8.飛びゆく願い
五十嵐コウジは中学では吹奏楽部に入っている。
小学校までは少年野球チームに入っていたコウジだが、音楽にも興味があり、中学では吹奏楽部を選んだのだ。
今日は、コウジが部室の掃除をして帰る当番に当たっていた。
一緒に掃除をしているのは、五十嵐コウジと同じ小学校出身の、霧山シュウトと巴ジュリ。
小学校時代、シュウトはサッカー、ジュリはミニバスケットを、それぞれやっていた。
コウジ同様、シュウトとジュリの2人も、中学では運動部ではなく文化部の吹奏楽部に入っている。
「あ~あ、掃除なんてメンドくさいなーー。コウジ、ジュリ、もうこれくらいにして帰ろうぜーー」
霧山シュウトがホウキを肩に担いで言った。
「ちょっとシュウト、ホウキをそんな風にしたら危ないでしょ。ちゃんとやってよ」
片手でモップを立てた仁王立ち姿で巴ジュリがシュウトをにらんだ。
「そんなに汚れてないじゃん。毎日やってんだから、こんなもんでいいよ」
「もう、シュウトはしょうがないんだから……。コウジ君もちゃんと言ってよ」
「うん? ――ああ、そうだな……。シュウト、ちゃんとやろうぜ」
コウジはちょっと心ここにあらずという返事をする。
「ね、コウジ君、どうしたの? なんか今日さ、授業中も部活の時もずっとぼうーっとしてなかった?」
巴ジュリが、楽譜のファイルを整頓している五十嵐コウジを横から覗き込んだ。
「いや……、別にそんな事ないけどな」
「でも、それ、全部さかさまだよ」
「あ、いけない」
ジュリに指摘され、コウジは逆さに書棚に入れていたファイルを全部入れ直し始めた。
「ジュリは細かいんだよ。男はなーー、いろいろあんだよ」
霧山シュウトはもう帰りたくてしょうがないらしい。
「そういうのって、普通、『女がいろいろある』でしょ」
「男だってあるんだよ!」
「全く、帰りたいオーラ全開なんだから。んじゃあ、そこのゴミ掃いて! そうしたらもう終わりにしてあげるから」
「お、そうか? やった、やった」
霧山シュウトは、言われた場所のゴミをせっせと掃き集め始めた。
「コウジ君もそこ整頓終わったらさ、終わりにして帰ろ」
「うん……、そうだね」
コウジは気の無い返事をした。
取り合えず吹奏楽部室の掃除は終わった。
「じゃあ、帰ろうか」
「おう、帰ろ帰ろ」
「うん……」
巴ジュリ、霧山シュウト、五十嵐コウジの3人は、部室の扉に向かった。
ジュリがドアノブに手をかけて回そうとした。
「あれ?」
「どうしたんだよ、ジュリ?」
「ドアが――、開かない!?」
「え、そんなバカな。貸してみろよ!」
霧山シュウトが巴ジュリに代わり、ドアノブを回そうと試みた。
しかし、やはりドアノブはびくともしない。
「おかしいな?」
シュウトも首をひねる。
サムターンのロックは確かに外れているのにドアが開かないのだ。
「ちょっとやだ。誰かのイタズラかな?」
ジュリが気味悪そうな顔をした。
五十嵐コウジは胸騒ぎがした。
昨日からおかしな事ばかりが周囲で続いてるからだ。
そして――。
五十嵐コウジは、ある事に気付いた。
「なあ、シュウト、ジュリ」
「え?」
「どうしたの? コウジ君」
「何か……、焦げ臭くないか?」
コウジに言われ、霧山シュウトと巴ジュリは鼻をひくひくさせた。
確かに……、何か焦げ臭い。
「ね……、ちょっとヤダ、そこ、煙が出てるよ!」
巴ジュリが、部室の片隅を指差した。
確かに煙が立ち昇っている。
それに……、今、何か赤いものがちらっと見えた。
火だ!
吹奏楽部室が火事になろうとしている!
「大変だ! 早く外に出ないと」
「コウジ! ジュリ! 3人でドアに体当たりしようぜ」
霧山シュウトの掛け声で、3人はドアに全力で体をぶつけた。
しかし、ドアは微動だにしない。
「くそ! やはりびくともしねえ」
肩をさすりながらシュウトが叫ぶ。
五十嵐コウジは窓を開けて外を見た。
吹奏楽部室は3階だ。
飛び降りたら命は無い。
運が良くて大怪我だ。
校庭には吹奏楽部を見上げる形で、煙に気付いた先生や生徒たちが集まり始めていた。
「やだ……、シュウト、コウジ君、どうしよう」
巴ジュリは今にも泣き出しそうだった。
(ちくしょう……、これもまた、昨日の奴のせいなのか)
前日の出来事が五十嵐コウジの脳裏に甦った。
昨日の奴は、自分を狙っているのだろうか?
だとしたら、シュウトとジュリはとんだとばっちりを受けた事になる。
なんて申し訳ない……。
でも、一体なんで自分は狙われるんだろう?
全く心当たりは無いのに……。
五十嵐コウジがそんな事を考えている間にも、火の勢いは増してきた。
ドアの近くで抱き合う五十嵐コウジ、霧山シュウト、巴ジュリ。
「シュウト、コウジ君、こわい!」
泣き叫ぶジュリ。
校庭から、心配そうに火と煙の出ている吹奏楽部室を見上げる、先生、生徒たち。
既に119番に通報がなされ、何人かの先生は吹奏楽部室のドアを廊下からこじ開けようと試みていた。
しかし、やはりドアは開かず、火の勢いはますます強くなってきている。
「五十嵐君……」
校庭から、火事の吹奏楽部室を見上げる者たちの中に、部活帰りの羽佐間キイロが居た。
大変……。
このままでは五十嵐君たちが……。
ああ、ここから今すぐにでも部室に飛んでいって、みんなを助けてあげられたら……。
キイロはそう、強く、強く願った。
その時――。
羽佐間キイロの姿は消えた。




