4.敵意の眼差し
羽佐間キイロの出した大声に、五十嵐コウジと光明寺ミドリは思わずびくっとなった。
「あらやだ。あたしったら……」
顔を赤らめ、口元に手を当て、キイロは笑ってごまかした。
「アネキ、無理しておしとやかにすることないのに」
「や~~ね~~、ダイゴったら」
「むぎゅ」
キイロはダイゴの鼻と口をふさいだ。
「あ、あの、羽佐間先輩……」
「その……、ダイゴ君、そのままだと天国いっちゃいますよ?」
「え?」
五十嵐コウジと光明寺ミドリに指摘され、羽佐間キイロは手元を見た。
キイロに鼻と口をふさがれ、ダイゴが手足をじたばたさせている。
「あ」
キイロは手を放した。
「はあはあ。もー、アネキったら! ホントに天国いっちゃったらどうすんだよ!!」
「ごめんごめん」
「このお兄ちゃんに、いいとこ見せたいの?」
「え、やだ、何言うのこの子」
キイロがまた顔を赤らめる。
「ちょっと、お兄ちゃん」
羽佐間ダイゴが、五十嵐コウジを見上げて言った。
「アネキはしょうらい、僕のお嫁さんになるんだからね。ちょっかい出さないでよ」
「「へ?」」
3才児のいきなりの結婚宣言に、目がテンになるコウジとミドリ。
「ちょっと、ダイゴ。それはできないって、いつも言ってるでしょ」
そりゃそうだ、姉弟なんだからと、コウジとミドリも思う。
「女の方が10歳も上じゃ、年の差があり過ぎるの!」
え、そっち? そーじゃないでしょとコウジもミドリも思ったが、そこは黙っていた。
下手に口をはさむと、ますます大騒ぎになりそうだ。
「ほほほ。あいかわらず仲良しね」
園長先生が口をはさんだ。
仲良し……なのか?
まあ、ともかく、園長先生の上手な介入でキイロとダイゴの掛け合いは一段落した。
挨拶をして、コウジ、ミドリ、キイロ、ダイゴの4人は、百丸台保育園を後にした。
4人で歩いていると、ダイゴがポケットから何かを出した。
「アネキ、はいこれ」
紙で作った子犬だった。
折り紙か……?
違う。
1枚の紙を立体的に変形させて作られている。
例えるならば、1枚の金属板かプラスチック板をプレスして作ったような――、それの紙バージョンといった感じだろうか?。
「ありがとダイゴ。いつも思うけど、ダイゴ器用だよね」
「こんなの直ぐ作れるよ、はい」
羽佐間ダイゴは、今度は光明寺ミドリに紙人形を渡した。
子猫だった。
「わあ、可愛い。ありがとう。保育園で作ったの?」
「違うよ、今」
「え、今?」
ミドリはちょっと驚く。
「ダイゴ君。僕には無いのかな?」
「無いよ」
五十嵐コウジに、羽佐間ダイゴはあっさり答えた。
「もう、ダイゴったら……。ごめんね、五十嵐君」
「いや、いいですよ。なんかダイゴ君に嫌われちゃったみたいで」
「なんか五十嵐君にライバル意識もっちゃったみたい」
「そ、そうですか、はは……」
五十嵐コウジは苦笑した。
「じゃあ、私たち銀河丘だからここで……」
十字路で羽佐間キイロが言った。
「あ、そうですね、それじゃ」
「さようなら、キイロさん」
「五十嵐君もミドリちゃんも、またね。ほら、ダイゴ、ご挨拶」
「バイバイ」
4人は2人ずつに分かれた。
「可愛い子だったよね」
「そうかな、俺は嫌われちゃったみたいだけど」
「ダイゴ君じゃないよ。キイロさん」
五十嵐コウジと光明寺ミドリは、並んで歩いていた。
「コウちゃん、ああいうボーイッシュな感じの子が好きだったんだ」
「違うだろ。たまたま委員会活動で一緒だっただけだって」
「ふーん。あっそ」
「何か怒ってる?」
「別に。何で私がコウちゃんの女性関係で怒らなければならないのかしら」
「女性関係って、あのねえ……」
――と、五十嵐コウジは歩みを止めた。
自宅はもう目の前だというのに。
「どうしたの?」
光明寺ミドリが、いぶかしんで横のコウジを見上げた。
既に辺りは薄暗くなってきている。
前方の薄暗がりの中に、2人の進路をふさぐように人影が立っていた。
ギラリとした両眼が、するどい眼差しを2人に向けていた。
その鋭い眼差しは――今朝、登校途中の五十嵐コウジと光明寺ミドリに向けられていた、そして、中学校の図書室で五十嵐コウジと羽佐間キイロに向けられていたそれと、同じものであった。
物凄い敵意が感じられる。
五十嵐コウジも光明寺ミドリも、背筋に強烈な悪寒が走った。
「だ……、誰……だ?」
コウジがそう言うのが精一杯だった。
不審者に出くわしたら防犯ブザーのスイッチを押す――いつも学校からミドリはそう言われていたものの、いざ、出くわすと体が強張って全く動くことができなかった。
人影がゆっくりと、2人に1歩近づいた。
五十嵐コウジと光明寺ミドリは後ずさりしようとした――が、まるでヘビににらまれたカエルのように、恐怖で脚がすくんでしまっていた。
((やられる……!!))
2人がそう思った時――。
人影の背後――コウジとミドリの2人にとっては真正面――に爆音が響き、強烈な光が輝いた。