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第1話:ごくろうさまでした。

 暖かな日差しで目が覚めた。

 どうやら俺は寝ていたらしい。こんなに寝たのはいつ以来だろう?

 ここはどこだろう?

 周囲を見渡すとそこは草原だった。

 暖かく感じる日差しに、柔らかい草地は昼寝するには最高だろう。

 つい先ほどまで寝ていたというのに、また眠りたくなる。

 問題は俺にそんな悠長な時間が無いことだ。

 この就職難の世の中に、正規社員で入れただけマシなブラック企業には、昼寝をする暇なんてなかった。

 社畜にそんな贅沢は許されぬのだ。

 休日出勤なんてあたりまえ、労基法? そんなの知らん。

 クビになると悲惨だ、飯が食えなくなる、住む家が無くなる。

 そして、仕事に行く服が無くなる。

 ホームレスになったらもう人生の終わりだ。

 なので、どんな命令でも実行してクビにならないようにしなきゃならんのだ。

 働かせてもらったことを感謝して働くのだ。

 ともかく俺は自分の左手にはまってる腕時計を見る。


 ガッテム!


 あろう事か腕時計は止まっていた。 電池切れかよ!

 俺は時間の確認はあきらめ、立ち上がってもう一度あたりを見回した。


 キョロキョロ

 

 うん、草原だ。何の変哲も無い草原だ。

 どうしてこんなところに居るのか全くわからん。

 早く仕事に行かないと死んでしまう。

 仕事、仕事、仕事……

 俺は禁断症状から空を仰ぎ見た。ああ、青い、青紙申告の用紙のようだ……

 自営業の親父が言っていた。年金の為にも会社に勤めるんだ。自営はやめろと……

 でも今は、三年前に死んだ親父にこう言いたい。

 自営業のほうが楽だよ、好きなときに働けるし、休めるから。

 結婚もしてないけど、子供には自営業を勧めるんだ、俺。


 そんな想いで青い空を見上げていた俺は、驚くべき存在を見つけた。

 女の子だ。ゆっくと降りてきている。


 親方! 空から女の子が降ってきた!!


 親方って誰やねん!

 それはともかく、空から少女がゆっくりと降りてきた。

 その子は俺の前に立った。

 少女はたぶん十歳くらいだと思う。

 長い黒髪に白い肌、整った顔立ち。まさに天使のような美少女だ。

 どこの学校の制服かわからんが可愛らしい服装だ。

 赤を基調としたタータンチェックのスカートに白のブレザー。

 白いブラウスには赤いリボンが首に巻かれていて全体的に……


「紅白?」

 そう、紅白そのものだ。めでたいな。


「やっと目覚めましたか、半年とは驚きです。ああ、はじめまして。アルバイトの天使です。今回の現世はお疲れ様でした。しばらくゆっくりお休みください」

 俺の言葉を完全に聞き流してそう言うと、彼女はお辞儀をした。

 半年? 現世? どういうことだ? お休み? バイト天使? ふざけてるのか?


「俺、後半年休暇無いんだけど。仕事に行かなきゃ行けないんだ。ここがどこなのか教えてほしい」

「もう働く必要はありませんよ」

 え? なにそれこわい。

 はたらかなくていい? もしかして俺、クビ?

「俺、首なの? ねぇ! クビなの!? 君は我が社のバイト君なの!? いや、バイトちゃんか?! ねぇ!! 紅白バイト天使ちゃん!! 俺、バイトちゃんから死刑宣告受けたの!? 普通上司が言うことじゃないの!?!? ねぇ?! 俺、バイトより立場悪かったの?! 紅白バイト天使ちゃん!! 教えてよ!!」

