5.真っ赤なライダー
背後からの強烈な音と光に、その鋭い眼差しの人影もまた振り返った。
轟音と共に、その光が近づいてくる。
オートバイだった。
オートバイは、人影を跳ね飛ばしそうな勢いで突っ込んできた。
人影は跳び退いた。
オートバイはタイヤをきしませて横滑りすると、五十嵐コウジと光明寺ミドリの50cm手前で止まった。
あっけにとられるコウジとミドリ。
止まったのオートバイの色は真っ赤。
乗っていたのは、これまた真っ赤なレザースーツに身を包んだライダーだ。
真っ赤なヘルメットから、これまた真っ赤なロングヘアーがなびいている。
そのロングヘアーとスーツのシルエットから、ライダーが若い女性であることが察せられた。
女性はスタンドを立てるとバイクを降りた。
そしてどこから取り出したのかムチを持つと、ビシィッとしならせ、人影と対峙した。
鋭い眼差しのその人影は、腰を落とし、戦闘態勢をとった。
真っ赤な女性ライダーは、人影に走り寄るとムチを振るった。
ライダーのムチはビシィッという音を立てて地表を打った。
人影は跳躍し、道路脇の塀の上に降り立った。
人間業ではなかった。
ライダーは塀上の人影に対し、ムチを水平に振るった。
ムチは空を切った。
人影は、高く跳躍していた。
そして、上空から何かを射ってきた。
かわすライダー。
人影から放たれたそれが、地面に突き刺さった。
もうもうと水蒸気が上がる。
それが熱湯であったことが、五十嵐コウジと光明寺ミドリにも察せられた。
ライダーがヘルメットのバイザーを上げた。
そして何かが起きた。
五十嵐コウジと光明寺ミドリに、強烈な耳鳴りが起きた。
(い、一体……!?)
(これは何?)
何も聞こえないのに、何かが聞こえる気がする。
両耳を押さえるコウジとミドリ。
宙空にいた人影は、離れた場所に着地していたが、やはり、コウジ、ミドリ同様に、耳を押さえて苦しんでいた。
ライダーは、人影に向かって一気に距離をつめた。
人影は、再び高く跳躍した。
そして、家々の屋根の上を次々と跳び越えると、姿を消してしまった。
真っ赤なライダーは、人影が消えた先をしばらく見つめていたが、くるりと向きを変えると、五十嵐コウジと光明寺ミドリに歩み寄ってきた。
身構えるコウジとミドリ。
このライダーが味方だという保証は無い。
バイザーを跳ね上げたヘルメットから目元だけは覗いているが、フルフェイスのため顔はよく判らなかった。
「怪我は無い?」
ライダーが2人にたずねた。
「あ……、はい」
「あの、助けてくださって、ありがとうございます」
警戒しながらもライダーに礼を言う、五十嵐コウジと光明寺ミドリ。
「……」
ライダーは何も言わない。
ただ、その目は哀しそうだった。
「まだ……、覚醒していないのね」
ライダーは小声で独り言のように言った。
「「え?」」
コウジとミドリは同時に聞き返したが、ライダーは何も言わずにオートバイにまたがると、轟音と共に走り去っていってしまった。
「な……、なんだったんだろうね今の……、コウちゃん?」
「さ、さあ……?」
光明寺家の玄関のドアが開いた。
「ねえねーー」
小さな男の子が飛び出してきた。
「タダシ!」
光明寺ミドリが弟の名を呼んだ。
ミドリの弟、小学1年生の光明寺タダシは、靴下のまま姉にしがみ付いてきた。
「ねえね、今の何?」
怯えた表情で、タダシはミドリにたずねた。
「私にも――分からないの……」
タダシを抱きしめながら、ミドリも震えていた。
「こわいよ、ねえね」
「そうだね……」
「コウちゃん」
タダシは、五十嵐コウジを見上げた。
「父さん母さんが帰ってくるまで、うちに来て」
光明寺姉弟の両親は共働きだ。
帰りも遅い。
帰りが遅いのは、コウジの姉も一緒だった。
大学の後、コンビニでバイトをしてている。
今夜ばかりは、家に1人で居るのはコウジも心細かった。
3人ならば、コウジとしても心強い。
「じゃあ、お邪魔しようかな?」
3人の夕食はミドリが作った。
光明寺姉弟の食事の支度はいつもミドリがしているのだ。
まだ小学生なのにえらいなあと、五十嵐コウジは素直に感心した。
「「「いただきます」」」
3人で挨拶をし、食事を始めた。
「ほらタダシ、ちゃんと野菜食べなきゃダメだよ」
「分かってるよ、今食べようと思ってたの」
「ホントにーー?」
「ホントだってば!」
「あ、コウちゃんも、野菜ちゃんと食べてね」
「分かってるって」
言われながら、姉というのはどこも似たり寄ったりだなとコウジは思った。
「どう、コウちゃん。美味しい?」
ミドリがちょっと心配そうな顔でコウジにたずねた。
実際のところ、ミドリは料理上手だった。
コウジの姉も料理がうまいが、小学生ながらミドリの料理の腕前もなかなかのものだ。