧を着た二人の少女が門番として立っている。

 首に金色の隷属輪を嵌めた彼女らは勇者だ。

 その手には金色に光る武器がある。

 これが勇者を勇者たらしめているもの、神威武器である。


 一人ひとりが専用の武器を持って召喚される。

 呼べば必ず手元の来るため、武器を取り上げることは出来ない。

 ひとたび振るえば、この要塞などひとたまりも無いだろう。

 また、武器がなくともその身体能力は恐るべきものである。

 ここは厳重な警備下にあるということだった。


 中の広場では処刑の準備が進められていた。

 それを見ると馬車の罪人たちはどよめき立つ。

 馬車は停まり罪人たちが降ろされる。


「おい、死罪なんて聞いてないぞ!」

 口々に助命を請うが、指揮官らしき男は無慈悲に言った。

「山賊という職に就くものは死罪だ」

「俺たちは傭兵だ! 山賊じゃねぇ!」

「やりたくてやってたわけじゃねぇぞ!!」

 彼らの言い分を意に介さず指揮官は言った。


「傭兵から無許可の転職であっても死罪だ。例外は認めん」

 その言葉に罪人たちは力なくうなだれる。

 逃げ場は無い。生かすつもりも無い。

 その絶望から諦めが芽生え、彼らを絡め獲った。


 処刑が始まろうとしていた。

 執行官が来ればすぐに始まるだろう。

 空は曇天で、遠い場所で雷がなっている。


 処刑執行に逃げ出せれば問題なかろうが、それは不可能だ。

 門番の勇者からは逃れられない。

 だが、処刑はいつまで経っても始まらなかった。


 やがて指揮官が来てこう言った。

「今日の処刑は取りやめである。全員牢獄に入れ」


 その日は処刑されなかった。

 要塞の地下牢獄に全員が入れられたが、食事は無かった。

 手枷もはずされることは無かった。

 天気は悪化しているようだったが、地下のためわからない。

 ただ、牢獄の天井中心にある大穴から流れる水の量が少しづつ増えているだけである。


「結局、処刑が一日かそこら延びただけか……」

 誰かがひとりごちる。


 パシャパシャという水音が聞こえた。

 子供が水溜りを、足で蹴り飛ばして遊んでいた。


 誰も咎めなかった。

 そこに居た全員が、最後ぐらい好きにさせてやろうと思っていた。

 彼は良い子だった。

 言うことを良く聞き、仕事を率先してする良い子だった。


 彼の母親は彼を生んですぐに死んでしまった。

 父親は数年前に仕事の怪我で死んだ。

 獲物を略奪した後、殿(しんがり)を務めていたのだ。

 獲物の警護が優秀だった、それだけだ。


 彼は父の同僚から父の死を聞いたとき、涙を流さなかった。

「こういうときがくると覚悟していました」

 そう言って泣かなかった。人前では。

 夜、こっそりと泣いていたのを、皆は知っている。


 彼も、もう十歳になる。

 ろくに食べていないせいで、成長は悪く七、八歳くらいに見える。

 もっと食べさせてやりたかったが、実入りは悪かった。

 なかなか彼が満足に食べる分までは行き渡らなかった。


「それにしてもヒデェな。坊主にも容赦無しか。怪我は大丈夫か?」

「うん、痛くない」

「そうか」

 捕縛の際、勇者が現れ子供にも容赦なく暴力を振るったのだ。

 彼らも抵抗したが、勇者の圧倒的な力の前には無力だった。


 しばらくは水音だけが響いていた。

 違和感に気がついたのは、だいぶ後になってからだ。

 天井の大穴ばかり気をとられていた為、床の注意がおろそかになっていた。


「おい、水が溜まってないか?」

 誰かが言った。

 皆、下を見る。

 明らかに水の量が増えていた。


「おい! 看守!! 助けてくれ!!」

 すぐさま看守に助けを求めるが、何も返ってこない。

 

「……」

 水音が増してきた。

 牢獄の床は一面が水浸しになった。


「俺たちを溺れ死にさせる気か……」

 絶望が広がる。


「冗談じゃねぇ!! 脱獄してやる!!」

 沈黙を打ち破った一人は、手枷を壁にぶつけ壊し始める。

 皆、それに習って壁や檻に枷をぶつけ始める。

 