 俺は紅白バイト天使ちゃん(仮名)長いので紅白ちゃんの肩をつかんで揺さぶった。

 何? 子供相手にひどい? 何を言う、仕事の同僚なら立場はフラットだ。


「ち、ちがいます、貴社のアルバイターではありません。大変残念なことに貴方は死亡しました。死因は心不全です」

「嘘だ!! 紅白ちゃんの嘘つき!!」

 俺の顔がサムズアップして彼女に迫る。

「俺が心不全で死ぬわけ無いだろ!! バリバリ働けてるよ!! だからクビにしないで!!」

 俺もう半泣き状態で彼女肩を揺さぶってる。

 しかし、彼女の口から出てきたのは冷徹な言葉だった。

「一年休み無し、残業月百五十時間では相当な肉体的、心的負担でしょう。死亡しないほうがおかしいです。思い当たる節はございませんか?」

 俺のサムズアップにも、大人の半泣きにも一切ひるまず、冷静に言い切った紅白バイトちゃん(仮名)はため息をついていた。

 確かに彼女の言葉には思い当たりそうなことが無いでもない。


 だが…… 

 いやだあああああ!! クビはいやだあああああ!!

 俺は叫んだ。

「お、俺はクビになったわけじゃない!! クビにならない限り俺は死なない!!」

「妖怪ですか? 貴方は」

「妖怪じゃない! 会社人とはそういうものなんだ!! 君も大人になればわかる!! そうだ!! 就職出来るかどうか、内定が決まった後も続く不安も!! やっとの想いで手に入れた職に、必死にしがみ付くことを君も体験するんだ!! そのうち解る、どんな無茶でもクビにならなければ実行出来るんだ! 上司の命令は絶対なんだ!! 残業だって無償でやらねばならんのだ! いつクビになるかわからない恐怖を抱きながら一生生きていくのが会社人なのだよ!!」

「社会人の間違いでは?」

 冷静にツッコミを入れる紅白ちゃん。


「いや、会社に勤めているものを人と呼ぶのだ。社会に居るだけのものは人とは呼ばぬのだ!! そして会社を辞めたときに人は死ぬのだ」

「…………」

「どうした? 首をかしげて何を悩んでいる?」

「いえ、貴方は死んだその日に無断欠勤でクビになりましたので、死んでいても問題ないな、と思っただけです」

「マジか?」

「はい、貴方は解雇されました。安心して死んでいてください」

「なあ? 俺は本当に死んだのか? 証拠は? 死んだ後、どうなったのかわかるか?」


「はい、証拠はこちらです」

 紅白ちゃんはそう言って新聞数紙と週刊誌を差し出した。

 なんで俺が死んだことがデカデカとのっかってるんだ?

 なになに……ブラック企業の闇、独身男性の孤独な過労死? 現政権の悪行?

 記事が多いわりには、ところどころに政権交代急務とか関係ないことが混じってて読みにくいな。

 そんな感情を察してくれたのか、あらましを解りやすく教えてくれる紅白ちゃん。


「貴方は死後三ヵ月経ってからアパートの管理人に発見されます。腐敗が進行しすぎて判別が出来なかったようですが、DNAと歯形からご本人と認定されました。ご遺体の状況から死因不明とされ、死亡日は無断欠勤した日と推定されました。職場のほうは初日の無断欠勤の際に解雇となり、因果関係を特定するに至りませんでした」

「因果関係ってどうゆうこと?」

「『元社員であるため当社は無関係』と強固に主張したため、労災等は一切調べることが出来なかったそうです」


 orz どこまでブラックなんだあの企業は……

 だけど本当に俺は死んだのか……


 落涙。


 ああ、俺の就職活動……圧迫面接……意地悪な質問……不合格メール……内定メールのあとの取り消し電話…………やっとの合格……初日からサービス残業……お試し期間給与半減……休日サービス出勤…………上司の小言、厭味……

 それら全てが走馬灯のように脳裏をよぎる。


 そして次に描かれたのは職場の風景だ。

 上司が言うセリフが想像できる。


「なんだ、アイツは無断欠勤か。クビだ。有給扱いにして来月分の給料振り込んで、私物を始末しとけ」

「サー! イエッサー!」

「まったく、代わりは幾らでも居るというのに、愚かなヤツだ……」


 ノオオオオオオ!!

