11.うつろな覚醒
瞬間的にコウジは念じた。
(破片たちよ、落ちてくるな!)
その時、倉庫内に突風が吹いた。
外から風が吹き込んできたわけではない。
突如、倉庫内の空間に気圧の高い場所と低い場所が生じ、高いところから低いところへ向かって一気に空気が流れ込んだのである。
それはものすごい風速だった。
その風の勢いで、コウジの頭上に落ちてくるはずだった破片群は、アクギャクに向かって降り注いだ。
「む? なんと」
跳躍するアクギャクだったが、破片のいくつかがアクギャクの足に突き刺さった。
血が飛び散る。
「ち……、やはり、早々に片付けておかなければならない」
アクギャクの表情から余裕が消えた。
「今の……、覚醒したんじゃ?」
物陰から見守っていた赤いライダーが黒いライダーを見る。
「確かに覚醒しかけている。だが、力を自分の意思でコントロールしているわけではない」
「いつまで見ているの?」
「ぎりぎりまでだ」
黒いライダーがこぶしを握りしめた。
それを見て、黒いライダーもまた苦しい思いをしつつ見守っているのだということを、赤いライダーは悟った。
アクギャクは、縛られ倒れているアオイの近くに歩み寄った。
「おまえたちと少しは会話を楽しもうかと思ったが……。そんな余裕を見せている場合ではないようだ。目覚めぬ内に命をもらうとしよう」
アクギャクはアオイの上で手刀を構えた。
「まずは、こいつからだ」
アクギャクは手刀を振り下ろした。
その指先には刃物のように鋭い爪が光っている。
アオイの体に到達すれば、姉の人生は終わってしまう。
「アオ姉!」
コウジが叫んだ。
物陰にいた赤いライダーと黒いライダーも飛び出そうとした。
その時。
アオイのかたわらから何かがものすごいスピードで伸びた。
伸びたそれは、今まさに振り下ろされようとしてたアクギャクの手首に絡みつき、その動きを封じた。
「な、なんだ?」
腕の自由を奪われ、一歩後ずさるアクギャク。
アクギャクの腕にからみついていたのは、縄だった。
アオイを見るアクギャク。
アオイを縛っていた縄は無くなっていた。
ということは――。
今の今までアオイを縛っていたこの縄が、アクギャクに襲いかかって腕の自由を奪ったということだ。
「な、まさか……、貴様も?」
床に倒れていたアオイが、ゆっくりと上体を起こした。
だが、その表情はうつろ。
まるで夢遊病者のようだった。
「お……、おのれ!」
アクギャクは、腕にからみついた縄を、もう片方の腕で解こうとした。
しかし、縄はゆるまない。
それどころか、縄は意思をもっているように動くと、今度はアクギャクの首に巻きつき、締め始めた。
「ぐ……、か……」
呼吸の自由を奪われて、アクギャクが悶絶する。
「誰のしわざだ? まさか、アオ姉がやっている?」
コウジはアオイを見た。
アオイは、立ち上がって、うつろな表情でアクギャクを見ていた。
「う……、げ……」
アクギャクの顔が紫色に変色してきた。
「お……、の……、れ……」
アクギャクの姿が、フッと消えた。
と、アオイもまた、糸の切れた操り人形のように床に倒れかけた。
「アオ姉!」
コウジが駆け寄り、それを支えた。
アオイは気を失ったままだった。
「アオ姉、しっかり」
姉を抱きかかえ、体をゆさぶる。
アオイがゆっくりと目を開けた。
「コウ……、ちゃん……?」
「良かった、目を開けてくれて……。怪我はない?」
「私は……、大丈夫。それよりここどこ? コウちゃんこそ、大丈夫なの……? 火事に巻き込まれたって聞いたけど……」
「僕は大丈夫だよ。それより……、さっき縄を操ってたの……、あれ、アオ姉なの?」
「縄を……、なんのこと?」
アオイは、さっきのことを覚えていないのだ。
「い、いいや……。詳しい話は後でゆっくり。それより……、そうだ、警察に知らせないと……」
コウジが言うと、もうパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
「パトカー? いったい誰が通報したんだろ?」
パトカーとすれ違い、赤いオートバイと黒いオートバイが倉庫から遠ざかっていった。
警察に通報したのは、赤いライダーと黒いライダーだったのだ。