 子供もそれに習い壁に叩きつけた。

 全員が枷を壊し終えるころには、水かさは大人の腰くらいまで来ていた。

 他の穴からも流れているようだ。


「おい! 俺につかまれ!」

 そう言って子供を肩車する男。

 彼は山賊のリーダーだった。


「……どうする?」

 誰かがリーダーに聞いた。


「……檻は壊せそうか?」

「いや、無理だ……」


 再び沈黙が支配する。


「ここまでか……」

 皆、山賊がやりたくてやっていた訳ではない。

 傭兵の仕事がなくなり、他に出来ることも、転職する金も無かっただけだ。

 略奪も必要以上にはしなかったし、人殺しも最小限に済ませたつもりだ。

 だからといって許されるわけではないが……


 せめて恩人の息子くらいは助けたい。

 彼らはそう思っていた。


 ふと、天井の大穴を見た。

 子供がひとり入れる位の大きさだ。

 流れる水量はそう多くない。

 注意すれば這い上がれるかもしれない。


 もう、水が肩まで来ている。

 どうしようもない。


 だが、一か八か。

「おい、坊主。天井の穴から這い上がれ。運が良けりゃ助かるかもしれん」

「でも……」

「俺らのことはいい! 早く行け!!」

 その場の全員に促され、子供は天井の大穴を這い上がっていった。


「さようなら。ありがとうございました」


 彼は最後にそういった。


「へっ、最後までいい子だったな。あいつ」

「そうだな。魔法使いになりたいって、いつも言ってたが、叶えさせてやりたかったな」

「生きてりゃきっと、運がめぐり合ってくれるさ。無事でいることを願うだけだ」

「ああそうだな。皆、こんなことに巻き込んじまってすまねぇ……」

「リーダー、そいつは言いっこなしですぜ」


 男たちは笑いあった。

 水が天井まで浸かった。



~第六世界 要塞指揮官の報告~


 先日は勇者二名の貸与ありがとうございました。

 執行が遅れた理由は、山向こうで起きた大雨が原因です。

 こちらも大雨がふり、川が氾濫しました。

 地下に雨水が入り込み地下部分が水没しましたので、こちらに避難しました。

 罪人たちは地下牢に一時的に入獄させていましたが、彼らを解放するのは危険と判断し放置したままです。

 後日、腐乱死体を発見し火炎魔法で焼き払いました。

 処刑予定でしたので問題はありません。

 死体の確認をしましたが、子供が一名発見できませんでした。

 手枷が破壊されており、恐らく天井の大穴から浮かび上がり、何処かに流されたものと思われます。

 一応付近の捜索を行いましたが、発見はされていません。

 生存している可能性は非常に低いと思われますので、書類上は死亡ということにしております。

 問題があれば連絡をお願いします。



~第六世界 森の中~


「畜生! 畜生!! 畜生!!」

 何も出来なかった……

 魔法を使えなかった……

 皆を助けられなかった。

 

 魔法を使いこなせなかった。

 

 畜生!

 勇者召喚の弊害がでかすぎる。

 なんだあの化け物は?

 なんなんだ?

 周囲の魔力を全部ぶっ壊しながら攻撃してきたぞ?

 むちゃくちゃすぎる……

 下級天使の野郎ども、とんでもない置き土産を置いていきやがって……


 疲弊してたっていったって、歴戦の傭兵を簡単にあしらうとは……

 どう考えてもおかしいだろ!!

 召喚されたからってあんな能力持たせられんぞ?

 転生ポイントを使わずにチートをやるなんて、おかしい。

 一体どんなカラクリがあるんだ?

 調べなきゃ……


 しかし、こっちの魔法の弱点がモロにでたな。

 まさか周囲に魔力が一切なくなる状況なんて、この世界ではありえんはずだったのに。

 直撃を喰らっちまったおかげで、俺の内在魔力もなくなるとは……

 しばらく魔法が使えん……


 こんなことなら皆に打ち明けて、おおっぴらに使えばよかった。

 それならまだ何とかできたかも……いや、もう終わったことだ。


 とにかくこの森を抜けるか、安全な場所に行かないと……

 バイト天使とも連絡をつけなきゃならんし、一端『神の間』行くか?

 クソッ! 魔法が使えないんだった。


 どっちにしろ動かんと話にならん。

 クソッ! 数年は損したぞ?

 早く取り返さないと……

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