 俺の机の上が片付けられるうううう!! やめてぇぇぇ!! 俺はまだ働けるんだああああ!!

 

「もしもし? どうされました? 突然泣き出されまして」

「えぐっ、えぐっ。俺はまだ働けるんだ……クビはいやだ……」


「なお、今回の死亡により五十転生ポイント加算されます。さらに三千転生ポイントの委譲がございましたので合計一万転生ポイントが貯まりました。現在のカルマはプラス七十八ポイント、マイナス二十一ポイントです。転生ポイントは持ち越しされますか? ご使用なさいますか?」

「転生ポイント?」

 俺は聞きなれない言葉を聞き返した。

 

「はい、転生の際に使用できるポイントです。様々な特典がご用意してあります」


 転生……転生だと?


 ハッ!! もしやこのパターンは……そうだ、俺にもまだ希望があるはず!!

 そう! 無双転生が出来るかもしれん!!

 異世界に転生すれば現代の知識でマヨネーズが最強で蒸気な機関で世界征服が出来る!!


「アハハハ!! 人生バラ色だぁ!! マヨネーズ無双、蒸気無双万歳!!」

「あ、あの? 何をなさるつもりですか?」


 わかってないな小娘。


「くくく、転生モノのセオリーだよ。解らないのかね? 転生して現代知識で科学技術無双をするのだよ!! 俺は来世にかける!! 俺は蒸気王になる!!」


 くははははは!! まるっきり悪役のような口ぶりだがこれで良いのだ。

 俺は来世でバラ色の人生を送るのだ!!


「少々、よろしいでしょうか?」

「なんだ、小娘」

「蒸気機関等を作成するつもりの様ですが、ワットの蒸気機関作製なら不可能に近いのでは?」

「ふん! 何を言う! 原理がわかっておるのだ! 作成など現地人でも出来る!! いざとなれば模型で証明して見せれば良いのだよ!! 浅はかな小娘め!!」

「大量の資材が必要ですが……」

「鉄なんてそこら中にあるから安い!! 熱源の部分を魔法に変えれば、石炭が無くとも運用可能なのだ!! 俺は勝てる!!」

「戦争の準備にしか見えませんから、鉄の大量入手は困難を極めますよ。鋼を作成するのにコークスも必要ですし、魔法で全て補えるわけではありませんよ。大型鋳造設備も必要ですし、そもそも何故転生先が魔法世界の前提なんですか?」

「何……?……」

 小娘が畳み掛けるように、言い放つ。

「あと、ワットの蒸気機関が作製されるまでは、現物と模型は相対関係ではなかった、ということはご存知ですか?」

「は?」

 時が止まった。何を言っているんだ?

「いえ、仮に模型を作りましても、現物は正しく稼動するとは限りません。主に加工精度の問題です」

「なん……だと……」

「シリンダ加工でを行う上で、中ぐり加工での真円度、心筒度が満足な精度を維持できないのです」

「そ、そんなもの詰め物で埋めてしまえば! か、仮使用なら問題あるまい!」

「そうやって史実では大爆発を起こしました。蒸気圧は恐ろしいですね」

「…………」

 紅白バイト天使ちゃん(仮)は左手にはめた腕時計をいじりながら説明してくれた。


「なお、急激な工業化は、手工業の職人に暗殺される可能性がありますので、ご注意を」

「便利になれば良いじゃないか……なぜ殺すんだ」

「失業する人たちにそれを言ってください。彼らには死活問題です。あとマヨネーズも衛生学の観点からお勧めしません。卵の生食は非常に危険です」

「アイエエ……」

 なんということだ……無双なんて夢のまた夢だ。


 orz ユメガタタレター。


「というより、なぜ記憶が持ち越されることを前提に話が進んでいるのですか?」

「え? 持ち越さないの?」

「はい、通常持ち越せません。転生ポイントの特典を利用しませんと記憶の持ち越しは出来ません。ご使用なさいますか?」

「出来ても無双できないじゃん。また同じことの繰り返しはいやだお。一日十八時間働くのはもういやだお」

「だお?」

 もうだめぽ。死んでも生まれ変わって、また死んじゃうなんて、神様も残酷なことをしてるんだお。


「俺を死なせてくれえええええ」

「もう死んでいます。ご安心を」

 このバイト天使、ツッコミが酷い。

 天使にあるまじき容赦のなさだ。

 羽も輪っかもないのは、アルバイトだからか?


