6.湯けむりトーク
「お風呂も入ってけば?」
夕食後の洗い物を五十嵐コウジと一緒にしながら光明寺ミドリが言った。
皿を拭くのを、ミドリの弟、光明寺タダシも手伝っていた。
「それがいいよ。僕、コウちゃんと入るーー」
「そうだな……。じゃあ、そうさせてもらうよ」
コウジはタダシと一緒に、光明寺家の風呂に入った。
小学校の低学年ぐらいまでは、どっちかの家に遊びに行ったついでにコウジとミドリで一緒に風呂に入ることもしょっちゅうだった。
タダシと一緒に湯に浸かりながら、コウジは思い出していた。
「ねえ、コウちゃん」
湯に浮かんでいるアヒルのおもちゃをいじくり回しながらタダシがコウジに話しかけた。
「どうした?」
「さっきのこわい人たちさーー、何だったのかなあ?」
「うん、そうだよなーー」
ほんと、あれは何だったのだろう?
普通の人間たちじゃなかったのは確かだ。
超能力者とか宇宙人?
それから気になったのが、あの赤い女性ライダーの哀しげな目つき。
あの目は、遠い昔に、どこかで見た気がする……。
でも、それが、いつ、どこでのことだったのか、五十嵐コウジには全く思い出せなかった。
「いつまで入ってるのーー? いい加減出ればーー」
浴室の扉の向こうから、光明寺ミドリの声がした。
「あ、ああ、そうだな。タダシ、出ようぜ、のぼせちまう」
「うん」
ザザーッという音を立てて、コウジとタダシが立ち上がった。
「あ、ちょ、ちょっと待って」
扉の向こうに居たミドリが、慌てて脱衣所から出ていく気配が感じられた。
ミドリはコウジの着替えを用意してくれていた。
といっても、これはどうやら父親のもののようだ。
コウジには少々大きかった。
「お父さんのだけど、ちょっとぶかぶかだね」
裾の余ったスウェットを着たコウジを見て、ミドリが言った。
「大丈夫だよ。サンキュー」
「じゃ、今度私お風呂入るから……」
「うん」
「のぞいちゃダメだよ」
「のぞくか!」
「あっそ」
ミドリは少々つまらなそうな表情をすると、浴室に向かおうとした。
その時。
ピンポーン。
光明寺家の玄関チャイムが鳴った。
コウジもミドリもタダシも、一瞬表情が強張った。
先刻あんなことがあったばかりだ。
誰が来たのかと警戒してしまう。
コウジが、インターホンのモニターで来客を確認した。
それは――、コウジの大学生の姉だった。
夜はお隣の光明寺さん宅に行っていると、コウジは姉にメールしておいたのだ。
コウジ、ミドリ、タダシは玄関に向かった。
ミドリが玄関ドアを開ける。
「こんばんは」
コウジの姉、五十嵐アオイが挨拶した。
「アオイさん、こんばんは」
光明寺ミドリが挨拶を返す。
「コウジがお邪魔しちゃって……って、あらコウジ、そのスウェットは?」
コウジが着ているぶかぶかのスウェットを見てアオイがたずねた。
「あ、ちょっと、お風呂も入れてもらったから……、その、ミドリに借りたんだ」
「えーー、あんた、ミドリちゃんと一緒に入ったの?」
アオイが若干大きな声でたずねる。
風呂に入ろうとしていたミドリが、タオルを両手で胸元に抱えたままだったのもあって、アオイは勘違いしたのだ。
「ち、ち、ち、違いますよ、アオイさん。コウちゃんは、もうタダシと一緒に入ってくれた後で……、これから私が入るところだったんです」
慌ててミドリが否定する。
「あ、そうだったの。そうだよねーー」
アオイは笑った。
コウジとミドリをからかったのだった。
「アオ姉、やめてくれよな、そういうの……」
「はは、ごめん、ごめん」
「あ、あの、アオイさん?」
「ん?」
「もし良かったら、お風呂入っていきませんか?」
「え?」
「ちょっと今日いろいろあって……。実は1人で入るのこわくて」
「ふーん」
五十嵐アオイは、コウジ、ミドリ、タダシの顔を順に見た。
確かに何かがあったことが、彼らの表情からも読み取れた。
「じゃあ、お邪魔しちゃおうかな。ちょっと、家から着替え取ってくるね」
五十嵐アオイと光明寺ミドリは、一緒に湯に浸かっていた。
「そんなことがあったの……」
アオイは今日あった出来事を、ミドリから聞いた。
「関係あるかどうか分からないけど」
今度はアオイがミドリに話し始めた。
「大学でも、ちょっと妙なうわさ、聞いたんだよね。この辺りにバケモノが出てるってうわさ」
「バケモノ? 本当なんですか」
「うん」
「それが今日みんなが見たのと一緒のものなのかどうか分からないけど……」
「やだ、こわい」
「実際、行方不明になっている大学生もいるの。ちょっと、洒落にならないよね」
「そうなんだ……」
「ともかく、出歩く時は1人にならないように。あんなコウジでも居ないよりはマシだから、ミドリちゃん一緒にいるようにして」
「そんな……、コウちゃん居てくれるだけで、私もちょっと安心だし……」
光明寺ミドリはそう言ってはにかんだ。