「では転生ポイントはご使用なさらないのでしょうか? 特典の中には出生を選ぶものもありますが?」

「……そんなことも出来るの?」

「はい、他には知識を得る、超常の能力を得る、生まれついての身体的特質などがあります。詳細はこちらをお読みください」

 そういってどこからとも無く、数冊の分厚い冊子をさしだした。

 受け取った表紙にはそれぞれこう書かれていた。


『転生マニュアル 其之壱 ~転生と死後の査定~』

『転生マニュアル 其之弐 ~転生の際の諸注意~』

『転生マニュアル 其之参 ~特典一覧~』

『転生マニュアル 其之肆 ~転生約款~』


 なんか保険契約の説明みたいだな。重いし……

「ええと、これを読めと?」

「はい、時間はたっぷりありますのでご熟読願います。疑問点がありましたらお呼びください、次回営業日にご説明に伺いますので、遠慮なくどうぞ」

 そう言うとバイト天使の体は浮き上がり宙を舞う。

 そのまま天高く上っていくのを、ただじっと見つめた。

 うむ、天使は白のクマさんパンツ。

 

 十分に堪能すると草原には数冊の大判辞書並みの本と俺だけが残った。


 ……え? 本渡されて終わり?


 パラリと適当にめくってみる。


1転生契約


2-1 責任関係

甲が乙に対し負債等が発生した際には、魂の転生契約を甲が一方的に破棄することが出来る。

乙が甲に対し負債等が発生した場合は当該の転生契約内でのみ責任を負うものとする。

乙との転生契約の際には丙を用いて契約を結んでいたばあいには、一切の責任は甲と乙が持つものとし、丙は責任が無く甲と乙の両方に対し損害がある場合でも責任義務は無い。

ただし、以下の場合には丙に責任が生じる場合がある。

 1)甲に対し締結した契約の内容を正確に報告せず、甲に対し多大な損害が発生した場合。

 2)乙に対し転生後補佐契約を締結した場合に対し、別途定める契約履行を丙が怠り甲に対し損害が多大に発生した場合。

 3)転生契約締結に際し、甲が丙に対して定める権限を逸脱して乙に転生特典等を与え、剥奪、改変等を行い甲に対し多大な損害が発生した場合。



以下延々とつづく


 ちょ! こんな分厚いの読めないよ!!

 ちゃんと解りやすく説明してよ!!

「バイト天使ちゃんカムバック!!」

 念じると頭の中に彼女の声が浮かんできた。


『ただいま営業時間外です。こちらの音声は録音です。御用の方は日曜日十六時から十八時の間に営業を行いますのでご了承願います。なお、伝言を望まれる方は一を、緊急の連絡の場合は二を念じてください』


 俺は一を念じた。


『伝言は一分以内にお願いいたします』


 そして、大きな声で叫んだ。


「仕事しろぉぉぉぉぉ!! なんじゃこの勤務時間は! バイト天使使えねぇぇぇぇぇ!!」

 ありったけの声でバイト天使を罵倒しつくすと、一分が過ぎたのか、また声が聞こえた。


『伝言を受け取りました。次回営業時にお伺いしますのでしばらくお待ちください』


 ……もう、嫌だ。

 俺は力なくその場に座り込んで、空を見上げた、

 ああ、吸い込まれるような青い空だ。

 昼寝しよう、そうしよう。

 俺はごろんと横になり、寝た。

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